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日朝国交正常化の条件
持田直武 国際ニュース分析

2002年9月24日 持田直武

・国民にとって安心できる国か

 小泉首相の訪朝は、悲憤と成果という二つの結果を生んだ。拉致被害者の悲しい運命は国民の感情をとめどなく揺さぶる。一方、ピョンヤン宣言はたしかに成果と言える面もある。政府は予定通り10月に国交正常化交渉を再開して、成果の面をさらに追及したい構えだ。しかし、そのシナリオの成り行きは、今や国民の世論という不確定要因に握られていると言ってもよいだろう。グローバリゼーション時代、外国との交流は国民が主流であることを考えれば、それも当然のことだと思う。

 北朝鮮との国交正常化はロシアとの平和条約締結とともに、戦後処理の2大懸案だ。小泉首相と外務省がこれを解決して実績を作りたいと考えても不思議ではない。ピョンヤン宣言では核開発問題やミサイル問題で、金正日総書記から譲歩の姿勢を引き出したという国際的な評価もある。この姿勢を後押しして、北東アジアの平和構築につなげたいという意欲を持つことも理解できる。

 しかし、日朝国交正常化にはもう一つの重要な側面があることを忘れるべきではない。北朝鮮が数時間で往来できる隣国で、正常化をすれば国民の多くが交流のうずに巻き込まれる。そのうずに、国民が安心して身をまかせてもよいかということだ。


・最も重要なのは拉致問題の解決

 日朝国交正常化交渉はこれまで11回におよぶ会談で、論点を次の4つに絞った。1)植民地支配の基礎となった併合条約などの基本問題、2)補償など経済面の問題、3)核開発やミサイルなど国際関係にかかわる問題、4)その他の問題。

 この目的は、日本にとって北朝鮮がどんな国かを確認することにある。現在北朝鮮が管轄する領土はどこか。過去日本との関係はどうだったか。今後解決すべき問題は何か。また国際的にどのような評価を受けているか、などを細かく確認する。そして、日本が国交を持ち、交流を開始してよいかどうかを判断するのだ。その際、現在の金正日政権がその相手としてふさわしいかどうかも重要な検討事項である。

 この面からみて、同政権には多くの問題があることは明らかと言わざるをえない。国内経済は疲弊し、餓死者が出ている一方で、100万余りの軍隊を維持する。国際秩序に背を向けてミサイルを開発し、中東の不安定な地域に輸出する。日本に照準を合わせてノドン・ミサイルを配備し、日本沿岸に不審船を送り込む。そして、日本人の拉致。これらを解決しないまま、国交正常化は不可能であり、中でも拉致問題の解明は、国民が安心して交流するために最も重要なことなのだ。


・金正日総書記だけが解決できる拉致問題

 日本が北朝鮮に対して拉致問題を提起したのは1991年5月、北京で行われた第3回国交正常化交渉の席上が最初だった。警察庁が大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫に日本語を教えた李恩恵という女性が埼玉県出身の田口八重子さんであると特定したからだ。日本政府は早くから拉致が北朝鮮の対南戦略の一環と疑っていたが、それを裏付ける証拠が日本にはなかった。

 日本代表団が田口さんの安否調査を要求したのに対し、北朝鮮代表団は猛反発。日本代表団の1人によれば、北朝鮮側は「外交史上、前例のない罵詈雑言を浴びせ、発言の撤回と謝罪を要求した」という。上記代表団の1人はその態度からみて「彼らは金正日氏に言及がおよぶのを恐れていたようだ」と当時語っていた。

 3ヵ月後、北京で第4回会談が開かれるが、北朝鮮首席代表は欠席、代表団を格下げして不快感を表明した。会談で、日本側が拉致問題を持ち出すと、北朝鮮代表は「ありもしないこと」と反発。非公式の席でさらに追求すると、「くわしいことは聞かないでくれ」と逃げたという。国交正常化交渉の場では、問題を認めさせることさえ無理だった。解決は金正日総書記との首脳会談しかないのは明らかだったのだ。


・拉致、不審船の全容解明に残る疑問

 小泉首相の訪朝はその意味で的をえたものだ。だが、それは成果と同時に日本国内に悲憤を巻き起こす結果をもたらした。金正日総書記が拉致を認めたことで、事件の暗闇にほのかな光が見えたが、その光が照らし出した光景はあまりにも悲惨だった。しかも、まだ影に隠れた部分が多いのではとの疑惑が広がっている。そして、全容の解明は簡単ではないだろうという予感がするのだ。

 同総書記は拉致を認めはしたが、それは「特殊機関の一部が妄動主義、英雄主義に走って行ったもの」と述べ、自分の責任を回避した。不審船についても「最近実態がわかったが、それまでこの事実を知らなかった」という説明である。しかし、同総書記が1970年代から特殊機関を指揮し、今はすべての権力を握って、その指示なしには針一本も動かないような独裁体制を築いたことを考えれば、この説明を信じるのは難しい。

 小泉首相は再開する国交正常化交渉の場で拉致問題の全容解明を求めると主張する。たしかに当面はそれ以外の手段がないのも事実だ。しかし、過去11回の交渉の結果からみて、それに期待するのは安易にすぎるだろう。正常化交渉では、金正日総書記の説明以上の実質的内容が出るとも思えない。日本の世論は、拉致は一部特殊機関の暴走行為で、最高責任者は知らなかったという、トカゲの尻尾切りでは納得しない。


・正常化は北朝鮮の変化を見極めてから

 日朝首脳会談で、たしかに北朝鮮は予想もしなかった姿勢の変化をみせた。金正日総書記が拉致事件を認めて謝罪した他、これまでの賠償要求を取り下げ、日本が主張する経済協力方式を受け入れた。また、これまで拒否していた核査察を受け入れると口頭で約束したともいう。経済協力の金額がまとまれば、すぐにも妥結するかのようだ。

 小泉首相はこの北朝鮮の姿勢の変化を引き出したことで内外の評価を受けている。世論調査によれば、内閣支持率も上がった。しかし、一方では、北朝鮮の変化は経済的に窮地に追い込まれ、日本の経済協力に頼るしかなくなった窮余の一策であることも疑問の余地がない。建国以来の特異な独裁体制が変わったわけではなく、変化も経済協力を得るための単なる見せ掛けと疑うこともできる。

 政府は今後の交渉で、国民の目を代表してこの点をしっかりと見極める責任がある。功をあせって、国民の不安が解消しないまま、国交正常化に走れば、国民は政府を見放すだろう。グローバリゼーション時代、国民が外国との交流の主流となった以上、これは当然のことだと思う。


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