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米大統領選挙、ヒラリーのアキレス腱
持田直武 国際ニュース分析

2007年3月11日 持田直武

民主党大統領候補のトップを走るヒラリー・クリントン上院議員はイラク開戦決議に賛成した。民主党のほかの候補も賛成したが、その後「間違いだった」と認めて謝罪した。だが、同上院議員は「間違い」を認めない。米国でも、政治家が間違いを認めることは難しい。これが同上院議員の命取りになる恐れもある。


・問われるのは歴史的危急時の洞察力

 民主党の次期大統領候補は現在8人。このうち4人が上院議員として02年10月のイラク開戦決議に賛成した。その後3人は賛成したのは間違いだったと認め、謝罪したが、ヒラリー・クリントン上院議員だけは間違いを認めない。同議員は1月28日、遊説先のアイオワ州で聴衆がこれをただすと「決議に賛成したのは、ブッシュ大統領がこれを武器にして外交的解決を目指すことを期待したためで、先制攻撃を支持したのではない。ところが、大統領は中途半端な計画と戦略で戦争に突入した」と答え、間違ったのは大統領だと主張した。

 このクリントン議員の主張に対して民主党内からも反論が出た。2月22日のネバダ州の同党候補の討論会で、候補の1人エドワーズ前上院議員は「誤りを認めないのは、イラク戦争の誤りを認めないブッシュ大統領と同じだ」と非難した。エドワーズ前議員も開戦決議に賛成したが、05年11月「私は間違っていた」と謝罪。06年の上院選挙に出馬しなかった。この討論会に出席したもう1人の民主党候補ドッド上院議員も「政治家は『間違った』と言いたがらないが、間違いを認めるのは何ら悪いことではない」と批判にまわった。

 この件について、ニューヨーク・タイムズは2月22日(電子版)、同紙のブログに届いた有権者5人の意見を掲載した。3人がクリントン上院議員の姿勢を批判し、2人が支持した。批判の1つは、「真に重要なことは謝罪するかどうかではない」と次のように論じている。「当時イラクを攻撃する法的根拠も正当な理由もなかった。攻撃はブッシュ政権の政治目的のためだった。クリントン上院議員はこの事実を見落としている。米国は洞察力のある指導者を必要としている。米国の歴史的危急時に、同議員はこの洞察力を示せなかった」。


・背後のネオコンの動きを見落とす

 クリントン上院議員が「洞察力がない」と批判されるのには理由がある。ブッシュ大統領は02年10月、議会に開戦決議を求めた時、フセイン政権の大量破壊兵器保有とテロ組織アル・カイダとの関係を理由に挙げた。だが、理由はこれだけではなかった。
ブッシュ政権内では、もう1つ、フセイン政権を倒して、亡命政治家による新政権を樹立するという体制変革のねらいがあった。ラムズフェルド国防長官はじめネオコン・グループが、ブッシュ政権成立前の97年頃から密かに進めていた計画である。クリントン上院議員は当時ホワイトハウスのファースト・レディとしてこれを知る立場だった。

 当時、クリントン政権はフセイン政権封じ込め政策をとっていたが、98年に体制変革路線に転換した。その直前、ラムズフェルド氏がネオコン・グループと連名で公開書簡を発表、政策転換を要求して強い圧力をかけていた。ヒラリー上院議員は02年10月、上院で開戦決議支持の演説をした際、この経緯に言及。その上で「その後4年間、フセイン政権は大量破壊兵器を増強、テロ組織との関係もある」と主張。「今これを止めなければ、同政権は核兵器をはじめ大量破壊兵器を大量に持つ。その結果、中東の秩序は混乱し、米国の安全保障の危機を招く」と主張した。

 米情報機関の情報に基づく主張だったが、この情報の根拠が怪しかった。イラク国民会議のチャラビ議長など、フセイン政権打倒後の新政権樹立を目論む亡命政治家がネオコン・グループを通じて、体制変革に都合のよい偽情報を流し、米国を戦争に誘い込んだと言われても仕方のないものだった。その結果が現在の混乱につながった。クリントン上院議員は、体制変革推進の背後にネオコンや亡命政治家が存在することを知っていたが、それがもたらす結果は見抜けなかった。有権者から「洞察力がない」と批判されても止むを得ないのだ。


・弱みを見せれば何が起きるかわからない

 クリントン上院議員はもともとイラク政策ではタカ派だった。開戦決議に賛成した演説で「ニューヨーク選出の上院議員として、確信を持って賛成する」と繰り返した。ニューヨークが9・11事件の最大の被害者であることを意識したのだ。米軍がフセイン政権を打倒したあと、イラクの治安が悪化、米国内に米軍撤退を求める動きが出るが、同議員は「米国はコミットメントを守るべきだ」と主張。撤退に否定的な立場を取り続けた。今年1月、大統領選挙に名乗りを上げたあとも、「09年までにイラクから手を引くべきだ」と主張するものの、米軍撤退という言葉は避けている。

 民主党主導部は、逆にペロシ下院議長を中心に米軍撤退の主張を強めている。開戦決議に賛成した民主党大統領候補が次々に「間違い」を認めたのは、この動きに沿ったものだ。選挙戦を戦い抜くには、党指導部と歩調を合わせる方が有利だ。そして、党の実務を握る全国委員会の活動家を味方にするのだ。民主党の場合、これら活動家はリベラルな傾向が強く、草の根を動かす力がある。クリントン上院議員はかつてリベラルの代表だったが、最近、中道派的な主張が目立ってきた。大統領になることを意識したためで、開戦決議の問題もその延長線上で起きた。

 大統領選挙戦でトップを走る候補が失脚した例は数え切れない。前回選挙でも、民主党のフロント・ランナー、ディーン候補が予備選挙の最初の段階で脱落した。同候補は組織、資金ともに抜群、世論調査でもリードしていたが、最初の予備選挙のアイオワ州党員集会でふたを開けてみると、予想外の3位。その夜の集会で、同候補は大声で「私はホワイトハウスへ突進する」と絶叫。これをテレビが「ディーンの絶叫演説」として繰り返し放送。支持率は急落して1ヵ月後には選挙戦から身を引いた。クリントン上院議員も弱みを見せれば、何が起きるか分らない。


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