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イラク戦争、背後の情報戦
持田直武 国際ニュース分析

2003年4月23日 持田直武

米軍は戦闘に勝ったが、米情報機関は苦戦している。最大の標的、フセイン大統領は空爆をかわして生存しているとの見方が強まってきた。大量破壊兵器も発見できない。一方で、ライバルのロシア情報機関がブッシュ大統領を盗聴し、その内容を開戦直前までフセイン大統領に渡していたことも発覚した。


・フセイン大統領は生きて逃走中との見方強まる

 「フセイン大統領は生きている」。アブダビのテレビ局が4月17日に放送した映像がそんな憶測を強めた。同テレビ局によれば、映像は4月9日バグダッド北部アドハミヤ地区で撮影したものという。同大統領に似た人物が取り巻きを連れて現われ、車の上に乗って「最後の勝利は我々のものだ」と叫んでいる。取り巻きの中には、次男のクサイ氏に似た顔も見える。これが本物なら、米軍が2回にわたって実施した大統領暗殺作戦は完全に失敗だったことになる。

 最初の暗殺作戦は3月20日、バグダッド市内の地下施設の空爆だった。フセイン大統領と側近が会合するとの情報に基づいて、ブッシュ大統領が攻撃命令を出した。爆撃のあと、救急車が呼ばれたことがわかったが、大統領の行方は確認できない。暗殺作戦の2回目は4月7日、市中心部マンスール地区にあるフセイン大統領の隠れ家の爆撃、地中貫通型爆弾4発を撃ち込んだ。4月22日のCNNによれば、その後米軍は最初の空爆跡を掘り返して調べたが、遺体などの痕跡はなかったという。2回目の空爆跡は調査中で、まだ結果は出ていない。

 ブッシュ政権内には、カード首席補佐官のようにフセイン死亡説を主張する幹部もある。しかし、反フセインの有力団体イラク国民会議のチャラビ代表は「フセインは生きてイラク国内に潜伏している」と主張している。4月17日の英紙サンデー・タイムズによれば、米軍は同大統領がシリアに逃げた場合、国境を越えて攻撃するよう命令を受けたという。ブッシュ政権も、同大統領が生きているとの疑念を払拭できないのだ。


・大量破壊兵器を発見できないあせり

 米軍はイラク全土をほぼ平定したが、肝心の大量破壊兵器はまだ見つからない。ラムズフェルド国防長官は17日国防総省職員の会合で、「米軍単独では大量破壊兵器を発見できないだろう」と語った。フセイン政権が同兵器を地下のトンネル内などに巧みに隠したためで、これを発見するには「事情を知る関係者の案内が必要だ」というのだ。しかし、4月21日のニューヨーク・タイムズは「イラクの科学者がすべての大量破壊兵器を開戦の4日前までに廃棄したと語っている」と伝えた。これが事実なら、米軍が時間をかけて探しても発見できないということになる。

 米軍当局は、このイラク人科学者の証言については作戦上の秘密として詳細を明らかにしていない。しかし、ニューヨーク・タイムズは「米軍関係者の1人がこの科学者のおかげで、米軍は大発見をする可能性があると語った」とも伝えている。フセイン政権が生物、科学兵器を廃棄したとしても、その廃棄の痕跡、製造施設の跡などが見つかれば、同政権が保有していたことを証明できるからだ。

 イラク戦の責任者フランクス司令官は、米軍がこれまでに大量破壊兵器の隠匿場所として2,000箇所から3、000箇所をリストアップしたことを明らかにしている。このうち、約30箇所を特に可能性があると推定、重点的に捜索するという。CNNによれば、ブッシュ政権はこのために1,000人規模の専門家チームをイラクに新たに派遣することを決めた。この中には、国連のイラク査察チームに参加した専門家10人も含まれている。

