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北朝鮮の核危機(13) 6カ国協議のねらい
持田直武 国際ニュース分析

2003年8月11日 持田直武

核危機が多国間協議で解決できるか疑問は多い。米朝の対立が感情面も含んで根深い上に、日本はじめ他の参加国も利害が交錯、足並みが揃うとは限らない。全員が参加し、交渉の限界を確認するだけに終わる可能性もある。米国内には、早くも多国間協議の失敗を見越し、そのあとの強硬手段を本命視する動きもある。


・ブッシュ政権は北朝鮮の代価要求を冷笑

 ブッシュ政権が北朝鮮に強い不信感を持つことはよく知られている。94年の米朝枠組み合意で、北朝鮮が核開発の凍結を約束しながら裏切ったことが、この原点にある。 同政権が「不法行為に報酬を与えるようなことはしない」、あるいは「北朝鮮が無条件、かつ検証可能な方法で核開発を放棄することが先決」と主張して、直接対話や経済支援に応じないのは、このためだ。

 これに対し、北朝鮮は安全保障面、経済面の多額の見返りを条件に核開発を放棄すると主張している。4月23日北京で行われた米朝中3カ国協議の席で、北朝鮮はこの立場を盛り込んだ「大胆な提案」を米側に示した。その詳細は明らかにされていないが、4月29日のニューヨーク・タイムズは米政府高官の話として、提案の概要を次のように伝えた。

 それによれば、北朝鮮の要求は、「米側は中断している石油供給を再開するほか、食料支援、不可侵の約束、エネルギー支援、経済援助、軽水炉原発の建設などを逐次推進するべきである。米側がこれらの要求に答えるなら、北朝鮮も各段階に応じた対応策をとる。そして、米側がすべての要求に応じた場合、北朝鮮は核開発を最終的に放棄する」という内容だという。

 北朝鮮はこの提案を米代表のケリー国務次官補に示した時、「北朝鮮はすでに核兵器を保有している」という通告もした。これに対し、ブッシュ大統領は「脅迫には屈しない」と反発。また、同政権高官は「提案はばかげていて、まともには受け取れない」と冷笑したという。ブッシュ政権はこの時以来、北朝鮮と交渉のテーブルには就かず、提案に対する回答も出していない。


・北朝鮮孤立、5対1で核放棄を迫る構図の形成

 ブッシュ大統領は去年10月、今回の核危機が表面化した時から多国間協議を主張し、北朝鮮の孤立化を計画した。イラク戦争で単独行動に打って出たのと対照的だ。理由の1つは、裏切られた枠組み合意の二の舞を演じたくないのだ。同合意はクリントン前政権が米朝2国間交渉で締結、核凍結の見返りに多額の援助を約束したとして、ブッシュ政権は強く批判していた。しかも、北朝鮮は今回も米朝対話と援助を要求。ブッシュ政権から見れば、北朝鮮が二匹目のドジョウをねらっているとしか思えないのだ。

 もう1つの理由は、この問題では中国、ロシアの協力が欠かせないことだ。ブッシュ大統領は核危機が表面化した直後の昨年10月25日、江沢民国家主席(当時)をテキサスの牧場に招き、問題解決のため協力を要請した。米国が平和的手段にせよ、あるいは軍事的手段にせよ、いずれの手段を選択するにしても、北朝鮮と国境を接する中国とロシアを除外して成果を挙げることはできないとの判断からだ。

 会談後の記者会見で、ブッシュ大統領は「パウエル国務長官に対し、日韓中ロの外相と緊密に連絡をとり、核問題解決の共通戦略を構築するよう指示した」と述べた。これが今回開催される6カ国協議が生まれた経緯だ。ブッシュ政権のねらいは、日米韓中ロの5カ国が共通戦略に基づいて、北朝鮮を孤立させ、核放棄を迫ることである。その際、特に中国の役割に大きな期待をかけたことも間違いない。

 中国もこれに応え、4月の米朝中3カ国協議、今回の6ヶ国協議を実現させた。7月には戴秉国外務次官を特使として平壌に派遣、金正日総書記を説得した。中国は石油や食料の最大の援助国である。しかし、北朝鮮の核開発には一貫して反対し、今年2月、石油パイプラインを3日間止めて北朝鮮の核開発の動きを牽制した。7月27日の朝鮮戦争休戦50周年には、恒例化していた代表団の派遣を中止した。中国はかつてのように北朝鮮を無条件で擁護する関係にないことを行動で示しているのだ。


