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イラク戦争、ブッシュの勝利
持田直武 国際ニュース分析

2003年5月18日 持田直武

イラク戦争は、ブッシュ大統領が勝った。フセイン大統領の生死も、大量破壊兵器の所在も不明のままだが、仏ロなどかつての抵抗勢力の関心はそこにはない。国連安保理はまもなくイラク制裁解除を決議して米英の勝利を追認、ブッシュはそれを背景に6月初めのサミットに凱旋将軍のように乗り込むつもりだ。


・制裁解除決議の背後に石油利権の思惑

 米英スペイン3国が5月9日安保理に提出したイラク制裁解除決議案の要点は2つある。1は、米英が今後少なくとも1年間イラクを統治し、戦後復興を主導する。2は、その戦後復興のために国連の対イラク経済制裁を解除し、石油輸出代金を復興資金にあてる、というものだ。安保理がこれを可決して両国主導の戦後復興を認めることは、同時に米英の対イラク武力行使とその勝利を追認することにもなる。

 パウエル国務長官は5月中旬、イラク攻撃に強く反対したロシア、ドイツを訪問して決議案への支持を要請した。これに対して、ドイツのシュレーダー首相は支持を表明したが、ロシアは修正を要求した。その主要な点は国連の役割の強化だが、背景には、ロシアがフセイン政権と結んだ油田開発契約や未決済債権の問題がある。米英主導の戦後復興でこれら利権が無視されることを恐れ、国連を通じての発言権の確保をねらっているのだ。同じ問題はフランス、中国も抱えており、今後ロシアに同調し、決議の採択ぎりぎりまで圧力をかけると予想されている。

 この問題では、米英両国も微妙な立場に置かれていることも間違いない。5月13日のニューヨーク・タイムズによれば、ブッシュ政権がイラク石油調整官に任命したキャロル米シェル石油元CEOは「フセイン政権との間の契約が必ずしも破棄されるわけではない」と言う一方で、「どの契約が有効かはイラク人が決める」とも述べている。米英両国がこの問題の処理をイラクの新政権に委ねる方針であることを示している。

 しかし、フランス、ロシアなどはこの米英の方針に不満だ。イラク新政権は反フセイン人脈で構成されるため、フセイン時代の利権契約を尊重しない可能性がある。仏ロ中の各国は制裁解除決議の段階でそれにブレーキをかけたい。一方、米英は多様なイラク各派を統合し、これから新政権を組織するという微妙な段階で、フセイン時代の利権の尊重を約束するようなことはできないのだ。


・各国は国連の無力を知りつつ利用

 イラクの経済制裁解除にあたってもう1つの問題は、「制裁解除は大量破壊兵器の廃棄を国連が証明することが条件」という国連決議があることだ。ロシアはこの決議の尊重を主張し、そのために国連査察チームのイラク再派遣を要求している。一方、フランスもロシアに同調する動きを見せている。両国がこれにこだわれば、今後イラクの大量破壊兵器を発見し、その廃棄を国連査察チームが確認するまで制裁を解除できないことになる。

 しかし、このロシア、フランスの主張も国連を表面に立てる戦略の1つで、いずれ取り下げるとみられている。大量破壊兵器の破棄と国連査察チームの派遣は、安保理の焦点だったが、実はイラク戦争終結後、この問題に関する各国の関心は急速に薄れているのだ。5月12日のワシントン・ポストによれば、ブッシュ政権は大量破壊兵器を捜索する特殊部隊を来月には引き揚げる計画だという。同政権が国際的な関心の低下を背景に戦線縮小をはかっていることがわかる。

 確かにブッシュ政権はイラク攻撃の最大の理由として大量破壊兵器の廃棄をあげ、戦闘終結後も米特殊部隊を派遣し、イラク全土で捜索を続けてきた。しかし、発見したのは生物兵器製造用のトレーラーらしき車両2輌だけ。これも詳しく調査しないと断定できないものだ。このほか、容疑が濃いとみられた施設はほとんど疑いが晴れた。イラクが生物・化学兵器を持っていたことは明らかなので、今後発見する可能性は残るが、時間がかかることは間違いない。

