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テロの主戦場と化したイラク
持田直武 国際ニュース分析

2003年11月10日 持田直武

中東や欧州からイラクに向かうイスラム活動家の動きが続く。潜伏して抵抗するビン・ラディンとフセイン元大統領の存在が彼らを鼓舞している。米軍はあらたな特殊部隊を編成、2人の捕獲も視野に入れた秘密作戦を開始した。ブッシュ政権とイスラム諸国の反米活動家がイラクを舞台に全面対決する様相である。


・攻撃は増えるが、敵の正体はつかめず

 ニューヨーク・タイムズは11月1日、中東や欧州在住のイスラム活動家がビン・ラディンの呼びかけに答え、イラクに向かっていると伝えた。同紙が各国に駐在する米情報担当官の話をもとに報じた。この動きは夏後半から活発になり、すでに数百人がシリアやイランから国境を越えてイラク入りした。フランスやドイツなどに留学中、反米や反英感情をつのらせた若者も多いという。

 イラクでは、この動きに呼応するかのように米軍への攻撃が増えた。7月ころまで1日平均12件だった攻撃が10月中旬には平均30件、1日37件の日もある。11月最初の1週間の米兵戦死者が36人と過去最高を記録した。攻撃方法も、自爆テロの他、地対空ミサイルでヘリコプターを攻撃するなど本格化した。米軍当局は、自爆テロなどは外国から侵入した武装勢力の犯行、地対空ミサイル攻撃はフセイン政権の残存勢力の仕業との見方をメディアに流している。

 しかし、11月10日付けのタイムは「米軍当局はさまざまな見方を洪水のように流すが、誰が攻撃を仕掛けてくるのか、本当のことは何もわかっていない。これが効果的な防衛を難しくしている」と指摘、米軍の流す情報に疑問を投げかけている。7日付けのワシントン・ポストはバグダッド北100キロのツルイヤの町が夜はゲリラの支配下になっていると伝えた。単なるテロではなく、地域の支配権を賭けた米軍とゲリラ勢力の対決の様相が強まっている。

 ロシアのプーチン大統領は10月6日ニューヨーク・タイムズとの会見で、イラクは「かつてソ連軍が苦戦の末、撤退したアフガニスタンのようになりかねない」と述べた。1979年、ソ連軍がアフガニスタンに侵攻すると、イスラム諸国から万を超える活動家が駆けつけ、10年間ゲリラ戦を展開してソ連軍を撤退に追い込んだ。イラクで、米軍ヘリコプターが次々に撃墜されるのを見ると、このプーチン大統領の警告が現実味を帯びてくる。


・フセインとビン・ラディン捕獲を目指す新作戦

 ニューヨーク・タイムズは11月7日国防総省当局者の話として、米軍がフセイン元大統領とビン・ラディンの捕獲を目指す新作戦を開始したと伝えた。このため特殊部隊をあらたに編成し、中東全域で秘密作戦を展開する態勢をつくった。米軍はこれまでイラクにタスク・フォース5、アフガニスタンにタスク・フォース20の2つの特殊部隊を投入していたが、新特殊部隊タスク・フォース121はこの2つを統合、空軍准将を司令官とする旅団規模の大組織という。

 ブッシュ政権はこの新特殊部隊について緘口令をしいているが、ニューヨーク・タイムズによれば、同部隊の特徴は中東全域を作戦対象とし、必要な場合国境を無視して作戦を展開することだ。米軍の作戦はイラク、アフガニスタンともこれまで国境内に限られ、国境を越える場合には原則として相手政府の許可が必要だった。しかし、秘密作戦遂行のために外国政府の許可を貰うなど常識では考えられない。作戦の成り行きによっては、中東諸国内に主権侵害などの反発が起きる可能性もある。

 米軍の狙いは地下に潜伏したフセイン元大統領とビン・ラディン、そのほかのテロ指導者の捕獲である。米軍はフセイン元大統領が存在していること自体が反米テロを煽る最大の要因とみている。また、ビン・ラディンもビデオで再三にわたってテロを呼びかけ、イスラム諸国の過激派がイラクに集結する動きを鼓舞している。この2人の息の根を止めることで、イラク混乱の病根が取り除けるとみるのだ。


