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ブッシュ政権のミサイル防衛と情報戦略
持田直武 国際ニュース分析

2003年1月8日 持田直武

ブッシュ大統領がミサイル防衛の実戦配備を2004年と決めた。米国のミサイルと情報収集の最先端技術を駆使し、地球規模の監視・防禦システムの構築を目指す巨大プロジェクトだ。同大統領が配備を急ぐ背景に、冷戦後唯一の超大国となった米国の一極支配を任期中に固めたいとの野心が見える。


・地上、海上、宇宙から地球を監視

 ブッシュ大統領が12月17日に出した実戦配備の指示は、次のような4つの分野にわたっている。1、米本土を防衛する地上配備の迎撃システム。2、海外駐留の米軍や同盟国を守る海上配備の迎撃システム。3、戦闘部隊を守るパトリオット(PAC―3)部隊。4、地上、海上、宇宙配備の情報収集用センサー・システム。以上の4分野を2004年から2005年にかけて配備し、実戦用として作動させるというのだ。

 国防総省当局の補足説明によれば、地上配備の迎撃システムはアラスカのフォート・グリーリー基地とカリフォルニアのバンデンバーグ基地の2箇所。配備する迎撃ミサイルは04年中に計10基、翌05年にさらに10基を追加、合計20基とする。この防衛システムで米本土とハワイなど全米50州を長距離ミサイルの攻撃から守る。  海上配備の迎撃システムはイージス駆逐艦と同巡洋艦合計18隻を改造して編成、このうち3隻が迎撃ミサイル20基を搭載する。また、パトリオット部隊はPAC−3型パトリオット数百基を装備する。このパトリオット部隊とイージス艦隊が機動部隊として世界各地の紛争地域に出動。短距離、及び中距離ミサイルの攻撃から海外駐留米軍や同盟国、友好国を守るという。

 一方、情報収集用のセンサー・システムは地上、海上、宇宙にネットを張り、地球上を監視する態勢をとる。国防総省当局はミサイル防衛に完成はなく、常に新技術を加え、改良を重ね、新しい姿に変身すると説明している。いずれにしても、米国のミサイルと情報収集の最先端技術を結集する巨大プロジェクトであり、地球規模の監視・防禦システムを目指すものと言ってよい。


・ロシアが「遺憾」を表明した背景

 ブッシュ政権の配備決定に対し、ロシアは12月18日「遺憾」とする外務省声明を出して不満を表明した。この中で、ロシアは「現在の国際情勢のもとでは、共同のミサイル防衛がより適切であり、この面で米ロが協力することが、9・11テロ事件後の両国の新しい戦略関係を一層意義あるものにする」と主張。配備の決定は「この新戦略関係を最優先すべきだとのロシアの期待に反し、軍拡競争に道を開くものだ」と批判した。

 この声明はミサイル防衛に対するロシアの基本姿勢の変化をよく示している。ロシアは昨年、ブッシュ政権がABM条約(迎撃ミサイル制限条約)を離脱するまでは、同防衛は戦略的安定を崩壊させるとして構想そのものに強く反対した。しかし、この声明では共同のミサイル防衛という考えを示し、協力の意向があることを認めている。米政権がこれを無視して一方的に配備に踏み切ったことを「遺憾」としているのだ。

 プーチン大統領は9・11同時多発テロ以後、対テロ戦争、戦略核の大幅削減、NATOとの協議体設置などでブッシュ政権と協調し、対米関係を大きく進展させた。同大統領としては、この新関係を背景にして、ミサイル防衛にも参加し、米ロを軸とする戦略的安定の再構築を期待したとみてよいだろう。しかし、ブッシュ政権はこのロシアの期待を無視し、単独配備に踏み切った。


・配備を急ぐブッシュ政権のねらい

 このブッシュ政権の決定は、唯一の超大国として世界のリーダーシップを握るという冷戦後の米国の立場を強く意識したものだ。同政権は02年9月議会に提出した「国家安全保障戦略」の中で、「米国はそのリーダーシップ発揮にあたって、友好国の判断や利益を尊重するが、米国が持つ特別の責任や国益からみて必要と判断する場合は、独自の行動をとる」との指針を示した。

 この「米国が持つ特別の責任」とは、「国家安全保障戦略」によれば、「米国は軍事、経済、政治の各面で、世界に並ぶもののない影響力を持つ立場にあり」、この立場から生まれるユニークな責任である。これは、世界で唯一の超大国、米国だけが持つ責任であり、いかなる国とも分かち合えないという。ミサイル防衛で、ロシアの参加の期待を無視したのは、こうした考えからだと解釈できる。