 湾岸戦争当時の国連大使だった波多野敬雄学習院女子大学学長は5月6日の世界週報で、「国連査察は信用できない」、「振り返ってみて査察が大量破壊兵器発見に役立ったことはなかった」と強調している。この判断は国連加盟の主要国に共通していると思ってよいだろう。イラク攻撃開始前、査察の継続か、打ち切りかが焦点になったが、実は査察を主張する側も「査察は信用できない」ことを充分承知しており、真のねらいは利権の保護だったのだ。大量破壊兵器の未発見に対する各国の関心が薄いのもその辺りに原因がある。


・凱旋将軍を演出するブッシュ陣営

 ブッシュ大統領は5月1日、サンディエゴ軍港沖の空母アブラハム・リンカーンの艦上で、イラクの戦闘終結の宣言をした。それに先立って、同大統領は空軍パイロットの扮装で戦闘機に搭乗、空母の甲板に着艦して閲兵した。同大統領は学生時代、ベトナム戦争従軍を回避するため、海外勤務のないテキサス州兵に父親のコネで入隊、申し訳程度の操縦技術を習得したと陰口されたが、今は堂々の凱旋将軍である。

 同大統領が艦上から「テロリストの同盟者フセインを倒した」と叫ぶのを国民は拍手で迎え、戦争の大義だった大量破壊兵器が発見できないことなど問題にしない。CNNとUSA Today紙が5月1日に実施した世論調査では、79%の国民が大量破壊兵器を発見できなくてもイラク攻撃は正しかったと答えた。大量破壊兵器の発見は戦争の正当性を証明するために必要と答えたのはわずか19%だった。

 野党民主党指導者もこの問題で大統領を批判する雰囲気はない。下院のペロシ院内総務は「なぜ発見できないのか理解できない」と言いながら、「それでもある筈だから、大統領が発見して廃棄することを期待している」と述べている。また、上院のダッシェル院内総務は「大統領が戦争に勝ったことを名誉に思う」と与党議員と間違えるような大統領賛美の発言をした。

 ブッシュ大統領はこうして国内の支持率が高まった5月16日、チェイニー副大統領と連名で連邦選挙管理委員会に選挙資金の受け皿となる委員会の設立を登録。04年の大統領選挙にブッシュ・チェイニーのチケットで再選を目指す意思表示をした。ブッシュ大統領がチェイニー副大統領とのチケットを早々と公表したのは、イラク戦争で中心的役割を演じたチェイニー、ラムズフェルド、ウオルフォビッツの新保守強硬派の路線を2期目も維持することの表明でもある。


・イラク戦の勝利誇示をねらうサミット

 民主党はケリー前上院外交委員長、ゲップハート前下院院内総務など9人がすでに立候補しているが、党内支持率がいずれも10%以下。イラク戦争の凱旋将軍の人気に乗るブッシュ大統領に勝てるとは思えない。父親のブッシュ元大統領は湾岸戦争後、90%の高支持率だったにもかかわらず、クリントン前大統領に再選を阻まれたが、この時は独立候補のペロー氏が経済不況を背景に共和党票を割ったからだった。

 今回も民主党からヒラリー・クリントン上院議員が立候補すれば、状況は流動的になる可能性もあるが、同上院議員は08年、つまり次の次をねらうという見方が強い。機を見るに敏な同議員が強敵ブッシュとの対決を避けたとみることができるだろう。この結果、ブッシュ大統領の前には、当面敵なしの状況になったのだ。

 この状況を背景に、ブッシュ大統領は6月早々フランスのエビアンで開かれるサミットに出席する。同大統領陣営が、戦闘機で空母へ着艦したのに次ぐイラク戦勝利の演出をここでもねらっているのは間違いない。主催するシラク大統領はイラク戦争反対のリーダー格、いわばブッシュ大統領のかたき役だ。パウエル国務長官は5月中旬、同じように戦争に反対したロシア、ドイツを訪問したが、フランスは除外した。サミットの場で、ブッシュ大統領自身が決着を演出するという計画があってのことだろう。


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