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北朝鮮の核危機(6) 米国の情報収集能力
持田直武 国際ニュース分析

2003年3月5日 持田直武

核危機が情報を米国に依存する現状を浮き彫りにしている。北朝鮮のミサイル発射、原子炉の再稼動など重要情報のほとんどは米国発である。それも、米情報機関が先端技術を駆使して集めた情報が世界に流れているのだ。この情報の背後に、ブッシュ政権の意図が隠されているのは言うまでもない。


・パウエル国務長官の情報掌握力

 パウエル国務長官は2月25日、韓国の盧武鉉大統領の就任式に出席したあと記者会見し、前日の北朝鮮のミサイル発射について「ほとんど害のない試射」と前置きして次のように述べた。「われわれは数日前から試射があることを知っていた。彼らは試射を予告し、海事関係者に通告していた。だから、わたしは特に驚きもしないし、ショックでもない、また今日の就任式の妨げになるとも思わない」

 この同長官の発言には注目すべき点が2つある。1つは、害のない試射との判断をまず示したこと。これが日本はじめ各国の判断に影響を与えると考えた上での発言であることは明らかだった。もう1つは、試射を数日前(Several Days)から知っていたと述べ、この判断の背景に充分な情報の裏づけがあることを示した点だ。パウエル長官はこのように詳細に立ち入って説明することによって、長官自身が状況を完全に掌握していることを誇示したのだ。

 このパウエル長官に対し、対照的なのが当日の石破防衛庁長官の記者会見だった。ミサイル発射の情報はこの日早朝、韓国の通信社が報道、これを聞いた記者団が閣議後の石破防衛庁長官の前に集まった。防衛庁公表の報道資料によれば、この時、同長官は記者団と次のようなやり取りをした。

・記者「韓国の連合通信によれば、昨日北朝鮮が対艦ミサイルを発射したという報道がありますが」
・長官「そのような報道があったということは承知しております」
・記者「防衛庁はどのような情報を把握されているのでしょうか」
・長官「平素から申し上げておりますように、情報収集体制につきましては遺漏なきを期しているところです」
・記者「現段階で国民に説明する必要はないということですね」
・長官「説明する必要があるかどうか、平素から万全を期しているということです」
・記者「よくわらないのですが、万全を期している、だから何なのですか」

 石破防衛庁長官が状況を掌握していないことが歴然としている。日米韓3国は北朝鮮が1993年日本海に向けてノドン・ミサイルを発射して以来、早期警戒情報の交換をすることで合意している。今回のミサイル発射情報もこの合意に基づいて防衛庁に伝えられていた。しかし、同庁の担当者は軍事的な意味が少ないと判断して上層部には報告しなかったという。石破防衛庁長官と記者団のやり取りの背景には、このような事情があったのだが、それにしても情報に対する認識が甘いことは否めない。


・1対1の会話まで盗聴する米情報機関の力

 パウエル国務長官は2月5日、国連安保理にイラクの査察妨害の証拠として軍高官の会話を盗聴した記録を提出したが、それを読むと、米情報機関の情報収集能力がわかる。次の会話はその1つで、イラク共和国防衛隊本部の将校が現場の将校に査察妨害の指示を出している様子を盗聴したものだ。

・本部将校「彼ら(査察チーム)は君のところの弾薬を査察しているのだな?」
・現場将校「はい。禁止された弾薬がないか探しています」
・本部将校「禁止された弾薬が、偶然にでも、あるというのか?」
・現場将校「そうです」
・本部将校「われわれは昨日、君にそこを全部片付けるよう命令を出した。スクラップ置き場、廃棄場所に何も残っていないよう確認せよ。最初の命令を知っているな。全部空にせよ。

 米情報機関がこの会話をどのようにして盗聴したのか、パウエル長官はもちろん明らかにしていない。しかし、共和国防衛隊本部と現場を結ぶ会話であり、介在する電波を盗聴したことは容易に想像できる。しかし、電波の介在もない直接対話でも盗聴が可能なことが次の盗聴記録によってわかる。

 査察が始まる前日の去年11月26日、査察チームが来ることを知った共和国防衛隊の准将が部下の大佐と交わした会話である。2人が話題にしている改造車とは、生物兵器を攻撃から守るために改造した移動式車両のことである。

・准将「君は車両を改造しなかった。改造車は1つもないのではないか?」
・大佐「1台あります」
・准将「どこにある、どこから持ってきたのか?」
・大佐「作業場から、アル・キンディ社の作業場からです」
・准将「何だと?」
・大佐「アル・キンディ社からです」
・准将「明日朝、もう一度会おう。君が何か残していないか心配だ」
・大佐「われわれは全部運び出しました。もう何も残っていません」

 この会話は2人の1対1のやり取りである。米情報機関はこれを盗聴する技術を持っていることになる。しかも、「何だと?」などと聞き返す極めて微妙な会話の部分まで詳細に記録している。パウエル長官はこの盗聴記録を安保理で公開するのあたって、情報収集の手の内を知られることを憂慮したといわれる。しかし、公開したことで、米情報機関が恐るべき情報収集能力を持つ事実を世界に誇示したことも間違いない。


・ブッシュ政権はもっと知っているとの疑問

 米情報機関がイラクの共和国防衛隊本部を盗聴できるのなら、北朝鮮の政権内部の会話も盗聴できると考えても可笑しくはない。今回の核危機が表面化するきっかけとなった去年10月のケリー国務次官補と北朝鮮の姜錫柱第一外務次官の会談も、米情報機関は盗聴していたのではないかとの疑問が浮かぶのだ。

