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米イラク攻撃の表と裏
持田直武 国際ニュース分析

2002年10月21日 持田直武

ブッシュ政権のイラク攻撃計画が正面場を迎えている。米議会は武力行使を認める決議をしたが、国連安保理決議が難航。この結果、計画が制約される可能性も出てきた。その一方で、クーデターによるフセイン政権転覆の期待が急浮上、情勢は予断を許さなくなった。


・「一発の弾丸」が最も安上がり

 ホワイトハウスのフライシャー報道官は10月1日の定例記者会見で、イラク国民が「一発の弾丸」でフセイン大統領を倒すのが「最も安上がり」と述べた。クーデターによる暗殺を示唆したのだ。ホワイトハウスの報道官がこのような発言をするのは異例。記者団が食い下がると、同報道官は「イラクの体制変化がどのような形で行われようと、歓迎する」と追い討ちをかけるような説明をした。

 ブッシュ政権は米議会や国連に対する説明では、イラク攻撃の理由として大量破壊兵器の阻止を強調している。しかし、同政権内部はフセイン政権の打倒が第一の狙いであることで一致している。強硬派も穏健派も、大量破壊兵器の問題はフセイン政権を転覆しなければ解決しないと考えているのだ。

 フライシャー報道官はこの記者会見で、米国はフセイン退陣のシナリオとして、クーデターのほか、亡命などさまざまなオプションを予想しているとも述べた。米軍の武力行使の前、あるいは武力行使と並行して、クーデターか、亡命でフセイン政権を崩壊に追い込むというのだ。 


・政府幹部がクーデター情報漏洩

 クーデターによるフセイン政権転覆の企ては湾岸戦争後10年間に6回試みられたことが明らかになっている。いずれも当時のクリントン政権が一枚噛み、イラク国内に反フセイン勢力を育成して目的を遂げようとしたが、失敗した。ブッシュ政権はこうした経緯を踏まえ、イラク国内で反フセインの反乱は期待できないという姿勢をとってきた。それを今回は一転して変えたことになる。

 同政権の変化の理由は推測するしかないが、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなど米のメディアは10月に入ってクーデターの可能性を伝える記事を次々に掲載している。いずれもブッシュ政権の高官、あるいは議会の情報委員会関係者が匿名で登場しているが、これは政権の意図に沿って情報を流しているとみて間違いない。

 ニューヨーク・タイムズは10月14日、政府高官の話として「軍事力行使以外の選択肢の1つとして、ブッシュ政権はイラク国内で反フセインの反乱が起きるよう支援している」と伝えた。また、ワシントン・ポストは10月6日、「情報担当の政府高官も民間の情報専門家も、米軍が総攻撃に出る前にフセイン大統領は政権内部のクーデターによって倒される、という点で意見が一致している」と伝えている。

 ワシントン・ポストはまた、「米軍の圧倒的な攻撃力を前にすれば、イラク軍の幹部たちは戦って戦死するか、あるいはフセイン大統領に反旗をひるがえしてフセイン後の新政権の指導者になるかの選択を考える。そして、彼ら幹部の中の誰かがフセインを葬るだろう」という専門家の見方を紹介している。


・アラブ諸国首脳は亡命に期待

 ニューヨーク・タイムズは10月7日、カタールのアル・タニ外相が9月にバクダッドでフセイン大統領と会談し、亡命するよう説得したと伝えた。大統領は激怒し、外相を車で飛行場まで運んで国外に追い出したという。この話は地元の新聞が最初に伝え、その後アラブ諸国に広まったが、外交関係者は事実とみているという。

 アラブ諸国の首脳が米軍の軍事行動の国内への影響を懸念し、それを避ける方法として、フセイン大統領の亡命に期待していることは間違いない。特に、カタール、サウジアラビア、バーレーン、アラブ首長国連邦など米軍が駐留している諸国にこの期待が強いという。軍事行動が開始されれば、これら米軍が戦闘に参加するが、それはこれら諸国の国民の反米感情に火をつけ、過激派を刺激することが確実だからだ。

 こうした各国の思惑に対して、フセイン大統領は10月15日、国民投票で100%の信任を獲得し、政権基盤の強固なことを誇示した。また、米CIAは10月7日公表した議会あての手紙で、「同大統領は米軍の軍事行動が確実となった段階で米国を狙ったテロ攻撃に出る可能性がある」と警告した。テロで直接米国に反撃し、軍事行動支持の世論に水をかけるのが狙いだろう。


・軍事行動はフセインがターゲット

 ブッシュ大統領はまだ軍事行動を決定したわけではない。国連安保理の討議に悪影響が出るのを懸念しているのだ。しかし、ラムズフェルド国防長官はじめ国防総省幹部は準備を進めていることを隠さない。大統領が決断し、部隊が現地で戦闘態勢に入るまで45日から60日の準備期間が必要だ。従って、戦闘に適する1月から2月までに部隊を展開するためには今から準備を始めなければならないという。

 ラムズフェルド国防長官は10月12日、ニューヨーク・タイムズとのインタビューで、今回の軍事行動は1991年の湾岸戦争の時とはまったく違ったものになると述べた。それによれば、精密兵器の進歩、情報収集能力の向上、部隊の移動のスピード向上、以上の3つの点が組み合わされ、少数の兵力と少ない弾丸で湾岸戦争当時よりはるかに効果的な作戦が可能だという。

 また、ワシントン・ポストは9月22日、攻撃目標はフセイン大統領に照準を合わせることになると伝えた。湾岸戦争の時はイラク国内の軍事施設、通信回線などインフラの破壊と主力部隊の殲滅に重点を置いた。しかし、今回はこれを避け、攻撃の焦点をフセイン大統領と大統領を支える政権幹部に絞る。そして、クーデターや亡命の動きを誘い出すことを同時に狙うという。


・ポスト・フセインの事態収拾が課題

 ブッシュ政権の狙いどおりフセイン政権が崩壊したとしても、問題がそれで終わるわけではない。フセイン後のイラク再建という課題があるからだ。膨大な石油資源、それをめぐる各国の思惑、国内の政治団体、宗教各派の対立、帰国の機会を狙う亡命団体、独立をうかがうクルド民族、数え切れないほどの混乱要因がフセイン政権崩壊を機に一気に表面化する恐れがある。

 ブッシュ政権は軍事計画と並行してフセイン後の体制を検討しているが、決定的な案はまだない。軍事行動のあと、米派遣部隊がイラクに駐留して日本終戦時の占領軍のような役割をする案、またはロンドンの亡命団体イラク国民会議が新政権の中心になる案なども検討している。しかし、クーデターで新勢力が登場する場合、フセイン大統領が亡命して現政権幹部が居残る可能性など、さまざまな不確定要因が考えられるため、どの案も確定には至らないのだ。

 確実なのはフセイン政権の崩壊で各派が抑圧から解放され、勢力争いを始めることだ。しかも、それは国内だけではない。隣国トルコが地続きのクルド民族の動きを抑えるために軍事介入する恐れも指摘されている。フランスが国連安保理でブッシュ政権の武力行使重視の動きに反対したが、これは同国がイラクのかつての宗主国という歴史的経験に基づいて、同政権の性急な動きに危惧を感じたためと言えるだろう。


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