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韓国哨戒艦沈没をめぐって広がる波紋
持田直武 国際ニュース分析

2010年4月26日 持田直武

韓国海軍の哨戒艦「天安」の沈没から1ヶ月。沈没の原因はまだわからないが、韓国の大手メディアは北朝鮮の魚雷攻撃で沈没したとの見方で一致してきた。李明博大統領はじめ政府高官もこの見方を否定しない。緊張が続き、6カ国協議再開も遠のく見通しになるなど波紋が拡がっている。


・北朝鮮関与の証拠確保が調査の焦点

 韓国政府はまだ「天安」沈没の原因について何も明らかにしていない。しかし、韓国政府関係者の非公式発言やメディアの報道は「北朝鮮の魚雷攻撃で沈没した」との見方で一致してきた。李明博大統領も19日、「天安」沈没について国民向けに演説し、原因調査の結果によっては、揺らぐことなく断固として対処する」と強調した。同大統領は北朝鮮の名前を口にしなかったが、これを聞いた国民の多くは「断固として対処する相手」が北朝鮮を指していると受け取ったに違いない。

李明博大統領は翌20日には、議会の与野党代表を招いて協議した。朝鮮日報によれば、同大統領は原因調査の進捗状況を説明、「北朝鮮が介入したのかどうか近く明らかになるだろう。だが、最終的な物証が出るまでは何とも言えない」と述べ、調査の焦点が北朝鮮関与の物証確保にあることを確認した。同大統領が「天安」沈没に関連して議会の与野党代表と協議するのは初めて。北朝鮮の関与が確認された場合に備え、与野党との協力態勢をつくるための根回しとみられている。

 李明博大統領は23日には、全斗煥と金泳三の両元大統領とも会談した。大統領報道官によれば、両元大統領はこの席で「北朝鮮の仕業とわかった場合、開城工業団地の閉鎖や北朝鮮船舶の韓国領海通過の禁止など経済制裁を提案したほか、2年後に予定している米韓連合軍司令部の解体とそれに伴う戦時作戦統制権の韓国軍への移管を延期するべきだと提案した。両元大統領とも北朝鮮に対して厳しい姿勢を取ったことで知られるが、武力報復などは口にしなかったという。


・北朝鮮は「でっち上げ」と関与を否定

この韓国内の動きに対し、北朝鮮は関与を否定している。朝鮮中央通信(KCNA)は事件発生から20日後の17日、北朝鮮の魚雷攻撃は「でっち上げ」と反論する軍事評論員の論評を発表。韓国側が「原因を究明できなくなるや、我々と結びつけようと愚かにも画策している」と主張した。北朝鮮が発表する「論評」は重要な問題に対する朝鮮労働党の公式見解を表明するもので、「天安」沈没に関する北朝鮮の見解はこの論評の結果「関与否定」で確定したとみることができる。

ただ、韓国内では北朝鮮が公式見解で否定しても信用する向きは少ない。これまでにも大韓航空機の爆破事件やミャンマーでの政府高官大量爆殺事件など犯人が逮捕され、北朝鮮が関与したとの証言や証拠が出たにも拘らず、北朝鮮当局は否定し続ける例が多かったからだ。日本人拉致事件も長い間、北朝鮮当局は「ありもしないこと」と否定し続けていた。今回の「天安」沈没も北朝鮮は公式見解で否定したが、北朝鮮関与を疑わせるものが過去の経緯を含め多々見られるのも間違いない。

朝鮮日報(電子版)は24日「天安」沈没が南北首脳会談の挫折と密接にからむ事件だったとの見方を伝えた。それによれば、韓国と北朝鮮は昨年10月から南北首脳会談を打診し合い、11月7日に開城で局長級が最初の秘密接触をした。北朝鮮側は極めて積極的で11月14日に2回目の接触に合意した。ところが、11月10日黄海で大青海戦と呼ばれる南北海軍の武力衝突が起きた。「天安」が沈没した海域である。首脳会談に向けて盛り上がった機運は吹き飛んでしまう。


・北朝鮮軍部の強硬派が画策か

韓国側の発表では、海戦は北朝鮮の警備艇が海上軍事境界線を越えて、韓国の警備艇を攻撃したのが発端だった。韓国側がこれに反撃、北朝鮮警備艇は大破、北朝鮮は明らかにしていないが犠牲者が多数出たと見られている。それから3日後、軍事会談の北朝鮮軍代表が韓国側に対し「無慈悲な軍事的措置を取る」という通知文を送ってきた。1月15日には、北朝鮮の最高機関である国防委員会が「対南報復聖戦」を宣言し、黄海で韓国側に向け砲撃するなど強硬姿勢を打ち出した。

 韓国に対する報復攻撃の命令もこの頃出たとみられる。朝鮮日報は、崔成竜韓国拉致被害者代表が北朝鮮軍の幹部と極秘に電話会談して得た話しとして、金正日総書記が大青海海戦の「報復命令を下した」と伝えた。また、北朝鮮は韓国に亡命した元労働党書記黄長Y氏の暗殺命令もこの頃出したという。暗殺の密命を受けた北朝鮮工作員2人が脱北者を装って韓国に入国、4月20日に逮捕された。北朝鮮が南北首脳会談を交渉中に、強硬姿勢に転じたのは明らかだった。

韓国軍と民間の合同調査団が「天安」沈没の原因についてまもなく結論を出す。現在までの状況では北朝鮮の関与を裏付けるのは間違いないようだ。その結果、北朝鮮の核問題を扱う6カ国協議の再開はさらに遠のくに違いない。また、北朝鮮の魚雷による攻撃となれば、米韓両国は海上の防衛体制を見直す必要に迫られる。その結果、沖縄の基地の重要性が増すことになるのも間違いない。そんな時、普天間基地移転問題がもたついている。喜ぶのは北朝鮮だけだろう。


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