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北朝鮮核問題の包括的解決案が浮上
持田直武 国際ニュース分析

2009年7月26日 持田直武

北朝鮮の核問題解決のため、米韓が400億ドルの経済支援を含む包括的解決案の検討を始めた。北朝鮮が核放棄をすることが確実になった時点で、米は国交正常化交渉に応じるほか、韓国が中心となって400億ドル相当の経済支援をまとめるという内容。だが、北朝鮮は正式提案を待たずに早くも拒否した。


・包括的解決案の目玉は400億ドルの経済支援

 6カ国協議が破綻して6ヶ月余、交渉再開を目指す動きが始まった。その焦点が経済支援400億ドルを含む包括的解決案。20日の英紙フィナンシャル・タイムズによれば、韓国の魏聖洛6カ国協議代表が米証券会社関係者に説明した。それによれば、資金はアジア開発銀行や世界銀行の融資、それに各国政府が拠出。北朝鮮に自由貿易地帯5ヶ所や貿易会社100社を設立し、交通通信施設の整備や30万人の技術者養成などを目指す。実施は北朝鮮の核放棄が確実になった時点という。

 中央日報によれば、この包括的解決案は李明博大統領が6月16日ワシントンでオバマ大統領と首脳会談を行った際に提案した。李大統領はこの席で「北朝鮮の誤った行動に対し、制裁と補償を繰り返すのは止めるべきだ」と述べて、ブッシュ政権時代の交渉方式からの脱却を主張。代わって「実質的な核廃絶と補償を組み合わせた包括的解決案を6カ国協議の北朝鮮を除く5カ国でまとめること」を提案した。今回の包括的解決案はこの李大統領の提案が土台になっているという。

 李明博大統領は就任以来の北朝鮮政策として「非核・開放・3000構想」を掲げてきた。この構想は10年以内に北朝鮮の1人当たり国民所得を3000ドルに引き上げるのが目標。そのため、国際社会と協力して400億ドルの基金を設立。北朝鮮国内の道路や鉄道を整備し、自由貿易地帯や貿易会社の設立などを目指すという内容。米韓両政府は包括的解決策の内容を公表していないが、フィナンシャル・タイムズが伝えた内容は、この李大統領の構想とほとんど同じである。


・北朝鮮代表は400億ドル支援を直ちに拒否

 問題は、北朝鮮がこの種の解決策に応じるかだ。韓国の聨合ニュースによれば、タイで開かれたASEAN地域フォーラム(ARF)に出席した北朝鮮外務省のリ・ホンシク国際機構局長は23日の記者会見で、包括的解決案について「話にならない」と一蹴した。同局長はその理由として「北朝鮮の安全と自主権を保障もないまま、わずかなカネで放棄することはできない」と主張した。包括的解決案の目玉商品400億ドルがまだ提案されていない段階で門前払いに遭った。

 米韓が推進する包括的解決案にはもう1つ、米朝国交正常化という目玉もある。クリントン国務長官は22日の記者会見で「北朝鮮が完全かつ後戻りできない非核化に同意すれば、米と関係国は北朝鮮にインセンティブ・パッケージを与える。その中には米朝国交正常化も含まれる」と主張した。これに対し、上記北朝鮮外務省のリ・ホンシク局長は「後戻りできない非核化」について「ブッシュ政権の主張と同じ」と非難したが、米との対話については反対しない姿勢をみせたという。

 韓国内には、北朝鮮が包括的解決案に今は反対しても、いずれ受け入れるという期待もある。魏聖洛6カ国協議代表は上記の米証券会社関係者との会合で、「北朝鮮は今のところ強硬姿勢だが、いずれ交渉の場に戻る。開城工業団地の賃貸問題では、北朝鮮は以前に較べ理性的になった。武器を積んでビルマに向かった疑いがあったカンナム号を呼び戻したのも、そうした変化の現われだ」と説明したという。核実験やミサイル発射の動きがないのも、こうした期待に輪をかけている。


・中国が置かれた微妙な立場

 米韓の対北朝鮮戦略はいわゆるアメとムチを並行して進めるツー・トラック方式で進められている。米フォックスTVは21日政府関係者の話として、米の当面の方針は国連決議に基づいて北朝鮮に圧力を加えるムチに重点があり、包括的解決案はそのあとで北朝鮮に与えるアメだと報道した。その内容もまだ協議中で、北朝鮮に提示するのは同盟国の同意を得てからになるという。ブッシュ政権が十分な協議をせずにテロ支援国の指定解除に踏み切った悪例を繰り返さないためだ。

 これと同時に重要なのは、中国が包括的解決案をどう見るかである。この点について、韓国の柳明恒外交通商相は23日の記者会見で「中国とはまだ包括的解決案の具体的な内容を議論していない。ただ、現在進めている制裁局面が終わったあとで、新たなアプローチについて議論することで意見が一致している」と語った。中国は最近北朝鮮の核開発に明確に反対し、国連安保理の制裁決議の実施にも協力姿勢を示している。しかし、包括的解決案を支持するかどうか確実ではない。

 包括的解決案が、フィナンシャル・タイムズが伝えたような内容とすれば、金正日総書記は受け容れないに違いない。受け容れれば、核兵器を放棄した上、400億ドル懸けて北朝鮮社会を改革開放社会に変えることになる。同総書記がそれに応じるとは思えない。問題は、金正日総書記が権力の座を去ったあとだ。同総書記が健康問題を抱える今、米韓が包括的解決案をチラつかせるのも、ポスト金正日を意識した動きと考えても可笑しくない。中国はやはり微妙な立場に置かれている。


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