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ブッシュ政権の組織疲労
持田直武 国際ニュース分析

2005年9月12日 持田直武

ブッシュ政権に対する不満が噴き出した。ハリケーンに対する対応、イラク情勢、イラン、北朝鮮、ガソリンの値段。4年前の9・11事件で、ブッシュ大統領が見せた指導力は、今回のハリケーンでは微塵も見られない。テロ戦争で、政権のエネルギーが尽きたのか、疲労だけが目立っている。


・ハリケーンに負けたホワイトハウス

 大災害が起きたとき、指導者の対応能力が問われるのは、どの国も同じだ。米湾岸諸州がハリケーン、カトリーナの襲撃を受け、ブッシュ大統領もその能力を問われることになった。Pewの調査(9月6日−7日)によれば、米国民の67%は「大統領は十分な対応をしなかった」と考えている。「対応は十分だった」は28%。この結果、大統領の支持率は40%と過去最低になった。ハリケーンが大型であることはわかっていた。しかし、ホワイトハウスは何の対策も立てなかった。ブッシュ大統領が責任を問われるのは当然ということになる。

 ハリケーンは8月28日(日)からルイジアナとミシシッピ両州に接近した。その日、ブッシュ大統領はテキサス州クロフォードの牧場で休暇中。翌29日(月)からアリゾナとカリフォルニアを遊説する計画だった。任期後半の重点政策、5年間350億ドルの医療費支出削減と年間700億ドルの連邦固定資産税廃止を有権者に訴え、議会に圧力をかけるためだ。29日早朝、ハリケーンは上陸し、連邦ハリケーン・センターは危険が迫っていると警報を出した。しかし、同大統領は予定を変えず、遊説に出発。30日、テキサスに帰って休息、ワシントン帰任は31日になる。

 ブッシュ大統領がホワイトハウス記者団の前に立ったのは、ハリケーンの上陸3日後。復興について談話を出したが、反応は「平凡で事務的」と冷たい。同大統領の帰任の遅れは、ホワイトハウス幹部が遊説日程に固執したためだ。遊説で医療費支出削減と固定資産税廃止をアピールし、ブッシュ政権から離れかけた保守層を呼び戻そうとしたのだ。だが、ハリケーンが猛威を振るった結果、復興に1,000億ドル、場合によっては2,000億ドルの追加予算が必要となり、固定資産税の廃止は当面棚上げの公算が強い。ホワイトハウスの目論見をハリケーンが潰すことになりかねないのだ。


・大統領に9・11事件当時の力なし

 ブッシュ大統領はその後9月2日、5日と2回にわたって被災地を視察。いわば、ダメージ・コントロールをはかった。しかし、結果は逆だったようだ。2日の視察の際、同大統領はミシシッピ州選出のロット共和党上院議員が被災したことに触れ、「ロット議員の家も瓦礫になったが、彼はすばらしい家を再建するだろう。私もそのポーチに座ってみたい」と述べた。空港で報道陣を前にした冗談まじりの発言だったが、被災者の多くは貧しい黒人住民、住居再建の見通しどころではないだけに、軽率な感を免れなかった。

 4年前の9・11事件のとき、ブッシュ大統領の対応はこんなではなかった。テロ事件の3日後、同大統領は倒壊した世界貿易センターの瓦礫に上に立った。そして、救出作業にあたる消防士を前に、「アメリカは今・・・」と語りかけると、遠くから「聞こえない」という声があがる。すると、同大統領は「私には君の声が聞こえる。世界が君の声を聞いている。ビルを破壊した者たちも、われわれ全員の声をまもなく聞くことになる」と答えた。大統領として、初めて報復を仄めかす発言だった。消防士たちも、全員がこぶしを振り上げ、「USA、USA、・・・」を連呼した。

 同大統領が9月20日、議会で行なった演説も国民を動かす力があった。演説の締め括りは次のような一節だった。「この戦いがどんな経過をたどるかわからない。だが、結果ははっきりしている。自由と恐怖、正義と残虐、これらは常に相戦う。この戦いで、神は中立でないことを、われわれは知っている」。神は必ず自由と正義の味方をするという、キリスト教の教えを引用して、テロ戦争に向けて国民の結束を求めた。当時、ブッシュ政権は発足して1年足らず、大統領も、ホワイトハウスのスタッフも気迫に溢れていた。そして、議会も大統領の呼びかけに応じてテロ戦争推進で結束した。


・ブッシュ政権を縛る足かせ

 だが、ブッシュ政権を取り巻く現在の状況は、9・11事件当時とは違う。肝心のテロ戦争は、アフガニスタンからイラクへと迷走。フセイン政権を倒したが、武装勢力の攻撃に手を焼き、憲法制定も前途が明るいとは言えない。シリア国境沿いの町ケイムでは、イラク・アルカイダを名乗るザルカウイのテロ集団が町を乗っ取り、中心部にグループの旗を掲げているという。ブッシュ政権は10月15日の憲法制定国民投票に備え、米軍2万人をあらたに投入、投票所の安全を守る計画だった。しかし、ハリケーン被災地の復興のため、計画を変更せざるをえなくなった。

 ブッシュ政権の目論見違いはこれだけではない。9・11事件の1年後に発覚した北朝鮮の核開発も解決の見通しが立たない。ブッシュ政権は北朝鮮との単独交渉を忌避して、6カ国協議による解決を選んだ。米のほか、日韓中ロの5カ国が結束して北朝鮮に核放棄を迫るという構図を画いたのだ。だが、その最初の課題、北朝鮮が放棄する核開発の範囲をめぐって協議は紛糾。日米が平和利用も含め、北朝鮮の核開発の全面放棄を主張するのに対し、韓中ロが反対。いわば、韓中ロが北朝鮮の肩を持って、日米に対決する形勢になった。

 このほか、ブッシュ政権はイランの核疑惑や、国内のガソリン値上がり、それに最高裁長官の後任問題など、対応に多大なエネルギーを必要とする難題を抱える。だが、ブッシュ大統領にはかつての指導力はない。一方、議会では、民主党のヒラリー・クリントン上院議員が今回のハリケーン被害を契機に民主党を代表する役割を演じている。順調に進めば、次期大統領候補としての地盤を固めることになるだろう。共和党でも、大統領に野心を持つ有力者が黙っていないに違いない。ブッシュ大統領が指導力を取り戻さなければ、有力者は大統領と一線を画すことになる。そうなれば、ブッシュ大統領はさらに力を失うことになるだろう。


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