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米、小型核兵器の研究開始
持田直武 国際ニュース分析

2003年6月19日 持田直武

ブッシュ政権が今年10月から小型核兵器の研究を開始する。ブッシュ・ドクトリンが目指す「使える核兵器」への第一歩だ。一方で、核拡散防止を振りかざし、自らは新型核開発に動く。この動きに対し、国際社会の反応は今のところ皆無に近い。超大国米のヘゲモニーに楯突かないということなのか。


・実戦に使える核兵器の開発がねらい

 国防総省によれば、研究する小型核兵器は次の2種類である。1、地上の目標を攻撃する低破壊力の核弾頭。2、地中深く貫通して地下施設を破壊する核弾頭。破壊力は2つとも5キロトン以下、つまり広島、長崎に投下した原爆の3分の1以下。9・11同時多発テロ事件以後、テロ組織やならず者国家が最大の脅威となった状況を踏まえ、これらの新しい敵に対して、実戦で「使える核兵器」を作るのがねらいという。

 この「使える核兵器」は、9・11事件から4ヶ月後の02年1月、ブッシュ政権が議会に提出した「核戦略見直し計画」で開発を提案した。当時、米軍はアフガニスタン攻撃中で、テロ組織アルカイダがこもる洞窟の破壊に手を焼いていた。通常爆弾では破壊力が足りない。しかし、米軍が保有している冷戦以来の核兵器は大型すぎて実戦では使えない。そこで、実際に「使える小型核兵器」の構想が浮上したのだ。

 「核戦略見直し計画」は、小型核兵器を開発した場合の作戦計画として、イラクがイスラエルなど近隣諸国を攻撃した場合、北朝鮮が韓国を攻撃した場合、あるいは台湾海峡で軍事対決が起きた場合など具体的な例を列挙、開発の必要なことを強調した。そして、その後のイラク戦争で、フセイン大統領が地下壕に潜み、米軍の攻撃をかわして逃走したことなどで、この開発計画は一層現実味を帯びる。

 米議会は5月22日、この小型核兵器の研究計画を承認、今年10月から始まる04年度予算に研究費2,100万ドルを計上した。このため議会は、クリントン政権時代の93年、小型核兵器の研究・開発を禁止した「スプラット・ファース条項」を10年振りに解除した。上院の採決は賛成98対反対1、下院は賛成361対反対69。採決が国防予算全体の賛否を問う形で行われたこともあるが、それにしても圧倒的な賛成で可決されたことは間違いない。


・ブッシュ大統領の任期中に配備するか

 兵器は研究、開発、製造、配備の段階を経て作戦に加えられる。だが、ブッシュ政権は小型核兵器の今後のプログラムについては極めて慎重だ。議会が研究予算を承認したあと、ラムズフェルド国防長官は記者団に対して、「研究から開発に進むかもしれないし、進まないかもしれない」と述べた。ブッシュ政権がミサイル防衛に対しては、研究開発、配備を積極的に推進し、ブッシュ大統領の1期目の任期中に初期の防衛システムをアラスカに配備すると声高に宣伝しているのとは対照的である。

 議会も研究については圧倒的多数で承認したが、次の段階の開発については「議会の承認を必要とする」との付帯条件を付けた。核兵器の場合、安全で精巧な核兵器を作るには、開発段階で核実験をすることが必要になる。しかし、核実験はCTBT(包括的核実験禁止条約)が禁止している。ブッシュ政権も議会もこれを意識して研究段階以後のプログラムについては慎重にならざるを得ないのだ。

 CTBTについては、米国もクリントン大統領が96年に署名したが、上院が共和党主導で批准を拒否。ブッシュ大統領も就任早々、同条約には拘束されないという、いわゆる「死文化」を宣言した。しかし、同条約は国連総会が採択を決議し、クリントン大統領も署名しているだけに、国際社会がブッシュ政権の拘束されないとの主張を認めることはないだろう。フランスがCTBT調印直前、6回の駆け込み核実験をして、国際社会の反発をかった記憶がまだ消えていない。

 しかし、ブッシュ政権を支える強硬派、いわゆるネオ・コンが国際社会の圧力に屈するとも思えない。ブッシュ大統領が就任早々にCTBTの死文化宣言をしたのは、ネオ・コン主導のブッシュ・ドクトリンの戦略では、新型核兵器開発が不可欠との見通しがあったからだろう。それを考えれば、ブッシュ政権は任期中に研究から開発、核実験を経て製造・配備へと進む目論見だとみてよい。


・開発に踏み切れば核軍縮は雲散霧消

 国際社会の反応は今のところ無いが、米国内では民主党やメディアの間に懸念の声があがっている。ニューヨーク・タイムズは6月2日の社説で、核兵器は使わないという核のタブーが破られることへの危険を指摘し、ブッシュ政権は「小型核兵器は研究だけにとどめ、代わりに精密誘導兵器や通常弾頭ミサイルの性能を向上させるべきだ」と主張した。

 また、クリントン政権で軍縮担当国務次官を勤めたホルムズ氏は6月9日のニューヨーク・タイムズに寄稿し、「米国が新型核兵器を作れば、永年にわたって築いた国際社会の核軍縮の機運が失われ、各国が核開発に走り、大量破壊兵器の拡散になる」と批判。また、同氏は「小型核兵器でも、地下施設を破壊すれば、大量の土砂が放射能で汚染し、大気中に汚染物質が拡散、その降下物で多数の市民が被爆する」と述べ、被害が広範囲にわたることは避けられないと強調した。

 フランスはじめ他の核保有国はこのブッシュ政権の動きに対して今は何の反応も示さないが、超大国米には楯突かないというのでないことは間違いない。ブッシュ政権によれば、地下深くに軍事施設を持つ国は世界で70カ国にものぼるという。小型核兵器を必要とする可能性がそれだけ増しているというのが同政権の論理だが、この論理は他の核保有国も同じなのだ。

 ブッシュ政権が研究段階から次の開発、核実験へと踏み出すようなら、他の核保有諸国も米に負けじと開発に邁進し、国際社会の核軍縮の機運はホルムズ氏の言うように雲散霧消するだろう。それは北朝鮮の核開発を契機にして、日本にも芽生えている核志向に影響を与えずにはおかないと思う。


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