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テロと情報活動の秘密
持田直武 国際ニュース分析

2006年2月20日 持田直武

ブッシュ大統領が情報機関を使って、令状なしに電話やEメールを盗聴していることが明るみに出た。国際電子盗聴網エシュロンと連携した盗聴であるのは明白。議会は、令状なしの盗聴は違法と反発したが、同大統領はテロとの対決に必要と主張して譲らない。米にとって、盗聴で得る情報は世界政治のリーダーシップを確保する上で最大の武器。テロとの対決だけが目的でないことも間違いない。


・違法盗聴の疑問に、大統領は強気の反論

 今回、盗聴が明るみに出たのは、05年12月16日のニューヨーク・タイムズの暴露記事。ブッシュ大統領が01年9・11事件の3日後、大統領直属の国家安全保障局(NSA)に対し、令状がなくても電話やEメールを盗聴するよう命じたという内容だ。国家安全保障局のような情報機関が盗聴する場合、事前に裁判所から令状を取るか、あるいは盗聴開始後72時間以内に取るよう、1978年の海外情報監視法が規定している。大統領の命令は、この規定に明らかに反する違法行為だった。

 これに対し、ブッシュ大統領は翌朝、異例のテレビ生演説を行い、令状なしの盗聴を命じたことを確認。その理由として、「テロ攻撃から国民の生命を護るため、大統領はあらゆる手段を使う必要がある」と主張した。また、その法的根拠として、憲法が「大統領に国家を護る権限を与えていること」。また、議会も9・11事件後の決議で、「大統領がすべての手段を行使する権限を認めた」と指摘し、これらの権限によって令状なしの盗聴も認められると主張した。

 ブッシュ大統領はまた、令状なしの盗聴は「秘密を守るために必要」と主張。盗聴の事実を報道したニューヨーク・タイムズは、「国家と国民の安全を危機に曝した」と強く非難した。そして、「情報を同紙に漏らした関係者」の責任を追求することも示唆した。同紙によれば、同紙の記者がこのニュースを掴んだのは1年前。しかし、ブッシュ政権はテロ戦争に支障が出るとして最後まで掲載に反対したという。


・秘密会の結果、違法行為追求が一転、追認に変わる

 国内の盗聴はもともと、FBI(連邦警察局)など警察機関が裁判所の令状を取って行なうものだった。国家安全保障局やCIA(中央情報局)などの情報機関は海外で盗聴などの情報収集活動をするのが任務で、国内では活動は禁止されていた。しかし、ベトナム戦争以後、国際状況の変化もあり、海外と国内にまたがって追跡する必要がある情報が増加。議会は1978年、海外情報監視法を制定。CIAなど情報機関にも海外に関連する情報を追跡する場合に限って、国内の盗聴を認めた。同時に、令状を交付する特別裁判所も設置した。ブッシュ大統領の今回の令状なしの盗聴実施は、この特別裁判所制度そのものを否定したのも同じだった。

 議会は、ブッシュ大統領の動きに当初は強く反発。民主党が責任追及の決議案を提出すると、共和党有力議員2人が支持。ブッシュ政権追求の雰囲気が強かった。しかし、政権幹部と議会指導者が協議を重ねるに従い、次第に追求の矛先が緩む。2月16日には、上院情報委員会が民主党提案の決議案の棚上げを決定。同時に、議会内には、海外情報監視法を改正し、令状なしの盗聴を認めるべきだという意見が増える。ブッシュ大統領追及の立場が一転、追認への流れに変わったのである。

 米議会は、2月6日の週から上下両院が秘密委員会や、秘密本会議を開催、チェイニー副大統領はじめ、政権幹部から説明を聞いた。内容は極秘で、外部にはまったく伝わっていない。しかし、議員たちの多くが、姿勢を和らげたことは明らかだった。米の法律家500人余りが加盟する全米法律家協会が2月13日、「大統領がテロとの戦いにあたって、海外情報監視法を遵守できないと考えるなら、法律を変えるべきだ」と勧告したことも影響した。


・海外では盗聴だけでなく、武力も行使

 ブッシュ大統領は、令状なしの盗聴を何故命じたのか、詳しい説明をしない。議会秘密会で、政権幹部は説明したはずだが、内容は外部には伝わらない。秘密会は、議員に守秘義務を課し、違反者は処罰する。情報機関については、活動だけでなく、組織、要員まで場合によっては秘密にするのが、米歴代政権の基本方針だった。国家安全保障局も長い間、存在は秘密だった。最近、同局もインターネットにホームページを開設、ワシントン郊外に巨大な本部ビル、1万8,000台の駐車スペース、高速道路に専用出入り口、職員3万人余りが所属することもわかった。

 しかし、この国家安全保障局と連携して海外情報を収集する電子情報収集網エシュロンについては、米政府はまだ存在も認めない。EU(欧州連合)特別委員会の01年の報告書によれば、米英加豪ニュージーランドの英語国5カ国が加盟、地球を取り巻く衛星網と世界に120箇所の中継点を持つ収集網。冷戦時代は共産主義に対抗する情報収集だったが、冷戦後はテロ情報や日本、EUの経済情報も収集しているという。また、米情報機関はこのエシュロンと無線操縦の武装偵察機ドローンを連携させ、情報収集とともに、ミサイル攻撃も行なうようになったことも知られている。

 この米の情報収集活動に対し、各国が神経をとがらせるのは当然だった。EUが特別委員会の報告書を出したのも、エシュロンの活動がEU各国の主権を侵害する可能性があると懸念したためだ。しかし、米はこの懸念を無視し、EU調査団が訪米して国家安全保障局当局者との面会を求めた時にも拒否した。米国内では、裁判所の令状なしの盗聴に対し、違法との批判が出た。しかし、海外では、米は偵察衛星や武装無人偵察機ドローンはどこの令状を取ることもせず、盗聴をし、武力行使もするようになった。


・情報がリーダーシップを支える

 こうして収集した情報は、米歴代政権が国際政治のリーダーシップを維持するうえで多大の貢献をしている。現在、米を凌駕する情報収集網を持つ国はない。これを維持する限り、米のリーダーシップは続くだろう。議会がブッシュ政権の令状なしの盗聴を法改正してまで追認する動きになったのは、議会もこの点ブッシュ政権と認識が同じであることを示している。


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