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イラク憲法制定の正念場
持田直武 国際ニュース分析

2005年8月22日 持田直武

憲法制定の作業が、各派間の深い溝を浮き彫りにした。シーア派が南部にイスラム教主導の自治区設立をねらえば、クルド族は北部独立の野心を捨てない。両勢力の動きの背景には、石油利権もからんでいる。一方で、スンニ派の武装勢力が混乱をねらって攻撃を繰り返す。米の圧力で、憲法草案がまとまるとしても、分裂、内戦の危機が消えるわけではない。


・ブッシュ政権は楽観論を意図的に流す

 イラク憲法草案は8月15日までにまとめ、議会に提出する予定だったが、作業が遅れ、提出は22日まで1週間延期された。英BBCニュースのインターネット版(16日付)によれば、国名を「イラク共和国」とするなど、対立していた多くの問題で妥協が成立した。しかし、国家の構成を連邦とするか、中央集権とするかの問題や、イスラム教の位置づけ、石油など資源の配分、女性の地位の問題などで、各派の意見が一致していないという。

 イラク駐在のカリルザド米大使は16日、CNNなど米のテレビ各社とのインタビューで、「憲法草案は重要な項目のほとんどで合意した」と楽観論を述べた。草案が15日にまとまらなかったことについても、「原則で合意したが、もう少し意見の調整をする必要があるため」と説明した。また、ライス国務長官も各派が交渉で問題を解決しようとしているのは、「イラクで民主主義が機能し始めた証拠」と称賛した。しかし、BBCをはじめ米英のメディアの報道はそれほど楽観的ではない。

 その1つが、連邦制と密接にからむ自治の問題である。これまでは、国の構成の基本を中央集権とし、例外的に北部のクルド族の自治を認めるということで各派は一致していた。しかし、8月11日、シーア派の政治指導者ハキム氏が、シーア派信者の多い南部と中部9州に自治政府を設立する構想を表明。これにスンニ派が激しく反発して様相が一変した。シーア派のねらいは、隣国イランのようなイスラム教主導の政治体制にするほか、市民生活にもイスラム法を大幅に取り入れることにある。


・背後に石油資源の確保がからむ

 イスラム教について、各派は国家の宗教とすることで一致した。しかし、イランのようにイスラム教の最高指導者が国政の最高権限を握る体制には、スンニ派とクルド族が反対している。シーア派はそこで、自治領でそれを実現すると同時に、自治領内の油田の管理権確保もねらっている。石油については、クルド族もキルクークの油田地帯を併合するため、自治区の拡大を要求している。同地帯はもともとクルド族の居住地だったが、フセイン政権が石油資源を確保するため、クルド住民を追い出してアラブ人を移住させた。クルド族は今回これを元に戻そうとしているのだ。

 クルド族はもう1つ、独立に関する住民投票を憲法に書き込むことも要求、他派の警戒心を招いている。クルド族の代表が7月22日の憲法制定会議で説明したところによれば、住民投票は8年以内に実施する。クルド自治区の議会はすでにこれに関する法律を決めているという。クルド側は「独立の意思があるかどうかを住民に確かめるためで、必ず独立するというのではない」と説明している。しかし、独立はクルド族のかねてからの念願であり、住民投票を認めることは、将来の独立を認めるのと同じとの意見が強い。

 このほか、女性の地位についても、各派が対立する問題の1つである。シーア派はイスラム法を広範に適用する国造りを構想している。だが、これを実施した場合、女性の側から離婚を言い出すことはできないとか、男性の半分しか遺産相続ができない、あるいは裁判で女性側が提出する証拠は男性の証拠の半分の価値しか認められないなど、女性の権利が著しく制限される。世俗政権だったフセイン政権時代より、女性の地位が低下することになりかねない。シーア派はイスラム法と世俗法の2つを制定し、個人がどちらに従うか選択するという案を出しているが、婦人団体は強く反対している。


・憲法制定で混乱が収まるか

 憲法草案の新期限は8月22日、上記のような多数の対立点を抱え、期限内に草案をまとめることができるのか、予断を許さない。まとまらなければ、議会が3分の2の多数で再度期限を延長できる。しかし、それができなければ、議会は解散しなければならない。そして、選挙をして新議会を選出、新議会が憲法制定委員会をあらためて選出して憲法草案を作り直すことになる。その場合、イラクの新体制造りは大幅に遅れることになり、混乱は深まり、それこそ武装勢力の思う壺となりかねない。

 ブッシュ政権はこのような事態を避けるため、22日の新期限までの草案策定を目指して圧力を強めている。憲法制定、正式政府の発足を予定どおり今年中に行い、来年春から夏にかけて米軍の撤退を始めるには、これ以上の遅延は許せないからだ。米議会は現在夏季休暇中で、9月に議員たちが選挙区から戻る。18日のニューヨーク・タイムズは、「選挙区で、ブッシュ大統領の支持率は低下し、イラク戦争に対する不満が高まっている。来年11月の中間選挙で、ブッシュは共和党の重荷になる」と伝えている。ブッシュ大統領に対し、今後共和党議員たちの圧力が強まるのも間違いない。

 だが、憲法を予定どおり制定して、イラク新体制をつくっても、混乱が収まるという保障はない。憲法草案をまとめる過程で浮き彫りになった、シーア派、スンニ派、クルド族、3勢力の間の深い溝はそれで埋まるとは思えないからだ。ブッシュ政権が国内の厭戦気運、中間選挙を気にする共和党議員たちの圧力に煽られ、米軍を撤収すれば、イラクは治安の支えを失う。そんな中、クルド族とシーア派が独立や自治区設立を目指して動き、ともに石油利権を確保しようとすれば、混乱は必至だ。スンニ派の武装勢力もそれをねらっているだろう。武装勢力の攻撃に対し、シーア派、クルド族が民兵組織を動員し、内戦に発展するという最悪のシナリオが消えたわけではない。


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