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ブッシュ政権が目指す新核戦略
持田直武 国際ニュース分析

2002年7月1日 持田直武

 ブッシュ政権がこの秋の公表を目指して検討中の新安全保障戦略の内容が次第 に明らかになっている。柱の一つは、先制核攻撃を含む攻撃力の再編成。もう一 つの柱はミサイル防衛網による防衛力の強化。この攻撃力と防衛力の二本の柱で、 核の抑止力だけに依存した冷戦時代の旧戦略から脱却し、テロリストとならず者 国家が大量破壊兵器を持つ21世紀の脅威に備えるという。そのために今後、小 型で実用的な核兵器の開発、および核実験再開なども視野に入れており、日本は じめ世界各国の安保政策に影響が及ぶことになる。


・核による先制攻撃に重点

 ブッシュ大統領は6月1日、陸軍士官学校で核の先制攻撃について次のように 説明した。
「わずか数十人の男たちが同時多発テロを実行した。同じように、弱小 国が生物、化学兵器や核兵器、ミサイルで大国に壊滅的な打撃を与えることが可 能だ。彼らには冷戦時代の大量報復のおどしは通じない。最悪の事態を避けるた めには、彼らが攻撃態勢を整える前に先制攻撃をすることが必要だ」

 ブッシュ大統領は先制攻撃に核兵器を使うと明言したわけではない。しかし、 国防総省が今年1月議会に提出した「核戦略見直し報告」で、「生物、化学兵器を 貯蔵する地下施設を破壊するため、小型核兵器を開発すべきだ」と提案している。 このため、ブッシュ大統領の発言は「核兵器の使用も含めた先制攻撃」を意味す ることは明白だった。


・使える実用的核兵器の開発へ

 冷戦時代、ソ連に対して核兵器による大規模な報復を予告することで同国の攻 撃を抑止した。しかし、この抑止戦略はソ連が崩壊し、ロシアがNATOと合同理 事会を持つ現在、すでに時代遅れとなった。一方、ソ連に変わって登場したテロ 集団やならず者国家には、この抑止戦略のおどしは通用しない。彼らの攻撃を防 ぐには先制攻撃しかないという論理である。

 その攻撃に核兵器を使うという発想は湾岸戦争や先のアフガニスタン攻撃の経 験に基づいている。湾岸戦争でのイラクの地下壕の破壊、アフガニスタンでの山 岳地の洞窟の爆撃。いずれも火薬装備の特殊爆弾を使ったが、地下壕がもう少し 深く、堅牢になれば火薬での破壊は難しい。核の破壊力に頼るしかないというの だ。このため小型で、強力は核爆弾の開発が課題となったのだ。冷戦時代、核は その巨大な破壊力を誇示するだけだったが、対テロ戦争では実際に使うことを前 提にしている。


・ミサイル防衛にも核使用の可能性

   もう一つの柱、ミサイル防衛にも核を使用する可能性が否定されていない。同 防衛は6月中旬、ロシアとの間のABM条約が消滅したあと開発が本格化。相手 のミサイルを上昇段階(Boost Phase)、中間飛行段階(Midcourse Phase)、突 入段階(Terminal Phase)の3段階で迎撃、破壊するという構想だ。

 同防衛の開発責任者、国防総省ミサイル防衛局のカディッシュ局長は6月25 日の記者会見で、開発は順調に進展し、現在アラスカに建設中の実験用基地が2 004年には実戦に使えるとの見通しを示した。また、同局長は迎撃ミサイルに は当面火薬弾頭を装備するが、同時に大型飛行機からレーザー光線を発射して相 手のミサイルを上昇段階で爆破する計画も進めていると述べた。

 また、記者が「相手が多数のおとりを飛ばし、通常の迎撃で爆破できない場合、 最後の手段として核を使用すべきだとの意見があるが」と質問したのに対し、同 局長はミサイルの上昇段階でレーザー光線を使う効果を強調、核の使用には触れ なかったが、否定もしなかった。

ミサイル防衛の弱点の一つは、多数のおとりでセンサーが撹乱された場合、迎 撃能力が低下することで、最後は核の破壊力に頼るしかないとの主張がある。カ ディッシュ局長の答えは国防総省がこうした主張をただちに否定できない立場に あることを示した。  