・ブッシュ政権内の意見対立で対応に遅れ

 6カ国協議は北朝鮮を孤立させ、核放棄を迫る枠組みとしてはねらい通りだった。しかし、これで解決の道筋が打ち出せるのか判然としない。肝心のブッシュ政権が確たる対応策を持つのか判然としないからだ。8月6日のオーストラリアン・フィナンシャル・レビュー紙によれば、アーミテージ国務副長官は同紙のインタビューで、「6者協議に向け建設的な提案を準備中だ」と語った。同副長官は提案内容には触れなかったが、ブッシュ政権幹部がこのような提案に言及したのは初めてである。

 パウエル国務長官も8月7日の記者会見で、北朝鮮の不可侵条約締結要求について、「条約や協定以外にも何らかのやり方がある」と従来からの答えを繰り返した。不可侵条約を拒否し、代案を考慮するとの意味だが、この方針はブッシュ政権が初めから打ち出しているもので、同長官の発言はその後の詰めが進んでいないことを示した。7月15日のワシントン・ポストは「ブッシュ政権内部で意見対立が続き、対応策が打ち出せないのだ」と伝えたが、この状況はその後も変わっていない。

 6カ国協議が開かれても、ブッシュ政権が確固とした対応策を持たず、イニシャティブを発揮できなければ、一貫性のある会議推進は期待できない。日米韓中ロは北朝鮮の核開発に反対することでは一致しているが、その他の問題では利害が違い、主張にも温度差がある。北朝鮮がそこに付け込んでくることも考えなければならない。北朝鮮が7月31日突然ロシアを介して6カ国協議の受け入れを公表したのは、そのよい例だ。それまで精力的に仲介役を果たしてきた中国を牽制し、ロシアに媚を売ったのだ。


・6カ国協議には限界、そのあとに軍事的選択肢か

 ブッシュ政権が北朝鮮との直接対話を避け、多国間協議に核問題を委ねることに対して、米国内では民主党を中心に根強い批判がある。94年の核危機を体験したペリー元国防長官は7月15日付けのワシントン・ポストのインタビューに答え、多国間協議では「一貫性のある行動が取れない」と述べ、米国は「直接対話で北朝鮮に直接圧力が加えるべきだ。このままでは、今年中にもう一度戦争しなければならなくなる」と危機感を表明した。

 また、ペリー元長官は7月23日のワシントン・ポストにあらためて論文を寄稿、「北朝鮮が現在の行動を続ければ、今年暮れには核爆弾6−8個を保有し、核実験を実施、日本や韓国をねらってこれらを配備する。そして、来年以降は毎年5−10個の核爆弾を連続して生産し、その一部が国外に流れて、いずれ米国の都市がねらわれる」と警告。こうした「悪夢のシナリオ」を生んだ原因は「ブッシュ政権が北朝鮮との交渉を避け、多国間協議に解決を委ねようとして、時間を空費したからだ」と批判した。

 一方、上院外交委員会の前委員長で、04年の大統領選挙に立候補を表明しているケリー上院議員は8月6日のワシントン・ポストに寄稿し、「6カ国協議に誰が出席するかに関係なく、ブッシュ政権は北朝鮮と直接対話すべきだ。対話が成功するとは限らないが、対話をしなければ歴史は許さないだろう」と対話の限界を指摘。さらに「外交的手段で解決できる保障はないが、米国が最後まで平和解決の努力を示せば、軍事的選択肢をとる場合にも、同盟国や世界は米国に対し信頼感を高めるはずだ」と述べ、軍事的選択肢を強調して注目された。

 ブッシュ政権内にも、このケリー上院議員のように交渉には限界があるという主張は強い。8月1日のニューヨーク・タイムズは「同政権内の強硬派は交渉を支持しているが、それはいずれ失敗すると見越し、そのあとで政治面、経済面、軍事面の強硬策を取って、政権交替が実現することに期待している」と伝えている。奇しくも、民主党の大統領候補とブッシュ政権強硬派が交渉の限界を予測、軍事的選択肢を視野に入れることで歩調を揃えたことになる。強硬派が勇気付くことは間違いないだろう。

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