メインページへ戻る

パレスチナ和平、シャロン首相の賭け
持田直武 国際ニュース分析

2005年2月28日 持田直武

シャロン首相のガザ撤退を柱とする和平構想が動きだした。2月20日には、同構想を閣議決定。パレスチナ人政治犯の釈放も始めた。だが、反対勢力も黙っていない。25日には、シリアとレバノンに拠点を置く2つの過激派が協力して自爆テロを敢行、和平の前途に暗い影を投げかけた。和平気運の高まりに並行して、国際テロ組織のあらたな介入の懸念も出てきた。


・強硬派もとまどうシャロン首相の変身

 イスラエル政府は2月20日、ガザ撤退を柱とする和平構想を17対5の賛成多数で閣議決定した。1967年の第3次中東戦争以来の占領地、ガザ全域と西岸の一部から入植者と軍隊を撤退させる。計画どおり実現すれば、78年のキャンプ・デービット合意、93年のオスロ合意に次ぐ歴史的成果となるだろう。撤退の対象になるユダヤ人の入植者はガザが21の入植地の約8,200人、西岸が4つの入植地約500人。7月20日から撤退を開始し、2ヶ月で完了する予定だ。

 だが、反対も根強い。閣内の反対派は、ネタニャフ財務相(元首相)はじめ、与党リクード党の強硬派5閣僚。同元首相は撤退問題を国民投票にかけることを主張して、シャロン首相を揺さぶった。同首相は、1月に連立を組んだ労働党閣僚の支持で切り抜けたが、これで関門がすべて消えたわけではない。議会が3月31日までに来年度予算を承認しなければ、内閣は総辞職しなければならない。撤退反対派がそれを次の目標にすることは目に見えている。

 撤退の対象となる入植者の不満も根強い。占領地への組織的入植は70年代の後半、ベギン政権が始め、入植地は現在ガザ地区と西岸合わせて140ヶ所余。入植者は24万人余りに増えている。特に、93年のオスロ合意後、入植地建設はテンポを速めるが、シャロン首相は最初から入植地拡大の熱心な推進者だった。その首相が今はガザ撤退の旗を掲げて、自分が推進した入植地の解体に乗り出したのだ。入植者には、1家族あたり最低20万ドルの補償金が支払われるが、入植者の不満はおさまらず、デモ騒ぎが頻発している。


・撤退とともにシャロン首相がねらうもの

 シャロン首相がガザ撤退に踏み切った理由については、幾つかの指摘がある。最も多いのは、入植者の少ないガザを放棄し、今後は西岸の入植地の維持に力を集中するためという見方だ。1月の連立政権成立で副首相に就任した労働党のペレス党首は2月20日、ガザ撤退を閣議決定したあとの記者会見で、「ガザを40年近く占領して得たものは何もない」と述べ、ガザ占領は割が合わないという説明をした。ユダヤ人とパレスチナ人の人口比を見ると、ガザは、ユダヤ人入植者1人に対してパレスチナ人は145人。西岸は、ユダヤ人1人に対してパレスチナ人は9人。治安維持のため動員する軍隊の費用だけでも、ガザは負担が重過ぎるというのだ。

 この治安維持の効率化とともに、もう一つのねらいは過激派の排除だ。シャロン首相とパレスチナ自治政府のアバス議長は2月8日、エジプトのシャルム・エル・シェイクで会談し、イスラエルが武力行使を控えるのと引き換えにパレスチナ側も抵抗運動を抑制するという合意をした。イスラエルにとって、これはガザ撤退を実施するうえで欠かせない条件である。イスラエル側はさらに一歩踏み込んで、パレスチナ過激派の武装解除をねらっている。しかし、ハマスはじめ過激派は和平定着前、武装解除されることを警戒し、シャロン・アバス両首脳の合意に拘束されないという姿勢を崩さない。

 こんな駆け引き最中の2月25日、テルアビブで自爆テロが起きた。イスラエルとパレスチナ自治政府は、「レバノンに拠点を置くイスラム教過激派ヒズボラと、シリアに拠点を置くパレスチナ過激派イスラム聖戦が協力して実行した」と発表。イスラム聖戦は犯行を認め、犯人のビデオを公開した。犯行の理由は「パレスチナ自治政府が米国の利益を代弁して動いているからだ」という。ヒズボラは犯行を認めないが、事実とすればこれまでなかった動きである。ヒズボラとイスラム聖戦はともにレバノンとシリアに拠点を置き、シリア、イラン両政府の支援を受けているといわれる。その両組織が協力してイスラエルとパレスチナの和平推進に立ちはだかる動きに出たのだ。


・国際テロ組織のあらたな標的になる恐れも

 パレスチナ自治区では、アラファト時代の末期から過激派の中には自治区の地方選挙に参加、中でもハマスは主流派のファタハに次ぐ得票を獲得してきた。将来のパレスチナ国家建設に参加する積極的な動きと評価されてきた。しかし、同じ過激派でも、シリアに拠点を持つイスラム聖戦はこうした動きには加わらず、自爆テロなどの過激な行動を続けている。このため、イスラエルは03年には、空軍機を出動させてシリア領内の同聖戦の拠点を空爆したこともあった。

 今回のテロでも、取材にあたった報道陣の質問は「イスラエル政府がシリアに対してどのような報復措置を取るか」に絞られた。これに対し、同政府関係者は「軍事行動ではなく、国連に報告し、安保理の非難決議を目指す措置を考慮中」と述べ、国連の場に持ち出す考えを示唆した。イスラエルはテロが起きると、これまでは報復としてパレスチナ側の目標を攻撃し、国連には持ち出さなかった。しかし、今回のテロはシリア、レバノン、イランもからむ国際的背景を持つ可能性がある。イスラエルが国連の協力を求める立場に変わったとしても不思議ではない。

 このイスラエルの動きは、米ブッシュ大統領の中東和平構想の動きとも重なる。同大統領は同構想拡大を阻むものとして、シリア、イランをあげ、両国の核疑惑、テロ支援などの動きを非難してきた。シリアがレバノンに駐留させている1万5,000人の軍隊の引き上げも強く要求している。これに対して、シリアやイランが簡単に要求に応じるとは思えない。シャロン首相としては、和平の推進には、シリアやイランの過激派への支援を封じることが不可欠だ。当然、ブッシュ大統領の動きと緊密に連携することになる。だが、これは同時にビン・ラディンらの国際テロ集団の攻撃を呼び込む原因ともなりかねず、シャロン首相にとっては厳しい賭けでもある。


掲載、引用の場合は持田直武までご連絡下さい。


持田直武 国際ニュース分析・メインページへ

Copyright (C) 2005 Naotake MOCHIDA, All rights reserved.