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イラン核疑惑の背景
持田直武 国際ニュース分析

2003年9月15日 持田直武

IAEA(国際原子力機関)がイランに対し核計画の全容を報告するよう決議した。期限は10月31日。拒否すれば、国連の制裁へと進むのは必至。米ブッシュ大統領が「悪の枢軸」と名指しした3国のうち、イラクのフセイン政権は崩壊、北朝鮮は6カ国協議で核放棄要求の矢面に立たされた。これで、悪の枢軸に止めが刺せるのだろうか。


・イランも北朝鮮に続いてNPT(核拡散防止条約)から脱退か

 疑惑がもたれているイランの主要な核施設は4つある。
1、テヘラン南西アラク近郊の重水炉建設計画。
2、ペルシャ湾沿岸ブシェールの軽水炉建設計画。
3、イラン中部イスファハンのウラン精錬施設。
4、同ナタンズのウラン濃縮施設。

 イラン政府は、平和目的の核開発と主張している。しかし、1の重水炉の建設、4のウラン濃縮施設はIAEA(国際原子力機関)に申告しないまま建設を開始。中国から天然ウランを輸入したことも申告しなかった。その後のIAEAの査察で、ナタンズのウラン濃縮施設から高濃縮ウランが検出された。発電用濃縮ウランの濃度を上回り、核兵器製造が目的としか思えないという。これらの事実から、イランが密かに核兵器開発を進め、しかも、それが予想以上に進んだ段階にあるとの疑惑が深まった。

 この事態に対して、IAEA理事会は9月12日、イランに対して次のような要求を決議する。
1、 核計画の詳細な報告を10月31日までに提出すること。
2、 ウラン濃縮作業を直ちに停止すること。
3、 IAEAに対し制限なしの査察を認めること。
この決議に対し、イランのサレヒ大使は「IAEAに対する協力を再検討する」との声明を出して退場した。

 イランは1970年、NPT(核拡散防止条約)に加盟。IAEAの通常査察を受けてきた。しかし、通常査察には限界があり、イランの場合も、02年8月反体制派が告発するまでウラン濃縮施設の存在はわからなかった。このため、IAEAは制限なしの査察をあらたに要求しているが、イランは米はじめ西側の策謀として強く反発。サレヒ大使の声明は、場合によっては北朝鮮のように、イランもNPTから脱退すると示唆したものだ。

 イランが期限内に報告を提出し、制限なしの査察を受けなければ、問題は国連安保理に付託され、制裁が科せられるのは間違いない。理事国35カ国のうち、米英仏などの諸国は今回のIAEA理事会で問題を安保理に持ち込む計画だった。しかし、ロシア、中国が反対し、結局10月末までイランに猶予を与えることになった。この経緯からみて、次回の理事会がイランにとって最後の選択となる。イランが核兵器開発を目指していれば、NPT脱退という事態も十分考えられる。


・イラン反発の背景に米との軋轢の歴史

 イランの強硬姿勢の根底には、米国をはじめとする西側諸国との軋轢がある。イランはパーレビ国王時代の親米国家からホメイニ革命後は過激な反米国家に一変する。核政策もこれを背景に二転三転した。サレヒIAEA担当大使は7月27日、イランの新聞ペルシアン・モーニング・デイリーのインタビューに答え、このイランの核開発の経緯について次のように語っている。

 それによれば、最初にイランに原子力発電を勧めたのは1970年代、米スタンフォード研究所だった。最初の原子炉も米国から購入した。石油だけに依存するイランのエネルギー政策を転換し、資源の多角化を推奨したのだという。当時のパーレビ国王がこの意見を採用し、英仏の企業がイラン中部ナタンズに原子力センター建設の計画をたてた。ところが、1979年のホメイニ革命で計画は頓挫する。

 イラン革命政権は米英仏の企業を放逐、代わりにソ連と中国に協力を要請した。中国はこれに応じて核開発関連資材を提供。1990年代初めには、イスファハンのウラニウム精錬施設建設に協力することに合意した。しかし、米国の強い圧力で中国はこの合意を中断する。サレヒ大使によれば、この中国の協力中断のあと、イランは独自開発に踏み切り、イスファハンの精錬施設に加え、ナタンズのウラン濃縮施設の建設にも着手した。国内のウラン鉱を採掘、精錬し、濃縮して原子炉で利用する核燃料サイクルの確立を目指したのだという。

