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イラク大量破壊兵器未発見の謎
持田直武 国際ニュース分析

2003年10月20日 持田直武

米英軍がイラクを占領してから半年。簡単に見つかる筈だった大量破壊兵器が影も形もない。これから見つかるのか、実は初めから無かったのか。その行方にブッシュ大統領の威信がかかることになった。米捜索責任者の議会報告や記者会見の内容から、その謎を追ってみる。


・大量破壊兵器についての3つの仮説

 米捜索チームのデビッド・ケイ団長は10月3日の記者会見で、大量破壊兵器が発見できない理由として次のような3つの仮説をあげた。

1. フセイン政権が巧みに隠した結果、依然として発見できない。
2. 米英軍の攻撃開始直前、外国に移送して隠した。
3. 兵器は無かったが、フセイン大統領はあるかのように振舞っていた。

 ケイ団長によれば、これらの仮説はこれまでに尋問したイラク人科学者などの証言に基づいてまとめたものだ。ただし、証言はいずれも伝聞推定の域を出ないものばかりだった。1のようなフセイン政権が隠したという証言はあっても、どこに隠したかを示す具体的な証言はない。2の外国に移送したという仮説についても、どの外国に、どんな方法で運んだかなどの証言は出ていないというのだ。

 また、仮説3については、フセイン大統領が無いのを知っていて、あるかのように振舞ったという説と、無いのを知らなかったという説に分かれる。知っていたという説は、大統領自身が湾岸戦争のあと破棄を命令、無いのを知っていた。一方、知らなかったという説は、部下たちが大統領をだましていたというのだ。部下は大統領が製造の指示を出したのに従わず、虚偽の報告をした。独裁者はそれに気付かず、兵器があると思っていたというのである。これを支持する証言はあるが、ケイ団長はあまりにも突飛すぎるとの見解だ。


・開発再開を目指す秘密計画の存在を確認

 フセイン政権がかつて大量破壊兵器を保有していたことは間違いない。イラク軍が1988年、クルド人居住地で毒ガスを使用し、住民多数を殺害したことを国連機関が確認している。また、1991年の湾岸戦争時、イスラエルに中距離ミサイルを打ち込んだこともよく知られている。湾岸戦争後、国連は停戦条件の1つとして、イラクが核兵器、生物化学兵器、射程150キロ以上のミサイルを持つのを禁止し、フセイン政権もこれを受け入れた。

 フセイン政権はそれ以来これら大量破壊兵器を破棄したと主張したが、米英はじめ多くの諸国はこれを信用しなかった。米英軍がイラクを占領すれば、旬日を経ずして発見できるとの見方さえあったが、今もって発見できない。しかし、何も発見できなかったわけではない。捜索チームのケイ団長が10月2日、議会に提出した報告書やテレビ番組で説明したところによれば、大量破壊兵器自体は発見できないが、それを開発する計画の存在を示す証拠は掴んだという。

 それによれば、尋問に応じたイラク人化学者が開発計画を示す書類、図表、機材などを提出、フセイン政権がこれらを隠すよう指示したと証言した。これらの中には、生物兵器の原料になる猛毒ボツリヌス菌や、炭ソ菌の胞子などの他、熱病の一種であるブルセラ症やコンゴ・クリミア壊血病などの研究をした証拠があった。また、イラク情報機関が管理していた秘密生物研究所が20箇所以上あることもわかった。しかし、これらはいずれも原料段階のものであり、将来の製造再開に備えたものとみられている。

 ミサイルについても、イラク軍が射程の短い対船ミサイルを射程960キロの巡航ミサイルに改良するため、米英軍の攻撃開始直前まで作業を続けたこと。また、北朝鮮から射程1200キロのミサイルの購入を計画、02年に1000万ドルを払ったが、北朝鮮がミサイルを引き渡さなかったこともわかった。ケイ団長はこれらの事実から、ミサイルも含め、大量破壊兵器そのものは見つかっていないが、イラクが将来の開発再開を目指していたことは明らかだとの結論を出した。


・ブッシュ政権の面目をかけた捜索継続

 ブッシュ政権にとって、この結論では捜索を打ち切れない。ブッシュ大統領は3月17日の開戦宣言の演説で、「我々が得た情報では、イラクが大量破壊兵器を保有していることを疑う余地がない。これらの武器がテロ組織の手に渡り、米国はじめ各国の無垢の民何千、何万が殺害される。その危険が明らかなのだ」と述べた。この開戦理由を裏付けるために、大量破壊兵器そのものを発見する必要がある。

 ブッシュ政権はこのため、捜索費用としてあらたに6億ドルの追加予算を議会に要求した。捜索チームは1200人で過去4ヶ月間、3億ドルの費用を使って捜索活動を続けたが、これをさらに延長するのだ。ケイ団長は記者団が「捜索を続ければ、発見する可能性はあるのか」と聞いたのに対し、「兵器を発見するために捜索するのではない。事実を知るのが目的だ」と答えた。発見できない場合に備える姿勢ともみられる答えだった。同団長はまた、今後6−9ヶ月捜索を続け、最終的に結論を出す計画も明らかにした。

 問題は、その時までに大量破壊兵器が発見できない場合の反響だ。ロシアのプーチン大統領は10月6日ニューヨーク・タイムズとの会見で、「ロシアも大量破壊兵器が発見できると信じていた」と語っている。米の同盟国の指導者も同じはずだ。同紙は9月26日の社説で、「我々(ニューヨーク・タイムズ)はイラク戦争を支持しなかったが、イラクの大量破壊兵器が米国はじめ世界にとって危険だという前提については、ブッシュ大統領と意見は同じだった。しかし、その前提は間違いだったようだ」と述べ、開戦の前提となった米情報に問題があると指摘した。


・発見できなければ、大統領の威信失墜は不可避

 ブッシュ政権がイラクの大量破壊兵器が危険と判断したのは、米情報機関の情報に基づいている。同情報機関は精巧なハイテク収集網を持ち、世界のどの国よりも優れた情報を収集していると思われている。ブッシュ政権はじめ世界各国の指導者が米情報に頼るのはそのためだ。しかし、ニューヨーク・タイムズも述べているように、「この最高の情報も間違う」ことをイラクの例は示した。その影響が今後の国際関係に与える影響は計り知れないだろう。

 ブッシュ政権は9・11事件以後の対テロ戦争で先制攻撃を重要な柱とするブッシュ・ドクトリンを策定、イラクに対して初めて適用した。テロリストが攻撃の意図を抱き、武器を準備していることが情報によって裏付けられれば、先制攻撃は正当化されるという論理である。しかし、肝心の情報が間違っている場合、先制攻撃は危険極まりないものになってしまう。

 イラクの大量破壊兵器問題はまだ最終結論が出たわけではない。米情報には多くの間違いがあることがわかったが、まだ最終的な評価はできない。米捜索チームが予定どおり今後6−9ヶ月間捜索を続け、万一大量破壊兵器を発見すれば、ブッシュ政権は窮地を脱するかもしれない。しかし、もし発見できなければ、米情報に対する信頼感は地に落ち、ブッシュ大統領の国際政治における威信も失墜するだろう。また、来年の大統領再選に大きく響くことも間違いない。


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