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日米韓同盟に亀裂
持田直武 国際ニュース分析

2005年4月4日 持田直武

韓国政府が米韓安保関係についての「盧武鉉ドクトリン」、日韓関係についての「対日新原則」を相次いで発表。米韓安保体制の修正と、日本との関係の見直しを打ち出した。中国との関係の深まりや、北朝鮮に対する敵意の喪失があり、日米と歩調が合わなくなったのだ。竹島問題や歴史認識をめぐる韓国国内の激しい日本批判の動きも、こうした韓国の立場の変化が背景にある。


・台湾有事の場合、在韓米軍の出撃を拒否

 米韓安保関係に関する「盧武鉉ドクトリン」は3月8日、同大統領が空軍士官学校の卒業式の演説で明らかにした。同大統領はこの中で、米ブッシュ政権が在韓米軍を北東アジアの機動部隊に転換する方針を打ち出したことに触れ、その場合「韓国国民が北東アジアの紛争に巻き込まれないようにする」と述べ、「これは如何なる場合でも譲歩できない確固たる原則だ」と強調した。在韓米軍が韓国の基地から紛争地に出動する場合、韓国政府が拒否権を持つという主張である。

 韓国政府高官はこの問題に関する記者会見で、「この原則は今後、米韓の協議で文書化する方向で検討する」と説明した。また、韓国政府は在韓米軍が韓国の基地から海外に移転する場合も、同政府の「事前の同意」を義務付けることも主張している。これら韓国側の要求は、米韓安保政策構想会議ですでに検討されているが、朝鮮日報によれば、米側は韓国側の要求に否定的だという。韓国政府のねらいが、台湾有事に際して在韓米軍の出撃を阻むことにあるのが明白だからだ。

 米韓安保体制に対する盧武鉉大統領の姿勢の変化はこれだけではない。同大統領は3月22日、陸軍士官学校の卒業式で、「韓国は北東アジアの平和と繁栄に向けて均衡を保つ役割を果たす。今後、我々の選択によって、北東アジアの勢力図が変わる」と述べた。韓国がこれまでの日米韓同盟の戦列から離れ、中ロ朝との間の均衡役を果たすという宣言である。韓国政府高官はこれについて、「日米と中ロ朝が戦線を形成し、緊張しているとき、韓国は米国との排他的同盟を受け容れることはできない」と説明した。今後、北朝鮮に圧力を加える場合でも、日米の側には与さないことになる。


・日韓基本条約の見直しを要求する対日新原則

 韓国政府はこうした米韓安保関係に対する新しい主張に続いて3月17日、日韓関係についても「対日新原則」を発表。竹島、歴史教科書、植民地時代の被害者への補償など、日韓間の諸問題の解決にあたって、日本は「人類の普遍的価値と常識に基づいた立場を再確立するよう要求」した。そして、島根県の「竹島の日条例」や「歴史教科書をめぐる動き」など、最近の日本の一連の動きを「挑発行為」と糾弾し、韓国はこの動きを「日本がかつて朝鮮を植民地侵奪したのと同じ枠内で認識し、対応する措置を取る」と強調した。

 鄭東泳統一部長官はこの「対日新原則」発表にあたって記者会見し、竹島は「日帝が強制編入したものを、韓国が祖国開放後に取り戻した。日本の領有の主張は、過去の強制編入を正当化し、韓国の解放の歴史を否定するものだ。単純な領有権の主張と見ることはできない」と強調した。同長官はまた、日本の竹島領有の主張と歴史教科書の歪曲は、「韓国の歴史の否定し、植民地侵奪を正当化する」という点で同一次元のものと説明し、この見方に基づいて対応策を立てることも示唆した。

 また、「対日新原則」は植民地時代の補償問題について、「韓国政府が負担するべきものは負担するが、従軍慰安婦や韓国人被爆者など、日韓基本条約の範囲に入らない被害者については、日本政府が解決するよう促がす」と主張。従軍慰安婦、韓国人被爆者を基本条約の範囲外とする見方を初めて示し、追加協定を要求する立場を表明した。「対日新原則」はまた、日本の国連常任理事国入りについても、「国際社会で指導的地位に就くには、隣国の信頼を得ることが前提」との条件を明記。この方針に基づいて、国連駐在の金三勲大使が3月31日に記者会見し、「阻止外交」を展開すると述べた。


・根底に日韓両国の認識の差

 この韓国の「対日新原則」に対し、町村外相は3月17日談話を発表、「韓国国民の歴史をめぐる心情については、重く受け止める。過去を直視し、反省すべきは反省し、和解に基づいた未来志向的な日韓関係を発展させる強い決意だ」と述べた。しかし、植民地時代の補償問題では、「国交正常化の時点で解決済みで、歴史の歯車を戻すことは賢明とは言えない」と拒否。また、竹島問題については、「感情的な対立を招くことは両国のためにならない。おのおのの周知の立場は立場として、漁業問題を含め、大局的な視点から対応する必要がある」と韓国側に自制を求めた。