・国内に高まるイラク政策への疑問

 大統領選挙を1年後に控え、ブッシュ政権にあせりが見えることも確かだ。CNNとUSAトゥデイ紙が11月3−5日に実施した世論調査によれば、ブッシュ大統領のイラク政策の不支持が54%、支持の45%を大きく超えた。イラク派兵は間違いだったという答えが39%、3月の23%からこれも大幅に増えた。ブッシュ政権としては、この世論の趨勢を変えることが急務だが、現状は逆である。

 ABCとニューヨーク・タイムズが11月5日と6日に報じたところによれば、米軍のイラク攻撃開始前の2月、フセイン政権が戦争回避のための提案をしたが、ブッシュ政権は無視して攻撃に踏み切った疑いが浮上した。提案はイラク情報機関のハブシュ長官がレバノン系米ビジネスマン、イマド・ハジ氏を介して国防総省諮問委員会のパール委員長に伝えた。

内容は、
1)イラクはもはや大量破壊兵器を持っていない 
2)それを確認するため、米軍と専門家が進駐して調査することを認める
3)イラクが拘束している1993年の世界貿易センター爆破事件の容疑者1人を引き渡す 
4)民主的な選挙を実施する
以上のような4点だったという。

 これを聞いたパール委員長は「この提案が実を結ぶか疑わしい」と思ったが、直接イラク側の責任者に会って確認するためCIAの許可を要請した。これに対して、CIAはこのチャンネルを使うことに反対、その理由としてCIAはほかの幾つかのチャンネルでバグダッドとすでに接触していると説明したという。仲介役のハジ氏は最近になってABCやニューヨーク・タイムズにこの経緯を暴露。ブッシュ政権がフセイン政権の和平提案を無視してイラク攻撃に踏み切ったのではないかとの疑念を生んだ。

 ホワイトハウスのマクレラン報道官は6日の記者会見で、この和平提案を拒否したことについて「米側に提案を伝えたければ、公開のチャンネルが多数あった。陰で接触する必要はない」と答えた。しかし、「ブッシュ大統領にこの提案が報告されたのか」という質問にたいしては言を左右にして答えなかった。CNNとUSAトゥデイ紙の調査で明らかなように、米国の世論は「イラクに派兵すべきではなかった」という意見が次第に増えている。ブッシュ政権がフセイン政権の和平提案をよく検討もせずに攻撃に踏み切ったのが事実とすれば、米国民の不満はさらにつのるだろう。


・選挙に縛られるブッシュ政権のジレンマ

 ラムズフェルド国防長官は6日、現在13万人のイラク駐留米軍を来年5月を目処に2万6千人削減、陸軍と海兵隊8万5千人の交代帰国などを実施すると発表した。また、イラク人の治安維持部隊を17万1千人に増強し、秩序維持を次第にイラク人部隊に委譲するとも述べた。大統領選挙が重要日程になる5月までに戦争のイラク人化をはかり、米兵の帰国で世論を和らげたいとの意図が透けて見える。

 だが、現在のように米兵の犠牲が日々増える状況が続けば、米兵の削減、帰国は敗北と受け取られかねない。パウエル国務長官は「都市部はテロが増えているが、地方では米軍の作戦成功で治安が安定してきた」と成果を強調する。それも事実だが、その一方で、ブッシュ大統領が述べたように「我々が一方で成功すればする程、テロリストたちは過激な行動に走る」という状況があるのだ。この状況下、来年5月を目処に兵士の帰国を約束することは大きな賭けになりかねない。

 ワシントン・ポストとABCの世論調査によれば、7月には米軍のイラク駐留を支持する意見が72%に上ったが、10月末の調査では58%に減少した。そして、撤退を要求する意見が38%に上昇した。最近のように米兵の犠牲者が増えると、撤退の世論が強まるのは間違いない。大統領選挙を前にして、この世論を無視することはできない。とは云っても、撤退を急げば、敗北と後ろ指を指されかねない。ブッシュ政権のジレンマである。


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