 この会談で、北朝鮮はウラン濃縮による核開発を初めて認めたのだが、「北朝鮮の核危機(4)ブッシュ政権は知っていた」で取り上げたように、これについて韓国がこの北朝鮮の肯定発言は、ケリー次官補の誤解ではないか」との疑問を呈した。これに対して、パウエル国務長官は1月、ワシントン・ポストの編集者と記者を招いて、会談の模様を詳しく説明し、韓国に反論した。

 それによれば、ケリー次官補には3人の通訳が同行。まず、会談初日に同次官補が北朝鮮のウラニウム核開発の証拠を突きつけて回答を迫ると、姜次官は最初否定したが、翌日の会談で「Yes」と認めたという。パウエル長官は「彼らは、その日は夜どおし主要幹部(Principals)と会議を開いて情勢判断をしたのだ」と述べた。この同長官の発言は米情報機関がその主要幹部の会議の存在を突き止め、内容を盗聴したことを示していると推測できる。

 しかも、最近はこの主要幹部の会議に金正日総書記も加わっており、米情報機関はその発言を盗聴したという見方が出ている。核開発など国家の基本政策は、国の最高責任者の決断によって決まるのが普通である。北朝鮮でも、核開発の事実を米側に認めるかどうかは、金正日総書記が判断すべき重要事項と思われるからだ。しかし、今のところブッシュ政権はこれついての情報を明らかにしていない。


・ケリー・姜錫柱会談の隠された部分

 ケリー国務次官補と姜錫柱第一外務次官の会談で、もう一つの疑問は、ブッシュ政権が会談の重要部分を隠しているのではないかということだ。同次官補は2月13日、下院アジア太平洋小委員会で証言し、ブッシュ政権は北朝鮮とまったく新しい関係を築く「大胆なアプローチ」を準備したが、この計画は北朝鮮が核開発を肯定したことで「脱線」したと述べた。

 しかし、「北朝鮮の核危機(4)ブッシュ政権は知っていた」で取り上げたように、ブッシュ政権は01年9・11日の同時多発テロ事件以後、パキスタンのムシャラフ政権から北朝鮮のウラニウム核開発について情報を入手した。これはアーミテージ国務副長官が上院の証言で認めている。ケリー次官補はその証拠を姜錫柱次官に突きつけ、北朝鮮が肯定したというのが、これまでの説明から浮かんだ筋書きだった。つまり、ブッシュ政権はケリー・姜会談の前から、核開発について知り、証拠も持っていたのだ。

 この前提に立てば、北朝鮮が核開発を認めたことで、「大胆なアプローチ」が脱線したというのは辻褄が合わないことになる。ブッシュ政権は「大胆なアプローチ」を計画した時、核開発計画も知っており、同計画に折込済みだったと考えられるからだ。会談の結果、「大胆なアプローチが脱線」したのが事実とすれば、北朝鮮が核開発を肯定した以上の何かが会談であったと考えるしかない。しかし、ブッシュ政権はそれを隠していると見ないと辻褄が合わないのだ。

 ブッシュ政権はこの北朝鮮の核開発肯定自体についても1ヶ月半も伏せたままにし、10月16日一部メディアに情報が漏れてから急遽公表した。10月25日には中国の江沢民国家主席との会談、26日にはメキシコAPECで小泉首相、韓国の金大中、ロシアのプーチン大統領との会談を控えていた時である。ブッシュ政権がこの重要な時期に北朝鮮の核開発という重要事項をなぜ伏せたままにしたのか、その背景についても謎が残っている。


・密かに進む武力行使の選択肢

 もう1つ、ブッシュ政権が隠しているのは、武力行使の準備についてだ。ブッシュ大統領はじめ政権幹部は今度の核危機については一貫して外交手段で解決するとの姿勢を示している。しかし、ニューヨーク・タイムズのクリストフ記者は2月28日のコラムで、同政権が極秘理に北朝鮮攻撃計画を立案していると書いている。

 それによれば、クルーズ・ミサイルで核施設をねらう外科手術的な攻撃、じゅうたん爆撃、38度線北の地下砲撃陣地を戦術核でねらう攻撃などあらゆる場合を想定しているという。これを推進するブッシュ政権内の強硬派は、韓国の同意がなくても、外科手術的な攻撃は可能だと主張している。北朝鮮は反撃すれば全滅するため、反撃はしないと想定しているというのだ。

 しかし、北朝鮮は1万3000の長距離砲を持ち、開戦後1時間以内で40万発の砲弾をソウルに撃ち込める。その弾頭には、サリンや炭疽菌が搭載されており、ソウル首都圏の2、100万人の市民が死の箱に閉じ込められるとの推定が出ている。日本、韓国はこれを考慮し、交渉で解決する以外に方法はないとの立場だ。両国はブッシュ政権もこの危険を考慮して外交的解決を主導し、武力行使をしないと考えている。

 しかし、クリストフ記者はこの両国の考えは間違いだと断言している。ブッシュ政権が一貫して外交手段での解決を唱え、北朝鮮に侵攻する積もりはないと宣言していることを真に受けて、事態の重大さに気づいていないというのだ。

 ブッシュ政権が先端技術を駆使して情報を収集し、その威力には世界のどの国も太刀打ちできないものがあることは周知の事実だ。同政権はその情報をある時は公表し、ある時は隠して世論工作をしていることも知られている。米国発の情報はそれを組み込んで解釈しないと、クリストフ記者が言うように判断を間違うことになる。

(7) 近づく危険ライン へ


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