 大量破壊兵器の発見は、ブッシュ政権が掲げたイラク攻撃の大義を証明することである。もし、発見できなければ、同兵器を持っていないと主張したフセイン政権が正しかったとの主張が強まるのは目に見えている。同時に、米情報機関に対する国際世論の風当たりが強まることも間違いない。米軍の戦闘は終わったが、米情報機関の戦いはまだ終わっていないのだ。


・ロシア情報機関は最後までフセイン大統領に加担

 この情報戦で、米情報機関の正面の敵が実はロシア情報機関だったことも明らかになってきた。英紙サンデー・テレグラフのデビッド・ハリソン記者が米軍とともにバグダッドに乗り込み、イラク情報省で極秘書類を発見。その中に、ブッシュ大統領やブレア首相が外国首脳と会談した際の発言内容の記録があったのだ。機密事項や私的な会話も含まれ、明らかに盗聴した記録とわかる内容である。ロシアがフセイン大統領に渡したものだった。

 米軍はこれら資料をすべて押収、作戦上の秘密事項としたため、ハリソン記者は自分が見た部分だけを記事にして伝えた。ブッシュ大統領と外国首脳の一連の会談、ブレア首相とイタリアのベルルスコーニ首相との会談など、いずれもイラクへの派兵問題を話し合った内容だった。これらをロシア情報機関がどのようにして手に入れたのか不明だが、日時は昨年3月から、最近のものまで含まれているという。

 米のバーシュボー駐ロ大使はモスクワの新聞のインタビューに答え、「ロシア情報機関がイラクとつながりを持っていたのは知っていた」と述べて、これらの機密情報がロシアからイラクに渡ったことを確認した。プーチン大統領は一時ブッシュ政権の武力行使を容認するとみられたが、結局最後まで反対の立場を貫いた。その背後でフセイン大統領に密かに米英の情報を流していたのだ。ソ連の情報機関KGBの幹部だったプーチン大統領の面目躍如というところだ。

 また、米軍が武力行使に踏み切る3日前、プーチン大統領は同じKGB出身のプリマコフ元首相をバグダッドに派遣した。そして、フセイン大統領が辞任して米軍の攻撃を回避するようすすめたという。これに対し、フセイン大統領が何と答えたか、明らかにされていない。また、すすめたのが辞任だけだったのか、亡命の手引きをしたのではないかなど憶測もあるが、これも明らかにされていない。ただ、会談が終わった時、フセイン大統領はプリマコフ元首相の肩をたたき、今後は国連の査察チームに積極的に協力すると言って部屋を出たという。


・ブッシュ政権は盗聴作戦を曝露され国連対策が狂う

 一方、ブッシュ政権は安保理で武力容認決議が成立しないなど、目論み通りに事態が進まないことが多かった。この原因の1つは、英紙オブザーバーが「米情報機関が国連安保理代表を盗聴している」という曝露記事を掲載したことだった。記事が出たのが3月2日、武力容認決議の票読みが熱気を帯びてきた時だ。記事の情報源は、米国家安全保障局のフランク・コザ地域担当部長が各セクションに出した1月31日付けの極秘メモ。内部告発者がこれをオブザーバーに密かに渡したのだ。

 この頃、ブッシュ政権は3月上旬をイラク攻撃開始のDデーに設定、武力行使容認決議を可決させるための多数派工作を展開中だった。コザ部長のメモは、工作の対象として、安保理常任理事国フランス、ロシア、中国3カ国、それに非常任理事国のうち、態度を決定していないアンゴラ、カメルーンなど6カ国を重点に指定。これら諸国の国連事務所の電話、eメールの盗聴、職員の自宅の盗聴などを細かく指示していた。

 しかし、オブザーバーが報道したことによって、この盗聴作戦は中断せざるをえなくなった。同時に安保理の理事国各国も態度を硬化させ、最後まで武力行使反対を貫く結果をもたらした。米情報機関の作戦失敗が逆効果を生んだとみてよい。この上、フセイン大統領がロシアの手引きで亡命し、その健在ぶりが明らかにでもなれば、それこそ米情報機関の悪夢ということになる。


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