2011年11月20日 持田直武
米国では選挙にスキャンダル報道が付き物である。スキャンダルにどう対応するかで候補者の力量が分かると、その効用を説く向きもある。今回の大統領選挙でも、共和党のケイン候補がスキャンダル報道の直撃を受けた。同候補は共和党の主要候補8人のうち唯一のアフリカ系で政治思想は保守派。世論調査で支持率トップにおどり出たところでスキャンダルが浮上した。 ・火付け役はワシントンの政治専門紙
スキャンダルにもいろいろあるが、ケイン候補の場合セクハラ疑惑だ。最初に報じたのはワシントンの政治専門紙「ポリティコ」。同紙はレーガン大統領の元補佐官フレデリック・ライアン氏が会長、ワシントン・ポスト紙の記者だったジョン・ハリス氏が編集長となって07年創刊した保守派の政治紙である。新聞の発行部数は3万2000部だが、テレビ版やインターネット版を持ち、鋭い切り込みの硬派の記事で知られている。その同紙が10月30日夜のインターネット版で、「ケイン候補が部下の女性少なくとも2人に不適切は行為をして訴えられた」と報道した。 ・セクハラ被害者が記者会見で詳細に証言
このポリティコ紙の記事がインターネットで流れるとメディア各社が追跡報道を開始し、報道合戦になった。世論調査でケイン候補がロムニー候補を抑えて支持率1位に躍進した時である。報道各社の取材も熱気を帯びた。ポリティコ紙は報道にあたって被害者の名前や補償金の額などは伏せたが、追跡報道はそれらを一つひとつ明らかにしてしまう。その過程で被害者を名乗る女性も2人から4人に増えた。その被害者の1人で、シカゴに住む女性は7日著名な女性弁護士を伴って記者会見し、ケイン候補が彼女に対して行ったというセクハラ行為を詳細に語った。 ・ケイン候補は全面否定だが、疑惑は消えず
こうした女性側の主張に対し、ケイン候補は「私はセクハラをしたことはない。疑惑報道は根拠がない」と真っ向から否定。「被害者と称する女性に会ったこともない」とも主張した。しかし、メディアは同候補の主張をくつがえす証拠を次々と報じた。「セクハラをしたことはない」という同候補の主張についても、全国レストラン協会は97年に2人の女性職員と示談書を交し、3万5000ドルと4万5000ドルの補償金を支払った事実を明らかにした。当時会長のケイン候補がこれを知らない筈はなかった。また「女性と会ったこともない」という主張についても、シカゴのラジオ番組のホストが「記者会見した被害者の女性とケイン候補がシカゴのパーティで会って話すのを目撃した」と報道した。見たのは疑惑報道が出る1ヶ月前のことだという。事実ならケイン候補の主張が崩れることになる。 ・共和党保守派の混乱深まる
ケイン候補の失速は共和党のフロント・ランナーとして3人目だった。最初のフロント・ランナーはティー・パーティ運動の支持を受けた下院議員バックマン女史。議会内にティー・パーティ議員団を組織し、同運動のスポークスマン役だったが、夏ごろから同運動との関係が悪化、同運動の一部組織が絶縁状を付き付けた。次の対抗馬として登場したのがテキサス州知事ペリー候補。ところが、同候補は大統領候補討論会で失言を連発。9日の討論会でも、同候補は公約として掲げた商務省、教育省、エネルギー省の3省の解体のうち、商務省、教育省までは滑らかに口にしたが、エネルギー省は思い出せず、「ウーン」と言ったまま立ち往生した。会場は大笑いしたが、これら3省の解体は共和党保守派が「小さい政府」を目指す機構改革の重要項目。保守派の星と言われた同候補にとっては極めて深刻な失態だった。 ・共和党保守派の不満分子が第三党に走る?
共和党の大統領候補指名争いは穏健派のロムニー候補に対し、保守派の誰が対抗馬になるかが焦点となって展開してきた。同党は党員の70%が保守派、残りが穏健派である。大統領候補者は保守派が7人、穏健派はロムニー候補が1人。これまでの展開は、穏健派がロムニー候補支持で態勢を固めたのに対し、保守派は対抗馬が次々と失速し、現在4人目のギングリッチ候補が登場した。だが、同候補も弱点が多く、対抗馬の立場をいつまで維持できるか危ぶむ見方が多い。保守派が今の混乱を脱することが出来なければ、穏健派のロムニー候補が共和党の大統領候補の指名を獲得することになる。その場合、同候補の政治傾向やモルモン教徒であることを嫌う共和党保守派の一部党員が超保守の第三党候補などに投票するとの見方もある。
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