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イラクの混乱は収まるか
持田直武 国際ニュース分析

2006年1月22日 持田直武

イラクの治安悪化が続くなか、ビン・ラディンが米本土へのテロを予告した。イラク撤兵に傾く米国内の世論を刺激することを狙ったようだが、逆効果になりそうだ。テロ予告が9・11事件の記憶を呼び覚まし、イラクをテロ戦争の主戦場と位置づけるブッシュ政権の立場が強まるのは確実。イラクの混乱収拾には、米軍が必要という主張が力を盛り返すだろう。


・9・11事件以来の米本土へのテロ予告

 アルカイダのリーダー、ビン・ラディンのテロ予告のテープは18日、中東のテレビ局アルジャジーラが放送、CIA(米中央情報局)が当人の声と断定した。この中で、ビン・ラディンは「我々は米本土への攻撃を準備中で、米国民がその詳細を知るのは時間の問題」と予告している。攻撃すれば、01年の9・11事件以来となるが、ビン・ラディンはその間攻撃しなかったことについて、「9・11事件後、我々の仲間はイラクに活動の拠点を移していた。攻撃しなかったのは、米側が治安対策を強化したからではない」と述べた。

 ビン・ラディンはまた、「ブッシュ大統領は、テロ戦争はテロリストの祖国を戦場にするべきだと主張し、イラクとアフガニスタンに派兵、勝利を口にしているが、勝っているのは我々だ」と主張。しかし、「世論調査によれば、米国民はイスラム教徒と戦うことに反対している」と指摘、米国民に対して「長続きする休戦を提案する」と述べている。ビン・ラディンは04年4月、ヨーロッパ諸国に対して休戦の提案をしたが、米国に提案するのは初めて。この休戦提案に対し、ホワイトハウスのマックレラン報道官は「攻撃を防ぐことがまず必要」と述べ、相手にしない姿勢を示した。

 ビン・ラディンがメッセージを出したのは、04年12月のテープ以来1年1ヶ月ぶり。しかも、今回は、これまで米本土を攻撃しなかった理由として、「仲間がイラクに活動の拠点を移したため」と説明、初めてアルカイダのメンバーがイラクに移動したことを認めた。ブッシュ政権は、フセイン政権を倒したあと、「イラクはテロ戦争の最前線」とし、イラクで戦うことが米本土を護ることになると主張してきたが、米国内にはこれを疑問視する見方が強かった。ビン・ラディンのメッセージは、図らずもブッシュ政権の主張に重みを加えることになり、同政権の今後の政策展開に貢献することになりそうだ。


・イラクのアルカイダは大混乱が米軍の見解

 イラク武装勢力の主力は、フセイン政権を支えたスンニ派の旧軍人で1日2万人を動員する力を持つという。それに、ヨルダン生まれのザルカウイが率いるアルカイダ・メソポタミヤなど、外国から流れ込んだテロリストが数千人。しかし、米軍の説明では、最近スンニ派武装勢力と外国人テロリストの間で軋轢が目立ち、外国人テロリストは活動の場を狭められているという。多国籍軍担当のバイン米軍司令官は13日の記者会見で、ザルカウイのグループはシリア国境の根拠地を米軍に攻撃され、死傷者と逮捕者を多数出して、「大混乱の状態」だと述べた。

 その一方で、スンニ派武装勢力は今後も活発に活動するという見方が強い。まもなく始まる新政権の組閣をスンニ派武装勢力は黙って見ていないと見られるからだ。バイン司令官も、12月の総選挙の正式結果が発表されたあと、「攻撃は強まる」と警告している。選挙で多数の議席を獲得したシーア派がスンニ派の要求を受け入れず、独断的な行動をとる可能性が否定できない。これに対し、スンニ派武装勢力が対決姿勢を強めることも確実で、混乱は長引くとの見方が強いのだ。その結果、米軍の撤退は遅れるということになる。

 そうした事態を避けるため、米軍は、最近スンニ派武装勢力と停戦交渉を進めていることを明らかにしている。外国人テロ・グループとスンニ派武装勢力を切り離し、スンニ派勢力を新政権に組み込むことが目標だ。ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、ロジャー・コーエン氏は最近イラクを取材旅行したあとのコラムで、「武装勢力の中には、職を求め、新政権に自分の場を求めている人たちもいる」と書いている。新政権が職や立場を保障すれば、武器を放棄するというのだ。


・混乱収拾には米軍の存在が不可欠

 タラバニ大統領は17日の記者会見で、「新政権はシーア派、クルド族、スンニ派の3派が加わる連合政権にしたい」と抱負を語った。これまで、3派連合を目指す動きはあったが、非現実的として相手にされなかった。しかし、タラバニ大統領のような現政権の最高責任者がそれを口にするようになったのは、連合政権でなければ、混乱は収まらないということがコンセンサスになりつつあることを示している。しかし、抵抗も根強いことも事実だ。

 鍵を握るのは、議席の多数を占めるシーア派の動きである。そのシーア派の有力政党の1つ、イラク革命最高評議会のハキム議長は11日、「新政権下で憲法改正をする」というスンニ派の要求を拒否する立場を明らかにした。このスンニ派の要求は、憲法が同派を不利に扱っているとの不満を解消し、同派を新政権に加えることを目的にすでにシーア、クルド、スンニの3派の代表が合意したもの。しかし、シーア派の実力者ハキム議長がこれを拒否すれば、実現の見通しはなくなる。スンニ派が反発して、新政権に参加しなければ、同派の武装勢力が黙っていないことも間違いない。

 ブッシュ政権はイラクの治安維持の一方で、こうした政治面の調整も重要な任務になった。米国内の世論は、ビン・ラディンが指摘したように米軍撤退を求める声が強まっているが、撤退すれば、イラクの混乱は収まらないだろう。08年大統領選挙で民主党の最有力候補、ヒラリー・クリントン上院議員は18日、プリンストン大学での講演で、「米国は軍事的コミットメントを簡単に変えるべきではない」と述べ、米軍の早期撤退に反対した。民主党内にも、こうした主張が出たことで、ブッシュ政権内でも今年秋の中間選挙を意識した性急な撤退論には歯止めがかかりそうだ。


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