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イラク戦争、ドイツが水面下で米作戦に協力
持田直武 国際ニュース分析

2006年3月20日 持田直武

ドイツは、イラク戦争に反対、フランスと組んで国連の武力容認決議を阻止した。だが、それは表面のこと。水面下では、ドイツ情報機関員が開戦前から米中央軍司令部に常駐、バグダッドの同僚機関員から届く情報を米軍に流し、作戦を支援した。ブッシュ政権はドイツを作戦協力国として扱い、情報機関員に勲章を授与した。敗戦から60年、ドイツの情報戦略の一端が見えた。


・ドイツ提供の情報が米軍進攻の道案内

 波紋が拡大したのは、ニューヨーク・タイムズ2月26日の報道。内容は「イラク戦争直前、ドイツ情報機関がフセイン政権のバグダッド防衛計画を入手して米軍に提供した」というもの。03年3月の開戦当時、ドイツは武力行使に強硬に反対、フランスと組んで国連安保理の武力容認決議を阻止した。そのドイツが、水面下で米軍の進攻作戦を支援したというのだ。今年1月から、ドイツでは、この疑惑を断片的に伝える報道もあったが、ニューヨーク・タイムズの報道は、それよりはるかに詳しく、具体的だった。

 同紙によれば、報道内容は、米統合軍が05年にまとめたイラク戦争の記録に基づくもので、ドイツ情報機関提供のバグダッド防衛計画をスケッチした図表のコピーも併せて掲載した。それには、バグダッドを中心に4重の防衛線を設定、イラク軍の部隊配置が書き込まれているほか、中心に最も近い防衛線には、生物・化学兵器の使用を示唆するような「レッドライン」の表示もある。イラク占領後、米軍はイラク軍関係者を尋問し、この防衛計画は02年12月18日、フセイン大統領が部下の将軍たちを集めた会議で作成したことを確認したという。

 ドイツ情報機関は、イラク人協力者からこの首都防衛計画を入手した。そして03年2月3日、米軍がカタールに設置した米中央軍司令部に渡した。開戦の45日前だ。米軍が進攻作戦を進めるにあたって、この情報が役立ったのは間違いない。しかも、ドイツの協力はこれだけではない。紅海やアデン湾、アフリカ南端の喜望峰などにドイツ海軍を出動させて、米軍の兵員輸送の安全確保にあたった。これに対し。ブッシュ政権も作戦協力国としてドイツを特別扱いしたという。


・ドイツ情報機関員が米軍司令部に常駐

 このニューヨーク・タイムズの報道の翌27日、ドイツ政府のウイルヘルム報道官は記者会見で、報道は「嘘だ」と否定する。これに対し、同紙は3月2日、ドイツ議会が秘密聴聞会でまとめたという記録を基にして、追い討ちを掛けた。「ドイツは情報機関員1人を米中央軍司令部に派遣して常駐させ、バグダッドで活動する2人の同僚機関員が送ってくる情報を米軍に渡した」というのだ。米中央軍司令部は、イラク戦争の最高司令官フランクス大将が指揮を執る作戦本部。そこにドイツ情報機関員が、開戦前の03年2月から5月初めまで駐在して、情報提供を続けたという。

 ニューヨーク・タイムズはさらに、このドイツの作戦協力は、当時のフィッシャー外相、シュタインマイヤー首相府官房長(現外相)など、シュレーダー政権の最高幹部が参加する会議で決定したと報道。協力期間中に米軍に提供した情報は計25件。米軍からは33件の情報提供の要求があり、このうち18件に回答した。内容は、各国大使館、病院、教会などの場所、イラク軍や警察の配置、それに撃墜された米軍パイロットの所在などについてだったことも報道した。任務終了後、ブッシュ政権は3人の情報機関員に対し、作戦遂行に不可欠な情報を提供したとして勲章を贈った。

 シュタインマイヤー外相は1月、国内の新聞がこの件で断片的な報道をした時、「ばかばかしい話」として一蹴しようとした。また、ニューヨーク・タイムズがバグダッド防衛計画に関するスクープをした時も、上記のようにウイルヘルム政府報道官が「嘘だ」と真っ向から否定した。しかし、政府当局者の間からは匿名で、「情報機関がイラク軍や病院、各国大使館などの情報を米軍に提供した」と認める発言が相次ぎ、政府の姿勢は次第に後退、最近は報道内容を大筋で認めるようになった。


・独情報機関が米の情報空白を埋める

 開戦当時のシュレーダー政権は社民党と緑の党による連立政権。開戦半年前02年9月総選挙で、同首相は反戦を主張して国内世論を味方につけ辛勝、政権を維持した。しかし、対米関係は疎遠となり、ブッシュ大統領は、勝利した同首相に祝福の電話もかけなかった。情報機関の協力は、この悪化した関係改善に貢献したことは間違いない。

 米情報機関は80年代、イランのホメイニ政権や中東過激派との対決で、中東各国に配置した人的情報網(Humint)のほとんどを失った。中でも、イラクは湾岸戦争の影響もあり、イラク国内の人的情報網は皆無だった。ドイツ情報機関がこの米の情報空間を埋める上で果たした役割は大きい。ドイツ連邦議会では、自由民主党と緑の党など野党3党が3月10日、究明に乗り出すことを決めた。しかし、その中心となる緑の党は当時の与党。フィッシャー外相は同党出身だったこともあって、追求には限界があるとの見方が強い。

 現在のメルケル政権はキリスト教民主同盟と社民党の大連立政権であり、シュレーダー政権の旧聞を追求すれば、政権内の混乱は不可避。当然、究明には消極的だ。海外向け公共放送ドイッチェ・ウエレによれば、連邦議会内にも、「追及で情報機関が萎縮する」と慎重な対応を求める意見が強いという。ドイツ情報機関は戦後、ナチス情報機関を基にして再建、冷戦時代に組織を確立した。現在100カ国余りに機関員を配置、世界でも有数の情報機関であり、今回の対米作戦協力で、その活動ぶりの一端が見えた。ドイツ国民がこれをどう評価するか、成り行きを見なければならない。


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