・国際的軍縮の流れに逆行

 このブッシュ政権の動きがこれまでの軍縮の流れに逆らうことは間違いない。 ブッシュ大統領は就任以来、包括的核実験禁止条約の批准中止、ABM条約離脱、 生物兵器禁止条約の議定書に反対など、これまでの軍縮の流れに棹をさす決定を 重ねてきた。いずれも新戦略を作るための周到な準備行動だった。

 この動きに対して、ロシア、中国はじめフランス、ドイツなど当初は強い不満 や懸念を表明したのはよく知られている。しかし、去年9月の同時多発テロ事件 以後、状況は一変。各国は対テロ戦での協調を最優先し、ロシアはABM条約の 解消を受け入れ、戦略核兵器の大幅削減に同意した。

 今後も、ブッシュ政権は新戦略を推進する課程で、小型核兵器開発のための核 実験再開、非核保有国を核攻撃しないとの約束解消など、いわば国際公約の撤回 を続ける見通しだ。非核保有国を核攻撃しないことは1978年、カーター政権 が英国、ソ連と共同で核拡散防止条約の調印国に対して約束し、1995年にフ ランス、中国がこれに加わった。ブッシュ政権の新核戦略はこの約束と相容れな いことが明白で、今後中国など他の核保有国の対応が焦点となる。

 ウオルフォビッツ国防副長官は6月27日の議会証言で、7月にヨーロッパと アジアに使節団を送り、新戦略の説明とミサイル防衛への協力を求める考えを示 した。その中で、同副長官はロシアが核削減に応じたのに続いて、ミサイル防衛 の協力にも前向きの姿勢であることを示唆したが、中国については言及しなかっ た。ブッシュ政権にとっても、中国の今後の出方は未確認であることがわかる。


・変化する米の核の傘

 米のこのような安保戦略の変化が冷戦時代からの核の傘を変化させていること も間違いないだろう。ブッシュ政権は新戦略を立案する一方で、ロシアと戦略核 削減条約を結び、核弾頭を1700―2200基に削減、ミサイル防衛でも協力 を呼びかけている。また、NATOロシア理事会を組織、ヨーロッパの安全保障で も協力体制を確立した。

 ブッシュ大統領はじめ米政権幹部は事あるごとに、冷戦は終わり、ロシアはも はや敵ではないとの発言を繰り返している。ロシアと核戦争をするような事態は ほとんどないと考えているとみてよいだろう。ロシアに対する核の傘は変化して いるのだ。ヨーロッパ諸国にとってもNATOが東方諸国に拡大し、ロシアの脅威 は薄らいでいる。米ロの関係改善と並行してヨーロッパ諸国の安全保障環境も改 善されたことは明らかである。

 しかし、日本とロシアの関係は変化の兆しもない。北方領土問題に関する限り 解決の見通しはむしろ遠のいたと言えなくもない。平和条約の見通しはさらにな い。一方で、ロシアは6月のカナダでの先進国首脳会談で、正式にG―8のメン バーになり、06年のサミット主催国に決まった。日ロ関係は停滞していても、 米国がアジアでもロシアを核の傘の対象からはずすであろうことは容易に想像で きる。


・日本の立場

 故意か、偶然か。そんな折の5月、安倍官房副長官の平和憲法下の核保有可能 発言が表面化した。福田官房長官も副長官の発言を肯定した。発言そのものは1 959、60年、当時の岸信介首相が国会で「核兵器保有は最小限で、小型で戦 術的なものであれば、必ずしも憲法上禁じられていない」とする政府見解に沿っ たものだという。外務省関係者も「まったくの偶然に出た発言で政治的背景があ る話ではない」と説明する。

 しかし、ブッシュ政権が核の新戦略を立案し、世界各国が安全保障戦略の再編 成を行ないかねない時である。従来の核の傘も変化するきざしがある。心ある人 なら日本の対応に関心が向くのは当然である。国家の安全保障に責任ある立場に いるなら、あらゆる可能性を検討するのが義務となる。

 日本には平和憲法があるが、これは一つの現実であり、将来の可能性はそれも 一つの選択肢としてあらゆるものを広く検討しなければならない。ブッシュ政権 も米国の選挙民が選んだ政権であり、国民の世論が支持しない行動はとれない。 政府内で、日本の将来の安全保障について広く、真剣な検討を行なうことは当然 なのだ。それがたまたま外部にもれても、背景がある話ではないと取り繕うこと も時には許されてよい。


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