 IAEAの査察チームが検出した高濃縮ウランのサンプルは、このナタンズの施設で03年春採取した。サレヒ大使はこの件について9月2日、外国から購入した濃縮用遠心分離機に付着していたものだと釈明した。同大使は遠心分離機を西側の闇市で購入したと述べたが、1980年代半ば以降パキスタンから買ったとの見方が有力だ。当時、外貨不足に陥ったパキスタンには、北朝鮮に高速遠心分離機を売却した前科がある。


・ロシア、日本にも米の強い圧力

 ロシアは95年、ペルシャ湾沿岸ブシェールの原発建設に協力する契約を結んだ。出力100万キロワットの軽水炉を建設し、契約額は約10億ドル。しかし、米国はこれに対しても圧力をかけた。軽水炉で使う核燃料はロシアが供給するが、その使用済み核燃料棒からイランが核兵器用プルトニウムを抽出する恐れがある。このため、プーチン政権は使用済み核燃料棒をすべて回収するよう契約を修正する。このため、軽水炉建設は当初2000年の完成を目指したが大幅に遅れている。

 日本が自主開発を目指すアザデガン油田開発も米の強い圧力を受けている。同油田はイラク国境近くにあり、推定埋蔵量260億バレル、中東でも最大級の規模だ。日本は00年11月、ハタミ大統領が来日した際、優先交渉権を獲得した。開発が決まれば、日本から巨額な投資が流れる。これに対し、ブッシュ政権は「核拡散防止とテロ対策」の面から日本に待ったをかけた。

 国務省は6月30日、これについての記者団の質問に答え、次のように米国に立場を明らかにしている。「イランが大量破壊兵器を求め、テロを支援している現状で、石油開発に投資すべきではないというのが、米国の立場である。最近、イランの核兵器開発の疑惑が深まり、IAEAが解決に向けて努力している時、大規模な油田開発などを推進するのは特に好ましくない」。

 イランが現在の強硬な姿勢を続け、IAEAの決議に従わなければ、国連安保理が経済制裁を科すことになる。EUのソラナ上級外交委員は8月30日、テヘランを訪問してハラジ外相と会談、そのあとの記者会見で「イランがIAEAの要求に応じなければ、EUは経済交流を制限し、計画している新貿易協定も見直さざるをえない」と語った。日本の油田開発計画も同じように動きを止めざるをえないだろう。


・浮かび上がる第三世界核クラブの様相

 核兵器開発疑惑が深まる一方で、イランはインドとの協力関係を強化している。03年1月26日、イランのハタミ大統領はインドを訪問、250億ドルを超えるエネルギーと軍事面の協力協定に調印した。ジェーン・ディフェンス・ウイークリーによれば、この時、両国は秘密協定を結び、イランが同国内の軍事基地の緊急使用をインドに認める約束をしたという。両国は否定しているが、インドがその後イランのチャーバハルに新しい港湾施設を建設し、各国の注目を集めている。

 エネルギー面の協力では、イランは年間500万トンの液化天然ガスを今後25年間インドに供給する。この輸送のためイランからインドまでパイプラインを建設することも検討する。また、1月の協力協定は、両国がイランからロシアに通じる鉄道と道路の建設に協力し、将来はインドからEUへの貿易ルートにすることでも合意した。両国とも公式には言及していないが、この構想にパキスタンの参加を期待しているのも間違いない。

 インドとパキスタンは依然カシミール問題で厳しく対決している。しかし、両国とも米国の介入には強い警戒心を示す。ブッシュ政権がイラク攻撃に踏み切った時、インドのバジパイ首相はカシミールの集会で「印パは紛争解決に真剣に取り組まなければならない」と述べ、紛争が続けば、米がテロ対策を理由に介入すると警告した。カシミールの分離を主張する政党、ジャマート・エ・イスラミのゲーラニ議長も「最近の印パの緊張緩和は米の介入を避けるためだ」と語っている。米介入の危機感が印パを接近させているのだ。

 1月のインド・イランの協力協定は、この印パ接近を経済面から促進するとの期待がある。そして、イスラエルも別の面からこの動きに加わっている。シャロン首相は9月初旬、インドを訪問、友好関係を確認したほか、武器売却などで合意した。パレスチナ情勢の緊迫、イラクの混乱の最中、アラブ周辺のイスラエル、インド、イラン、パキスタンが歩調を合わせる動きを見せているのだ。印パ、イスラエルはすでに核武装し、イランもそれを目指す段階にある。第三世界の核クラブがアラブ諸国の周辺に形成されそうな動きである。冷戦時代、米ソの対立の中で生まれたNPTの論理でこの動きを止めることが出来るのか。北朝鮮の核問題も含め、今それが問われている。


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