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どこまで続くブッシュの後退
持田直武 国際ニュース分析

2003年10月14日 持田直武

ブッシュ大統領が後退を続けている。国連安保理で、イラク新決議の早期成立をほぼ断念。国連の旗のもと、各国の軍隊派遣と復興費用を調達する目論見は崩れた。政権内では、イラク戦の主戦派ネオ・コン人脈との軋轢が表面化。今後、イラクに大量破壊兵器がなかったとの結論が出れば、大統領の最後の砦も崩壊しかねない。


・国連決議断念の背景にアナン事務総長の反対

 ニューヨーク・タイムズは10月8日、ブッシュ政権がイラク新安保理決議の早期成立を断念するか、棚上げすると伝えた。政府高官が同紙に対して明らかにした。同決議は、軍隊派遣と戦後復興の資金提供を各国に求めるためのいわば錦の御旗。23日からマドリッドで開催されるイラク復興支援国会議前の成立が目標だった。しかし、フランスはじめ各国の反対は根強く、採決すれば、否決は確実なのだ。しかも、これまで親米的といわれてきたアナン事務総長も反対した。

 ブッシュ政権が10月1日提案した決議修正案は、イラク新政権の樹立について、まず憲法を制定、次に選挙をして政府を組織し、占領軍が主権を返還するという順序だった。これに対し、アナン事務総長は3日の安保理で、まず政府を組織、次に憲法を制定したあと、選挙を実施すべきだと主張した。米提案に従えば、主権返還の時期が遅くなり、テロを助長する恐れがある。アナン事務総長はこれを防ぐためにも政府樹立を早めて主権返還を急ぐべきだと主張した。

 同事務総長はまた、「米占領軍の下請けのために国連職員を危険地域に派遣するのは気がすすまない」とも述べた。イラクの戦後復興にあたって、米英占領軍ではなく、国連が主導権を握るべきだというフランスやドイツの主張に組したのと同じだった。同事務総長が米政府の方針にこれだけ強く反対した例はなかった。ブッシュ政権は不満だったが、これまで態度を決めかねていた中立国は追い風をうけたかのように次々に米提案反対にまわった。

 この安保理内の動きに対して、パウエル国務長官は10日、一部報道陣に、決議案を一部修正して、13日からの週明けにも採決したいと語った。国務省の責任者として採択を最後まで諦めない姿勢を示したものだ。しかし、ニューヨーク・タイムズが10日の社説で「アナン事務総長案のほうが米提案より賢明」と評価するなど米提案には支持がない。修正しても、主権返還の時期で妥協しない限り、早期成立断念の流れは変わらないだろう。


・派兵と再建費用集めに暗雲

 安保理決議がなければ、軍隊派遣も復興資金集めもブッシュ政権の目論みどおりには進まない。同政権はトルコ、インド、パキスタン、韓国に対し、師団、ないし旅団規模の派遣を要請した。兵力はトルコ、パキスタン、韓国の3カ国で4万人を期待しているという。このうち、トルコは10月7日、議会が派兵を承認したが、インドは派遣しない可能性が強まり、パキスタンも態度未定。韓国政府は5,000人規模の派兵を検討したが、盧武鉉大統領が議会と対立、混乱が拡大して議会が派兵を早期に承認できるかどうか微妙になった。

 一方、トルコの派兵決定に対して、イラク統治評議会がただちに反対を表明した。トルコは、米英軍がイラク攻撃に踏み切る前、国境を接するクルド人自治区に軍隊を展開させようとして、イラクの反発をかった。クルド人の独立運動が戦乱に乗じてトルコ領内に拡大するのを防ぐためという主張だった。しかし、イラク国内には、同国を植民地支配したトルコ帝国以来の警戒感が消えていない。トルコが派兵しても、治安維持に貢献できるのか疑問という見方もある。

 復興資金集めもはかばかしくない。世銀と米英占領当局の推定では、04年から07年までの4年間に550億ドルの復興資金が必要だ。ブッシュ政権はこのうち約200億ドルを負担する計画で現在議会が審議している。残りの350億ドルについて、同政権は23日からマドリッドで始まる復興支援国会議で各国に分担を要請する。日本は外務、財務両省が10日、復興資金の一割近い約50億ドルを負担、このうち04年度は15−20億ドルを無償資金協力として拠出することを決めた。

 しかし、このように気前のよい国は他にはない。日本以外の国で金額を示したのは、カナダが3億ドル、EUが2億ユーロ(約2億1,000万ドル)だけだ。ブッシュ政権はサウジアラビア、クウエートなどの産油国にも期待しているが、今のところ表だった意思表示はない。ブッシュ政権からはパウエル国務長官が会議に出席して各国に分担を呼びかけるが、それで安保理決議のない空白を埋めることができるのかを問われることになる。


・主戦派ネオ・コン人脈との軋轢表面化

 これら一連の動きと並行して、ブッシュ政権内にはイラク主戦派のネオ・コン人脈をめぐる軋轢が表面化した。最初の兆候は9月14日、チェイニー副大統領がテレビでイラク攻撃の理由の1つに、フセイン政権とテロ組織アルカイダとの関係をあげたことだった。副大統領はその証拠として、9・11事件の実行犯アタがチェコでフセイン政権の情報機関員と接触したと主張した。しかし、これはチェコ政府がすでに否定していたため、ブッシュ大統領が記者会見で訂正してことを収めた。