 ミサイル防衛は技術面で未解決の面もあり、実戦に役立つか疑問という批判も依然根強い。その一方で、この巨大プロジェクトは将来世界の安全保障だけでなく、国際政治にも大きな影響を与えるとの見方も強い。同防衛の情報収集システムが地球規模で張りめぐらされ、世界各国の機密情報まで探知する可能性を否定できない。その情報を米国が一手に握れば、影響は計り知れないからだ。

 ブッシュ政権がミサイル防衛の早期配備に執心するねらいは、まさにこの点にあると言ってよい。冷戦時代、米国は共産圏の盟主ソ連と世界を二極支配したが、米国が唯一の超大国となった今、ブッシュ政権にとっては米の一極支配の確立が急務であり、ミサイル防衛はその戦略の中枢に位置する。当然、この分野にロシアが入り込む余地はない。


・強まるブッシュ政権の情報支配

 国際政治の駆け引きの場で、情報を巧みに使った例は数多いが、中でもブッシュ政権はそれが際立っている。米情報機関は現在すでに地球上のどこでミサイルが発射されても探知する力を持つなど、米国の優れた情報収集網は他国の追随を許さない。同政権はその情報を巧みに使い、国際社会の世論をリードしてきた。

 近く予想されるイラク攻撃、北朝鮮の核開発をめぐる一連の動きなどはその典型的な例と言ってよい。ブッシュ大統領が02年1月一般教書演説で、イラク、北朝鮮をイランとともに「悪の枢軸」と糾弾したが、この時両国の問題が今のような国際政治の危機に発展するとは、米国以外どの国も予想しなかった。

 しかし、ブッシュ政権は当時すでにイラクの大量破壊兵器と北朝鮮の核開発の情報を持ち、その後これを適宜公表することによって、各国の世論をリード。その後の状況展開にも強い影響力を及ぼしている。これも同政権が持つ情報の力のためである。ミサイル防衛の構築で、この情報収集の能力はさらに強化されることは間違いない。

 また、同防衛は現在のところミサイルの迎撃だけが目的だが、いずれ攻撃能力も併せ持つことになる。アフガニスタン攻撃で、偵察と攻撃両用の衛星誘導無人機プレデーターが脚光をあびたが、この新システムの組み込みも検討されるだろう。その結果、同防衛が偵察・防禦・攻撃の3つの能力を持つこともほぼ確実なのだ。


・日米のミサイル防衛共同研究への影響

 日本は1999年から米とミサイル防衛の共同研究を進めているが、まだ研究段階への参加だけで今後開発、配備へと進むかどうか決めていない。ただ、防衛庁はもし配備する場合、情報収集から発射まで主体的に運用するとの立場を明らかにしている。憲法が専守防衛だけを認めているとの建前もあり、配備した場合、主体的に運用するしかない。しかし、その場合、上記のようなブッシュ政権の情報戦略との整合性などさまざまな問題が生じるだろう。

 その一つが情報の共有の問題だ。日本は配備した場合、日本だけを防衛する専守防衛の建前に沿って、ミサイルが日本を狙っていると分かった段階で迎撃することになる。日本の情報収集網がミサイルの発射を探知しても、それが米本土など他の国を狙う場合、日本は迎撃しないし、その情報を米側に伝えることもしない。憲法が禁じている集団的自衛権の行使になるからだ。

 一方、米側がミサイルの発射を探知すれば、日米安保条約に基づいてただちに日本に通報する。しかし、日本はこのミサイルをすぐに迎撃することはできない。同ミサイルが発射後の上昇段階から中間飛行に移り、日本を狙っていることが確認できてから迎撃することになる。発射後ただちに迎撃し、あとで実は米本土をねらうミサイルだったと分かれば集団的自衛権の行使になり、憲法違反になるとの解釈なのだ。

・日本の主体的な運用は可能か


 日本がこのような神学論争で、ミサイルが中間飛行に移るのを待つ間に、米軍はしびれを切らして迎撃してしまうだろう。日本に駐留する4万の米軍を危険にさらすことはできないからだ。結局、日本を狙うミサイルも米軍が撃破する可能性が強い。そうなると、日本が集団的自衛権を行使しないままで、独自のミサイル防衛を持つ意味があるのかとの疑問が生まれるのだ。

 ブッシュ政権が情報戦略を重視し、情報の収集と管理を一手に握る姿勢を示している点も見逃すべきではない。ブッシュ大統領はミサイル防衛の実戦配備を指示する声明の中で、外国との協力については「各国の産業面の参加歓迎」と、「英国、デンマークの早期警戒レーダーの性能アップの要請」の2点に言及しただけだった。

 ロシアの計画参加を無視した例にみるように、ブッシュ政権は一極支配を念頭に置いて単独の運用を重視し、外国の協力は産業面や地理上の便宜供与などに限っているのではないかと見られる節もある。特に、情報の収集の面とその共有については厳しい判断をしている。今後のブッシュ政権の動きを見ることが必要だろう。


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