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米大統領選挙、民主党は何を目指すのか
持田直武 国際ニュース分析

2004年8月2日 持田直武

民主党ケリー大統領候補は上院議員としてイラク戦争開戦に賛成した。だが、民主党員の過半数は、開戦を間違いとし、早期撤兵を主張している。死刑廃止問題、妊娠中絶問題などでも、ケリー候補と民主党員の間には溝がある。党大会では、ケリー派が異論を抑えて、ケリー一本化の演出をしたが、これで、現職ブッシュをホワイトハウスから追い出せるのか、疑問は多い。


・ケリーの主張に配慮、党綱領は対決色を弱める

 民主党は26日からの党大会でケリー、エドワーズ両上院議員を正副大統領候補に指名、党綱領を採択した。「国内を強くし、国外で尊敬される」という目標を掲げ、現職大統領と対決することになった。現職ブッシュがイラクで躓き、支持率が急落しているときである。民主党にとっては、願ってもない好機が訪れたとしか言いようがない。党大会はこの好機を生かす態勢作りの場だったはずだが、果たしてそれが出来たのかどうか、疑問が多いのだ。

 疑問の1つは、そのイラク問題である。7月4日付けのワシントン・ポストによれば、民主党員の過半数は、ブッシュ大統領がイラク戦争を始めたのは間違いだったと判断しているという。そして、米軍を可能な限り早く撤退させるべきだと考えている。しかし、採択した党綱領は、開戦の当否について「善意の人たちはイラク戦争に同意しないだろう」という短い一文で片付けた。また、米軍撤退について、党綱領は「イラクが混乱して、テロリストの温床となり、中東の不安定要因となるのを許すわけにはいかない」と述べて、撤退反対を打ち出した。

 民主党がイラク政策で、このようにブッシュ政権とほとんど変わらない主張に留まるのは、ケリー、エドワーズの正副大統領候補が上院議員として開戦に賛成したことが背景にある。党綱領は民主党全国委員会とケリー選対から担当者が出て作成したが、ケリー選対側は綱領がケリー候補の主張を踏み越えないよう強く主張。ブッシュ政権との対決姿勢を主張する全国委員会の担当者と対立したという。結局、大統領候補の立場を優先させることになったが、全国委員会内には不満が残った。同委員会には熱心な党活動家が多く、今後の選挙運動に影響が残るのは避けられないだろう。


・ケリー候補がイラク開戦を間違いと言えない事情

 ケリー候補は7月11日、CBSテレビに出演、イラク戦争開戦に賛成した理由を次のように説明した。「私が賛成したのは、ブッシュ大統領に戦争をする権限を与えることだった。それは、フセインが国連の求めた武装解除に応じない場合、最後の手段として、戦争をする必要があるためだった」。キャスターが「では、今はどう考えているのか、戦争は間違いだったと思うか」と質問したのに対して、ケリーは自分の判断については答えず、「大統領が戦争への道筋を誤ったのだ」と述べ、ブッシュ大統領が開戦へと突き進んだ過程が誤りだったと主張した。

 7月30日付けのニューヨーク・タイムズ社説はこれに関連して、「ケリー候補はイラクについてはっきりと説明していない。有権者が聞きたがっているのは、今から振り返って見て、ブッシュ大統領に戦争の権限を与えたのは間違いだったということを、同候補が認めることだ。しかし、今や同候補がそれを認めないということがはっきりしてきた。だが、これは恥である」と主張した。また、同じ7月30日付けのボストン・グローブ紙はヴェノーチ記者の署名入り記事で「ボストンの民主党大会に集まった代議員10人のうち9人は、イラク戦争を間違いだったと考えている。彼らはケリー候補に説明を求めるべきだ」と主張した。

 だが、大統領候補ケリーが間違いを認めれば、それは同候補の命取りになる。上院情報特別委員会がイラク開戦の基になった情報の多くを誤りと断定したあと、確かに議会内には開戦決議を反省する雰囲気がある。しかし、ケリー候補をこの議会の雰囲気と同一の基準で扱うことは今となっては難しい。各種世論調査によれば、イラク戦争を間違いと考える有権者の多くは、多数の米兵の犠牲を出してまで戦うことはなかったと考えていることがわかる。そして、その犠牲者がまもなく1,000人に達することが明らかなとき、大統領候補が、開戦を認めた自分の行為は間違っていたと認めることは、政治家としての自分を否定するのも同じになる。


・妊娠中絶など倫理問題でも言行不一致

 ケリー候補はこのほかにも言行に一貫性を欠くなど、人格面の弱点が目立つ。その1つが妊娠中絶問題。同問題は保守派とリベラル派が厳しく対立、地域社会まで揺さぶる、やっかいな問題である。この問題で、ケリー候補はこれまで他の民主党リベラル派議員に足並みを揃え、中絶を支持する立場だった。ところが7月4日、同候補は遊説途中に行ったアイオワ州の新聞テレグラフ・ヘラルドのインタビューで、これまでの立場を一変、「私は個人的には中絶に反対だ。生命は受胎とともに始まるのだ」と述べた。これは中絶に反対する保守派の意見とまったく同じである。

 この発言に対して、保守派コラムニスト、ウイリアム・サファイアー氏が7月28日付けニューヨーク・タイムズ紙上で厳しく批判した。もし、ケリー候補が生命は受胎とともに始まり、中絶に反対というなら、これまでなぜ賛成の立場を表明し続けたのか、リベラルな有権者の票を確保するためだったのか、と追及した。実は、ケリー候補はカトリック教徒、しかし、カトリックが禁じている離婚をし、さらに再婚をした。そして、カトリックが禁止している妊娠中絶を支持してきたが、今回それは本心ではないと認めたことになる。しかも、この問題はそれだけでは収まらない広がりを持っている。受胎後の胚を研究し、アルツハイマー病治療に役立てる胚性幹細胞(ES細胞)研究の是非をめぐる論争にもつながるからだ。ケリー候補はこの研究推進のため連邦資金を投入すべきだと主張し、反対するブッシュ大統領と対立していた。

 このようなケリー候補の、いわばどちらにも転ぶ弱さは、妊娠中絶だけに限ったことではない。ベトナム戦争に従軍して叙勲しながら、帰国すると反戦活動に転じたことや、死刑廃止を熱心に説きながら、テロ対策が焦眉の急になると、テロ犯罪には死刑を例外として適用すると主張を変えるなど、枚挙に暇がない。ブッシュ陣営は、これをケリーのFlip-Flop (日和見主義)として批判、大統領の器ではないと宣伝している。同陣営はイラクで予想もしなかった深手を負い、尋常ならブッシュの命脈は尽きるはずだ。ところが、皮肉なことに民主党も弱点だらけのケリーを抱え込み、せっかくめぐってきた好機を生かしきれない。何とも言いようのない状況になった。


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