 また、ホワイトハウスが10月6日「イラク安定化グループ」を組織した時は、ラムズフェルド国防長官が「聞いていない」と反発して騒然となった。同グループはライス補佐官が長となって、イラク復興政策で各省庁間の調整をするが、運用次第で国防総省の権限が縮小しかねない。最近のイラクの治安悪化で、ブッシュ大統領の支持率が急落している時でもあり、グループの設立はラムズフェルド長官が推進してきたイラク政策の調整が中心になることは間違いなかった。

 ネオ・コン人脈の大御所チェイニー、ラムズフェルドの2人に続いて、次はリビー副大統領主席補佐官とエイブラムズ国家安全保障会議上級部長の2人にスポットがあたった。この2人も熱烈なネオ・コンとして知られている。理由は、イラクの大量破壊兵器問題でブッシュ政権に不利な情報が出回るのを抑えようとして、CIA工作員の素性をメディアに洩らした違法行為の容疑だ。

 イラクの大量破壊兵器の未発見はブッシュ政権にとって何時爆発してもおかしくない時限爆弾である。中でも、核兵器問題はフセイン政権がアフリカのニジェールから原料のウラニウムを購入したかどうかが焦点だ。CIAは02年2月、ウイルソン元大使をニジェールに派遣してこの問題を調査。同氏は「疑問はない」という報告をした。ところが、ブッシュ大統領は03年1月の一般教書演説で、「イラクが核兵器開発のためアフリカからウラニウムを購入した」と述べ、イラク攻撃を必要とする理由の1つにあげた。ウイルソン氏の報告が無視されたのだった。


・政権高官2人が政権批判を抑えるため漏洩

 ウイルソン氏は7月6日、ニューヨーク・タイムズに投稿、ブッシュ政権がイラク攻撃を正当化するため自分の報告を無視したと非難する。戦争終結後、大量破壊兵器が発見されないことに疑問が高まっていた時だ。主要メディアがウイルソン氏の主張を一斉に取り上げ、ブッシュ政権が攻撃を正当化するため情報操作をした疑いがあると追及した。その最中の14日、コラムニストのノバック氏がウイルソン氏の夫人はCIAの工作員だと暴露するコラムをワシントン・ポストに掲載する。

 ノバック氏はブッシュ政権の高官2人がこの記事のニュース・ソースだとコラムに書いた。この記事がホワイトハウスに陣取るネオ・コン人脈を揺さぶることになる。米連邦法はCIA工作員の素性を明かすことを禁止し、違反者は最高懲役10年、罰金5万ドルが科される。素性公開によって、秘密工作が露見し、工作員や情報提供者の生命が危険になる。ウイルソン氏の夫人は大量破壊兵器問題の工作員で40歳、双子の娘と3歳の男児の母。同氏は素性の暴露で「妻の生命が危険になった」と訴えた。

 FBIがホワイトハウスを中心に捜査を開始し、10月7日には2,000人の職員の電話交信記録やeメールの記録を押収。高官2人の特定にあたっている。そんな中、リビー副大統領主席補佐官、エイブラムズ国家安全保障会議上級部長、それにブッシュ大統領の再選責任者、ローブ大統領顧問の3人が疑惑の濃い高官として浮上した。また、夫人の素性を知らされた記者はノバック氏はじめ6人もいたことがわかる。漏洩のねらいは、ウイルソン氏のような政権批判が内部から出るのを防ぐための計画的なものというのが、関係者の一致した見方だ。


・大量破壊兵器発見のかすかな期待が最後の砦

 ブッシュ大統領は10月7日、「事実が明らかになることを望んでいる。補佐官たちにFBIの捜査に全面的に協力するよう指示した」と述べた。しかし、同大統領は一方で「記者はニュース・ソースを公開しないから、我々が漏洩者を特定できるかどうか分からない」とも述べた。また、ホワイトハウスのマクレラン報道官は7日、疑惑の高官として名前のあがっている3人について質問され、「ホワイトハウスは違う意見を述べたことを理由に罰したりしない」と述べ、直接の回答を避けた。

 ブッシュ大統領が漏洩者を掴んでいるかどうか不明だが、苦しい立場に追い込まれたことは間違いない。ホワイトハウス記者団のうち、6人の記者が漏洩者を知っているのだ。確かに、記者はニュース・ソースを明かさないのが報道上の倫理と言われるが、ブッシュ大統領の発言はこの記者の倫理の上にブッシュ政権の命運がかかっていることを示している。記者の沈黙が政権批判の拡大を防ぐ最後の砦となっているのだ。

 一方、大量破壊兵器の未発見問題で最後の砦となっているのが、かすかに残る発見の期待である。ロシアのプーチン大統領は10月6日、ニューヨーク・タイムズの記者と会見し、ロシアも「イラクが大量破壊兵器を持っており、発見できると信じていた」と語った。イラク戦争前、ロシアもブッシュ政権と同じ認識をしていたのだ。これは、フランスなどイラク攻撃に反対した他の諸国も同じだろう。イラク戦争が終結してほぼ6ヶ月、次第に発見の可能性は少なくなったが、同捜索チームの責任者ケイ氏は2日、議会への報告で、「今後の発見の可能性」を否定していない。

 この可能性が少しでも残っている間は、ブッシュ政権の責任追及は難しい。万一、発見された場合、追求する側の立場がなくなるからだ。ケイ氏は今後も捜索を続け、6ヶ月、ないし9ヶ月後に最終報告をまとめると約束した。この時、発見できないとの結論が出れば、政権批判を抑えている最後の砦は崩れる。米国の6ヵ月後は、大統領予備選挙のクライマックス。9ヶ月後は民主党が候補を一本に絞っている頃だ。砦が崩れれば、批判が沸騰し、ブッシュ大統領の再選に黄信号が灯りかねない。


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