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フセイン元大統領拘束のあと
持田直武 国際ニュース分析

2003年12月22日 持田直武

元大統領の身柄拘束で、ブッシュ大統領の支持率は急上昇。戦争の大義、大量破壊兵器問題はぼやけ、大統領再選も明るい見通しだという。だが、イラクの混乱収拾の見通しはない。イラク市民を狙うテロはむしろ増えた。イスラムの各宗派、部族間の溝は深く、国土は南部のシーア派、中部のスンニ派、北部のクルド族、3勢力の鼎立状態になりつつある。


・フセイン拘束で大量破壊兵器問題がかすむ

 米軍がフセイン元大統領拘束を発表したのが12月14日。米主要メディアの調査によれば、ブッシュ大統領支持率はこの発表で10%前後も上昇した。CNNとUSA Today紙の調査では、発表直前のブッシュ支持は54%、不支持43%だったが、発表後の支持は63%に上昇、不支持は34%に減った。ニューヨーク・タイムズとCBSの調査では、イラク政策は間違いという回答が発表前56%もあったが、発表後43%に減った。

 フセインの拘束によって、ブッシュ大統領再選の見通しも明るくなった。現在、民主党の候補9人のうち、最有力はディーン前バーモント州知事。前知事がブッシュ政権のイラク政策を最も厳しく批判し、じりじりと支持率をあげた。CNNとUSA Today紙によれば、フセイン拘束前、ブッシュ対ディーン両者の支持率は52%対44%で差は8%。しかし、発表後は60%対37%と差が23%に拡大した。民主党のほかの候補に対しても、ブッシュ大統領がリードの幅を広げている。

 フセイン拘束は、戦争の大義、大量破壊兵器の問題をぼかすことにもなった。ブッシュ大統領は17日、ABCテレビに出演、キャスターが「フセインは大量破壊兵器を持っていたのか、それとも持つ計画だけだったのか」と質問したの対し、「その2つに違いがあるのか」と反論し、キャスターの追及をかわした。大量破壊兵器の未発見は、ブッシュ再選に立ちはだかる重量級の難題。しかし、当面フセイン拘束効果のおかげで焦点がぼやけたことは否めない。


・大統領の順風は短期間、難題が山積

 この大統領への順風が長続きするという見方はほとんどない。米政権に厳しい評論家ウイリアム・パフ氏は18日のインターナショナル・ヘラルド・トリビューンで、「同大統領の再選担当責任者カール・ローブ氏が拘束を事前に知ったら、11月の投票日直前まで公表を控えたろう」と皮肉った。米軍がバグダッド占領時に拘束していれば、今ほど騒がれなかった。拘束が遅れた結果、大統領支持率に活を入れたが、再選責任者とすれば、投票日直前にこれが欲しいというのが本音だろう。

 ブッシュ大統領の再選戦略では、イラク問題はむしろ難題のほうが多い。戦争の大義だった大量破壊兵器が発見されれば別だが、最近は発見される見込みはないという見方が強まった。フセイン拘束のあと、同兵器調査団のデビッド・ケイ団長が辞意を表明したことも、この見方を強めている。同団長は、辞任は家庭の事情のためと説明しているが、発見の可能性に見切りをつけたためとも考えられるのだ。

 米メディアの中には、フセイン拘束によって大量破壊兵器の情報が得られ、発見の可能性が高まるという見方もあった。フセイン自身が証言するか、部下の科学者がフセインの復活がなくなったとみて、自由に証言できると期待したのだ。しかし、この間の事情を知るケイ団長の辞意表明はこうした見方に水を差した。フセイン拘束で大量破壊兵器発見の可能性が強まるなら、同団長が辞任するはずがないからだ。


・ブッシュ政権は大量破壊兵器に対する見解を変える

 ケイ団長辞意表明のもう1つの理由は、政権幹部との意見対立である。中でも、調査団の人員を削減、それをフセインの行方捜索に振り向けたことだった。ブッシュ政権が大量破壊兵器の発見より、フセインの行方追及に重点を移したのだ。同団長は6月以降、1400人の調査員を指揮して大量破壊兵器の捜索を続け、10月に暫定報告を提出。来年2月に追加報告、秋に最終報告を出す予定だった。しかし、調査団の削減で最近は活動を縮小せざるをえなかった。

 同団長は10月の暫定報告で、「大量破壊兵器の存在を示す具体的証拠は未発見だが、フセイン政権がその計画を立てていた証拠はつかんだ」と報告した。このあと、ブッシュ政権幹部がこの報告を基に「大量破壊兵器の計画を立てていたことは攻撃の理由として十分」という新見解を口にする例が増える。それに並行して、ブッシュ政権は調査団を削減、フセイン捜索に振り向ける決定をした。フセインの拘束が緊急に必要との判断もあったが、同時に、ブッシュ政権が大量破壊兵器はもはや発見できないと見切りをつけたのではないかとも考えられるのだ。

 ブッシュ大統領がABCテレビの番組で、「フセインは大量破壊兵器を持っていたのか、それとも持つ計画だけだったのか」と聞かれ、「その2つに違いがあるのか」と反論したのは、この新見解に基づいた反論だった。フセイン裁判が始まれば、この問題が大きな焦点になることは間違いない。元大統領は身柄を拘束された直後、大量破壊兵器は「持っていなかった」と否定したという。裁判でも、否定を貫くことは確実だろう。その時、ブッシュ政権は「持つ計画を立てていたことは攻撃の理由として十分」という説明だけで済むかどうかだ。


・独裁体制の終焉で、3勢力の鼎立へ

 イラク国内は、米占領軍の予想どおりフセイン拘束後もテロが止まらない。中でも、イラク市民の犠牲が以前は1日おきに1−2人だったが、最近は1日2−3人に増えた。旧政権残存勢力による攻撃の他、フランスのル・モンド紙によれば、国際テロ組織アル・カイダのメンバー約150人が活動しているという。フセイン政権の強権による重圧が取れ、イスラム各宗派の地域対立や民族間の積年の不満が噴出するきざしもある。

 米外交協議会のレスリー・ゲルブ名誉会長は11月25日のニューヨーク・タイムズへの寄稿で、イラクは南部シーア派、中部スンニ派、北部のクルド人居住区の3地域に分割し、大幅な自治を認めるしかないと提案している。中部スンニ派はフセイン政権の中核として南部と北部を支配したが、フセインが去れば、その力はない。同派は人口の面で少数派、イラク唯一の資源石油も南部と北部に偏在し、中部にはない。

 ブッシュ政権はイラク復興計画の1つとして、民主的な総選挙を約束したが、実現すれば、多数派の南部が勝つのは間違いない。しかし、中部や北部はその結果に黙って従うことはないだろう。シーア派がイランに近いイスラム国家建設を目指すのに対し、スンニ派は政教分離の世俗国家が目標、一方クルド民族はアラブの支配からの独立がかねてからの念願である。時間をかければ、米軍が旧政権の残存勢力やアル・カイダのテロ攻撃を押さえ込むことはできるだろうが、このイラク特有の地域、宗派、民族の対立を抑えることは不可能だろう。


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