 だが、韓国内の雰囲気はこの外相談話にうなずくような状況ではない。盧武鉉大統領は3月23日、「日本との関係について国民に述べる言葉」を発表、竹島と歴史教科書問題をが「これ以上黙視できない状況に至った」と危機感を表明した。そして、島根県の「竹島の日条例」制定について、同大統領は「これは一地方自治体の行為ではなく、執権勢力と中央政府のほう助のもとで行なわれている覇権主義の動き」と述べ、「韓国政府として断固とした対応措置を取らざるをえない」と主張した。

 マスメディアは、この大統領談話を「外交戦争の開始」、あるいは日本に対する「宣戦布告」などと伝えた。そして、中央日報は25日、「中央政府のほう助のもとで島根県が竹島条例を制定した」という大統領の主張を裏付ける証拠が発見されたと伝える。それによれば、韓国MBCテレビの取材チームが島根県で03年11月に開催された「竹島・北方領土返還要求大会」のビデオを入手。その大会に細田現官房長官や青木自民党参議院議員会長が参加、当時の川口外相が祝辞を送ったことが確認できたのだという。 日本では、よくある領土返還要求大会だが、韓国の受け取り方はまったく予想外なものであることがわかる。


・米国内には、韓国の動きに対する警戒感

 ブッシュ政権はこうした韓国の動きに対して論評を避けているが、議会や言論界には警戒感が強い。下院外交委員会のハイド委員長は3月10日、北朝鮮の核問題に関する公聴会で、「有事の際、韓国が米軍の支援を受けるためには、誰が敵かを明白にしなければならない」と主張した。盧武鉉大統領が昨年11月、ロサンゼルスで「北朝鮮の核開発には一理ある側面がある」と発言。その後、韓国政府が04年の国防白書から「北朝鮮を主敵」とする表現を削除、さらに在韓米軍の有事の際の出撃を制限する動きなど、最近の韓国の動きに対して米議会内に強い不満があるのを代弁したものだ。

 これに対して、鄭東泳統一部長官は3月14日、報道官を通じて反論の声明を出し、「現在、南北が敵対状態から共存に向けて努力しているとき、敵と味方を2分する論理は問題の解決にプラスにならない」と主張した。この米韓の認識の差について、ホワイトハウスのマックレラン報道官は14日、記者団から「韓国の敵は誰なのか」と再三質問されたのに対し、「それは韓国政府に聞くべきだ」と述べて、答えなかった。ブッシュ政権内には、米韓両国が安保条約で結んで同盟しているにも拘わらす、敵についての認識を共有できないことに強い苛立ちがあると言われ、マックレラン報道官の沈黙はこの見方を裏付けることになった。

 こうした米韓同盟をめぐる軋轢について、米戦略研究所のミッチェル研究員は15日付けの朝鮮日報のインタビューで、「米韓同盟は韓国のイラク派兵などによって表面的に強化されているが、この同盟が長期的、戦略的にどこに向かっているのか、多くの人が懸念を持っている」と語っている。また、韓国駐在特派員の経験を持つコラムニスト、ハローラン氏は11日の「瀬戸際に立たたされた米韓関係」というコラムで、「韓国は米とのぎくしゃくした同盟関係を修復するか、それとも米韓相互防衛条約を破棄し、在韓米軍を撤退させ、中国と同盟を結ぶかについて重大は決定をする時期が迫っている」と主張した。


・背景に韓国の中国接近の大きな流れ

 この韓国の一連の見直しは、国内面でも朴正熙政権下の民主化運動弾圧の見直し、あるいは大学の親日教授の糾弾など、幅広く展開している。保守派の政治家や韓国のマスメディアの中には、こうした一連の動きを危険視する見方もある。しかし、一方では、韓国の独立以来の歪みを是正する措置として歓迎する意見も多い。植民地支配から独立した後、韓国はひ弱な国力で、朝鮮動乱と冷戦を潜り抜けた。そのため、安保で米に頼り、経済で日本に依存せざるをえなかった。それと引き換えに、日米両国の無理な要求も呑まざるをえなかった、との思いが強いのだ。日韓基本条約は、その典型的な例なのである。

 今、韓国は経済力で世界の10指を窺う勢いになり、かつての主敵、北朝鮮を実質的に庇護する立場になった。2月の世論調査では、韓国人の58.9%が北朝鮮の核兵器保有を「不安と思わない」と答えている。また、朝鮮動乱で戦火を交えたもう1つの相手、中国は貿易、投資のパートナーとして米国のそれを追い越した。韓国周辺のこの状況の変化が、米韓安保の修正や、日米関係の見直し要求の背景にある。これを盧武鉉政権の一過性のものとみるのは早計に過ぎる。

 朝鮮日報は3月31日付けの解説記事で、日韓関係は「根本的な変化の岐路に立たされている」と伝えている。竹島や教科書問題はその変化の過程で起きたものに過ぎず、問題は「両国の国家戦略自体が別の道を歩み始めた」というのだ。同日報はその例として、「韓国政府の中枢部は、日本を準同盟国として扱うのを止め、日本と中国の覇権争いで、日本の味方はしないという態度に変わった」と伝えている。韓国が北朝鮮を抱き込み、日米韓の同盟関係から離れ、中国に接近するという大きな流れが生れていると言えるだろう。


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