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北朝鮮の核実験と核ドミノ
持田直武 国際ニュース分析

2006年10月29日 持田直武

北朝鮮の核保有に対抗して、日本、韓国などが核開発に走るとの見方がある。米下院情報委員会が報告書でこれに言及。ニューヨーク・タイムズは「その気になれば、日本は一夜で核保有国になる」という見方を伝えた。核兵器開発の力を持つ国は、世界に約30カ国。その中でも、日本は核保有国と紙一重の差しかない「実質的核保有国」と見られている。日本の政権幹部の発言はその面から見なければならない。


・ライス国務長官発言の背景

 ライス国務長官は10月18日、麻生外相と会談後の記者会見で、「米国は持てる抑止力を最大限に使って、特に強調するが、最大限に使って、日本に対する安全保障の約束を守る。米国にはその力も意思もある」と強調した。麻生外相や中川自民党政調会長が核保有論議を提唱、注目されている時である。ライス長官の発言は、日本に対する核の傘を再確認したものだが、あえて「最大限に使って」という一句を繰り返したところに、日本は核兵器を持つ必要はないとの言外の意味が感じられる。

 米国内には、北朝鮮の核実験を機に、核ドミノの懸念が広がった。核実験2週間前の9月25日、下院情報委員会が「北朝鮮の核実験の影響」について報告書を公表。その中で「核実験は、地域の安全保障に深刻な影響をもたらし、日本、台湾、恐らく韓国が核兵器計画をスタートさせかねない」と分析。米情報機関は「緊密にウオッチしている」と述べた。こんな中、北朝鮮が10月9日核実験をすると、中川政調会長の発言や麻生外相の発言が次々に飛び出した。

 中川政調会長は15日のテレビで、「選択肢として核ということもある。議論は大いにしないと」と発言。麻生外相は18日の衆院外務委員会で、非核三原則維持の立場に変化はないと前置きした上で、「隣の国が持つことになった時に、検討するのもだめ、意見の交換もだめというのは、一つの考え方とは思うが、議論をしておくのも大事なことだ」と主張した。確かに、民主主義国家なら議論は当然で、日本で核論議がないのはむしろ不自然だ。しかし、この時期の議論には慎重さも必要だ。


・日本は一夜にして核保有国

 15日のニューヨーク・タイムズは、「世界的核ドミノの恐れ」について特集。その中で、94年の米朝枠組み合意の米国代表ガルーチ大使の「日本はその気になれば、一夜にして核保有国になる」という見方を紹介した。日本はすでに核兵器の材料プルトニウムを何トンも持ち、世界に冠たる核技術もあり、米英など核保有国と紙一重の差しかない「事実上の核保有国」という見解である。日本は核不拡散条約(NPT)や国際原子力機関(IAEA)の査察など、条約上の制約を守っているが、この制約はその気になれば取り除けると見ているのだ。

 安倍首相は北朝鮮の核実験のあと、機会あるごとに「非核三原則」を守るという政府の立場を強調し、麻生外相や中川政調会長もその点は同じと強調する。しかし、どこの国でも、安全保障に関しては、政府の公式見解はあまり信用されない。米のチェイニー副大統領は16日のCBSテレビで、北朝鮮の核とミサイル開発が東アジアの軍拡競争を引き起こすとの見通しを示し、「日本も核問題を再検討するかどうか、考慮を強いられるかも知れない」と述べた。ブッシュ政権の中枢にも、日本が「その気」になるかも知れないという見方があることを示している。

 韓国では、日本に対するこの見方はさらに強い。朝鮮日報は北朝鮮が核実験を予告した2日後の10月5日、「安倍首相は、官房副長官だった03年5月の講演で『核兵器を持つことは日本憲法上、何ら問題ない。決心すれば1週間以内に持つことができる』と語った」と報道。さらに、「日本の核武装に備えて、韓国も核武装宣言を次善の策として前向きに検討するべきだ」という世宗研究所の鄭成長研究員の発言を伝えた。韓国には、北朝鮮の核に対抗するだけでなく、日本の核武装にも備えるべきだという意見があるのだ。


・日本の目標を示す時

 IAEAのエルバラダイ事務局長は16日の核拡散検討会議で、「短期間に核兵器を作る力を持つ国は30カ国に達する」との調査結果を明らかにした。また、上記のニューヨーク・タイムズによれば、「パキスタンの原爆の父」カーン博士はエジプトやサウジアラビア、シリア、ナイジェリアなど少なくとも18カ国を訪問した。これらの国が核兵器を製造する意図を抱いたから訪問したと考えてよいだろう。パキスタンの核保有のあと、発展途上国でも核兵器を開発できると考える国が増えたことがわかる。北朝鮮の核実験がこの機運をさらに強めることも間違いない。

 NPTとIAEAの査察に頼る、従来からの核拡散防止の手段では、限界があることは明らかだった。そこで、対策の1つとして浮上したのが、ウランやプルトニウムを国際的に管理する国際核燃料バンクの構想である。ロシアが来年から国内の施設を使って営業を開始すると発表。米やIAEAも乗り気になった。国際核燃料バンクが核燃料を一元的に製造して、希望国に分配、使用済み燃料棒は回収して、核兵器への転用を防ぐという構想である。ただ、イランなど発展途上国には、先進工業国のエネルギー支配につながるとの警戒もあり、ネックとなっている。

 日本は唯一の被爆国の体験もあり、世論は核廃絶で一貫している。海外から見れば、日本は一夜にして核保有国になる「事実上の核保有国」かも知れないが、日本がそんなことをすれば、核ドミノが世界に広がり、収拾不可能になりかねない。日本としては、核保有の動きをして核ドミノの先頭になるより、これまで通り核廃絶の旗を掲げ、ドミノを阻止する努力をするほうが望ましい。核保有論議をするなら、核拡散を阻止し、如何にして廃絶を実現するかに焦点を置くべきだと思う。


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