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日本のミサイル防衛導入の反響
持田直武 国際ニュース分析

2003年12月18日 持田直武

小泉内閣が今週、ミサイル防衛導入を正式決定する。内外の反対もほとんどない。少し前までは考えられなかったことだ。背景には、北朝鮮が日本人の拉致を確認、核開発も肯定したあと、日本国内に起きた世論の変化がある。それが、日本の防衛力強化に拍車をかけた。だが、この世論は自衛隊のイラク派遣問題では変わった。


・北朝鮮のノドン・ミサイルの阻止がねらい

 導入するミサイル防衛システムは、イージス艦発射の迎撃ミサイルSM3、地上発射の地対空ミサイルPAC3、この2つで当面構成する。外国が日本をねらってミサイルを発射した場合、まず海上のイージス艦がSM3を発射し、大気圏外で迎撃する。そこで撃ち漏らした場合、今度は地上からPAC3を発射して撃墜するという、二段構えで阻止をねらう構想だ。

 防衛庁はこのため04年度、現有4隻のイージス艦のうち1隻をSM3搭載用に改修するほか、首都防衛の航空自衛隊第一高射群にPAC3配備の準備をする。システム自体は06年度に取得、発射実験を経て07年度に実戦配備する。予算は04年度1,400億円余りを計上。同庁の計画では、今後4年間でイージス艦4隻すべてにSM3を搭載、PAC3も4つの高射群に配備する予定。

 迎撃の対象は、言うまでもなく北朝鮮のノドン・ミサイルだ。北朝鮮は93年同ミサイルを日本海に向けて発射する実験をしたあと、増産を続け、現在200基を保有するとみられる。射程は1,300キロ、日本全土を攻撃対象にできる。この増産に並行して、北朝鮮は核開発を続行、すでに核弾頭を保有する可能性があるほか、生物・化学兵器の保有も確実視されている。


・北朝鮮の拉致確認と核開発肯定が日本世論を変える

 日本政府は99年、米とミサイル防衛の共同研究を開始したが、導入には慎重だった。同防衛が、憲法9条に抵触する恐れがあるほか、技術的な疑問、軍拡に通じる懸念などもあり、国内に反対論が根強かった。01年5月、当時の田中真紀子外相は国際会議の昼食会でイタリアのデニ外相と会話した際、米ブッシュ政権のミサイル防衛計画を批判、「日欧が協力して米に自重を求めよう」と話し掛ける一幕もあった。

 この雰囲気が、02年秋を境に一気に変わる。9月の小泉訪朝で北朝鮮の金正日総書記が拉致を認めた。さらに翌10月、訪朝した米ケリー国務次官補に対し、北朝鮮は核開発推進を肯定する。日本国内の世論は騒然となり、北朝鮮に同情的な意見は壊滅した。代わって、北朝鮮脅威論が台頭、防衛力強化を支持する動きが拡大して、政府の防衛力強化に道を開くことになる。

 懸案だったイージス艦のインド洋派遣が02年11月に実現。続いて03年3月には情報収集衛星2個の打ち上げ、同年6月の有事関連法の成立、7月のイラク復興特別措置法成立、12月には自衛隊のイラク派遣計画決定、ミサイル防衛の導入決定と矢継ぎ早の動きとなった。いずれの案件も、1年前までは内外に反対があり、強行すれば、相当の逆風は避けられないと考えられていたものだ。


・韓国、中国の反応にも変化のきざし

 03年3月の日韓防衛会談で、石破防衛庁長官は韓国側に対して、「ミサイル防衛は専守防衛的なものであり、必要な検討を経て安全保障会議で決定する」と導入推進の意向を伝えた。これに対し、韓国側の反応は特になかった。また、盧武鉉大統領が日本を公式訪問した6月6日、有事関連法が国会で可決成立した。韓国のメディアの多くは「不満の意を表明すべきだ」などと主張したが、韓国政府は応じなかった。

 一方、中国は9月の日中防衛首脳会談で、石破長官がミサイル防衛の説明をしたのに対し、「軍備強化は長期的にはマイナスだ」と懸念を表明した。その1年前、外務省の幹部は、日本がミサイル防衛や集団的自衛権の問題で従来の枠を超えれば、「中国の反発は想像を絶するものになるだろう」と語っていた。今回のミサイル防衛導入の決定に対し、中国はまだ反応していないが、雰囲気が変わっていることは間違いない。

 人民日報の姉妹紙、環球時報が8月、極東海域での日本潜水艦の活動を取り上げた報道にもそれが窺える。当時同海域では、ロシア海軍が大演習を展開し、各国が潜水艦を派遣して観察したが、同時報はこの中に日本の複数の最新鋭潜水艦が加わって、水中角逐戦を展開していると報じた。そして、各国の潜水艦派遣は朝鮮半島有事に備え、情報収集を強めているためと分析。日本もそれに加わっているという客観的視点からの取り上げ方だった。


・自衛隊イラク派遣がはらむ異質性

 政府が過去1年間、イージス艦派遣や有事関連法など一連の防衛案件を矢継ぎ早に実施できたのは、世論が政府と足並みを揃えたからだ。しかし、自衛隊イラク派遣は、世論の反対が強く、政府は派遣時期の決定を前に苦慮している。国民は一連の防衛案件を日本の自主防衛のための必要事項と了解したが、自衛隊イラク派遣にはそれと違う異質性を感じているからだ。それは、対米協調と自主防衛が両立するかという疑問と重なっている。

 中国や韓国が日本の一連の防衛力強化に冷静なのは、それが日本の自主防衛の枠内とみるからだ。また、それが北朝鮮の核開発問題で日中韓が揃えている足並みと軌を一にしていると受け取るからでもある。中国がかつて日本のミサイル防衛導入に強く反対したのは、台湾海峡有事の時、日本は対米協調を理由に、それを中国に敵対する盾とするとみたからだった。

 日本国民は今「米国と協調するのはやむをえない」という「やむをえない症候群」に罹っているという。小泉首相がイラクで米を支援する理由として、北朝鮮で多大の支援を受けるからと説明しているのは、その典型的例だ。北朝鮮問題で世話になるため、イラクでの対米協調もやむをえないという。しかし、国民はこの状態から抜け出したいと念じていることも確かだ。

 国民は北朝鮮の脅威に対して、一連の防衛努力をするのはこの状態から抜け出すための一歩と考えたのだ。中韓など隣国もそれを冷静に受け止めた。米国が日本軍国主義の復活を押えるビンの蓋と言われた時代は終わっている。「やむをえない症候群」羅病中の今は、対米協調のため自衛隊を派遣せざるをえないとしても、次は同じ轍を踏まないようにしなければならない。


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