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北朝鮮の核危機(16) 核兵器保有の真偽
持田直武 国際ニュース分析

2003年11月17日 持田直武

米CIAが、北朝鮮は核実験なしで核爆弾を製造できるとの報告書を議会に提出した。ブッシュ政権が従来の曖昧な見方を捨て、核の存在を前提に対応する姿勢に転じたことを示している。この同政権の姿勢は、今後6カ国協議で取り上げる核廃棄の問題にも影響を及ぼすことになるだろう。


・核実験なしで核爆弾を製造する能力を取得

 CIA(米中央情報局)は8月18日、議会の上院情報委員会の質問に答えてこの報告書を提出した。しばらく未公開だったが、米科学者連合会が10月31日入手して一部を公開した。それによれば、議会側が「北朝鮮は核実験をせずに核爆弾を製造することが可能か」と質問したのに対し、CIAは次のように答えている。

 「CIAは、北朝鮮が核実験をすることなしに核爆弾を製造し、(報告書の時点で)すでに1個か2個の核爆弾を保有していると判断している。北朝鮮が1980年代から高性能爆薬を使って核の起爆実験を続けたことは報道されたとおりである。これらの実験で、北朝鮮は核実験をせずに核爆弾を製造する技術を持ったと判断する」。

 また、議会側が「今後北朝鮮が核実験をするとすれば、どんな場合か」と質問したのに対して、CIAは次のように答えている。「北朝鮮は緊張を高め、米との交渉を有利にする手段の1つとして核実験を考えている。しかし、それは同時に国際的な反発を招き、北朝鮮をさらに孤立させる危険がある。今のところ、北朝鮮は核能力については曖昧にしておくほうが戦略的に有利と考えている節がある」。

 CIAは過去にも北朝鮮が1―2個の核爆弾を製造したとの判断を示していた。しかし、核実験なしで製造可能かどうかについては断定的な説明をしなかった。CIAはこの報告で、高性能爆薬の実験を重ね、北朝鮮がその技術を習得したと初めて断定した。この技術を使って、北朝鮮は外部から探知されることなしに核爆弾を何時でも製造できるという新判断である。


・難しくなる核爆弾の完全廃棄の交渉

 この米側の判断が、ブッシュ政権の今後の交渉姿勢に表れない筈はない。ブッシュ政権は北朝鮮の核廃棄を問題解決の大前提としているが、その廃棄が核施設だけでなく、製造した核爆弾も含め対象が広がる。核施設と違い、核爆弾は移動可能で隠すこともできる。金正日政権を相手に正確な数を確認し、完全廃棄するのは容易なことではないだろう。核爆弾の数も、CIAが議会に報告書を出した時点で1―2個との判断だったが、その後大幅に増えていると見なければならない。

 実は、北朝鮮は核爆弾の製造の可能性を3回にわたって米側に通告している。最初は4月、北京で米朝中3カ国協議が開かれた際、北朝鮮代表が使用済み核燃料棒8、000本を再処理し、核爆弾の材料になるプルトニウムを抽出したと発言した。その後7月と10月にも同じ内容を米側に通告。特に10月は、北朝鮮外務省報道官が「抽出したプルトニウムを核抑止力強化の方向で使う」と述べ、核兵器製造を示唆した。

 ラムズフェルド国防長官は2月、北朝鮮が使用済み燃料棒8,000本をすべて再処理すれば、核爆弾6−8個が製造可能との見方を示した。上記外務省報道官の宣言どおり、北朝鮮が核爆弾を作れば、CIAが議会に示した1−2個に加え、さらに6−8個の核爆弾を保有することになる。上記1−2個は北朝鮮が94年の米朝枠組み合意前、密かに抽出したプルトニウムから製造したもの。6−8個は北朝鮮が去年暮れから枠組み合意を無視して抽出したプルトニウムを材料とするもので、いずれも合意違反だ。


・放置崩壊を目指す米議会の強硬論

 ブッシュ政権はこうした北朝鮮の動きに対して概してソフトだ。北朝鮮が10月、「プルトニウムを核抑止力強化の方向で使う」と宣言した際、パウエル国務長官は「確認する証拠はない」と述べ、冷静な姿勢を示した。ブッシュ大統領も10月20日、バンコクのAPEC首脳会議で、北朝鮮が要求する安全保証文書化に応じる姿勢を明らかにした。しかし、同政権とは違い、米議会は強硬論が支配している。

 上院外交委員会のブラウンバック東アジア小委員長は11月4日、「北朝鮮は崩壊しつつあり、自由諸国は支えてはならない」と述べ、放置崩壊論を展開した。同小委員会が開催した北朝鮮の人権問題公聴会の席での発言だった。議会内には、北朝鮮については核開発だけでなく、強制収容所など人権問題に対する批判も根強い。訪米した黄長Y元北朝鮮労働党書記が議会に招かれ、金正日体制の人権抑圧の実態を証言したことも強硬論拡大に一役かった。

 この議会の強硬派からみると、ブッシュ大統領が北朝鮮の安全保証を文書化することは受け容れ難いことなのである。金正日政権の人権抑圧を保証する結果になるとみるからだ。同大統領もAPEC会議以後、安全保障文書化について触れなくなった。こうした議会の雰囲気に配慮したためだろう。


・米の条件硬化で6カ国協議の長期化は不可避

 北朝鮮の核能力についてCIAの新判断は、この議会強硬派の立場を一層強める役割を果たした。議会内にはもともと冷戦以来の北朝鮮不信感が根付いている。94年の枠組み合意を破ったことが、不信をさらに増幅した。北朝鮮が表向き核廃棄に応じても信用できないという見方が強い。しかも、核爆弾を外部から探知されずに大量に製造できるとすれば、一部を地下トンネルなどに隠すのではないかとの疑念が消えない。

 ブッシュ政権は北朝鮮の安全保証文書化に応じる場合でも、その発効は北朝鮮が核関連物質を完全に海外に移送したあとになるという厳しい条件を付けている。(⇒北朝鮮の核危機(15)を参照)  中国や韓国は米のこの主張には異論があり、より柔軟な対応を求めている。しかし、議会の強硬論に配慮すれば、ブッシュ政権はこの条件を緩めることはできない。元来信用していない金正日政権を相手にこの作業を達成するとなれば、交渉の長期化は避けられない。

 日本は核と拉致問題の一括解決を主張しているが、6ヶ国協議は拉致問題を取り上げないことが確実になった。ブッシュ政権は日本の主張に好意的だが、中国、韓国が6カ国協議は核問題に絞るという立場をとったためだ。しかも、6カ国協議は解決までに時間がかかるのに対し、拉致問題の解決は急を要する。この際、日本は6カ国協議とは別に拉致問題解決の方策を探るべき時がきたのだと思う。

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