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イラク内戦、危機は去らず
持田直武 国際ニュース分析

2006年3月5日 持田直武

シーア派聖地アスカリ廟の爆破が、内戦の危機を招いている。疑心暗鬼の各派は、他派のモスク襲撃、自爆テロで報復合戦を続ける。政局の混迷も表面化、シーア派主導の暫定政府に不満な各派は、ジャーファリ首相の続投を拒否。ブッシュ政権内からも「内戦の瀬戸際」との発言が頻発している。


・ブッシュ大統領も危機の予感を隠さず

 バグダッド北部サーマッラにあるシーア派の聖地アスカリ廟が2月22日爆破された。同廟は、イスラム教の預言者ムハンマドから数えて10代目と11代目にあたる2人のイマームの墓があるシーア派の聖地。イラク内務省は28日、犯人としてテロリスト6人と廟の守衛4人を逮捕したと発表したが、背後関係は不明。各派が疑心暗鬼となり、他派のモスクの襲撃、自爆テロの報復合戦が続き、危機感が広がった。

 ブッシュ大統領は24日ワシントンの在郷軍人会の演説で、「今後の毎日は厳しいものになる」と述べ、危機を予感していることを隠さなかった。イラク駐在のカリルザド大使もCNNに対し、「イラクは内戦の瀬戸際に立った」との危機感を表明した。米議会でも、議員の関心は内戦に集中した。上院軍事委員会は28日、ネグロポンテ国家情報局長官を招いて情勢を検討。同長官はこの席で、「イラク暫定政府が依然機能しており、まだ内戦ではない」と説明した。

 米政府の定義では、内戦とは、中央政府が治安維持能力を完全に喪失し、治安維持組織が崩壊、代わって、違法な武装集団が事態を動かす主要な力を持つという、3つの条件が重なる状態である。同長官はこの定義に照らし、現状は内戦ではないと説明した。しかし、議員の間から、「イラクが内戦になった場合、隣国のサウジアラビアやイランが介入し、中東全体に紛争が拡大しないか」との質問が出たのに対し、同長官は「その可能性はある」と答えた。


・イラク正式政権発足の見通しに暗雲

 アスカリ廟爆破の激震はイラク政界も襲った。スンニ派とクルド族、世俗政治家グループの3派は3月2日、シーア派のジャーファリ首相が正式政権の首相として続投することを拒否、新たな首相候補を選出するよう要求した。シーア派の統一イラク連合は定数275議席中、130議席を持つ議会第1党。廟爆破前、同党が正式政権の首相を出すことで各派が合意したため、同党はジャーファリ現首相の続投を決めた。3派の拒否は、この合意を反古にし、民主化プロセスに暗い影を投げることになった。

 スンニ、クルド、世俗の3派が、拒否した理由の1つは、アスカリ廟爆破後、ジャーファリ首相が外出禁止令を出すのが遅れたことだ。廟が爆破されると、報復する動きが各地で起きた。これを抑えるため、同首相は外出禁止令を出すが、それは爆破2日後の24日からだった。スンニ派は、その間、100を超えるスンニ派モスクが襲われ、多数の同派信者が殺されたと主張。3派は、同首相がこの責任を曖昧にしたまま正式政権でも続投することは認められないのだ。

 もう1つの理由は、反米強硬派サドル師がジャーファリ首相の背後で影響力を拡大していることだ。シーア派が2月12日、同首相の続投を決めた時、支持64、反対63の1票差。その支持のうち、32票はサドル師の影響下にある議員の票だった。同師がジャーファリ首相の背後で、内務省や警察組織に自派の民兵マフディ軍団を浸透させていることは周知の事実。廟爆破後、このマフディ軍団がモスクの襲撃や住民の迫害に一役かったとの疑いもある。3派は、同首相の続投を許せば、サドル師の勢力の暗躍を今後も許すことになると恐れているのだ。


・イラク軍の強化進まず、各派は民兵を強化

 シーア派の統一イラク連合は3派の要求を直ちに拒否、3派が要求に固執すれば、「大混乱になる」と警告した。同連合の議席は130議席、首相の選出には、定数275議席の3分の2が必要なため、同連合単独で選出は不可能。一方、クルド、スンニ、世俗の3派の議席は合計141、こちらも首相選出には数が足りない。このまま対立が続けば、正式政権は組織できず、クルド族、スンニ派、シーア派の3分割の状態がますます強まる恐れが強く、これに隣国が介入する可能性もある。

 もともと、3派がジャーファリ首相の続投を拒否したのは、同首相が2月28日、突然トルコを訪問、エルドガン首相と会談したことが原因。クルド族がこれに激怒、クルド出身のタラバニ大統領は「暫定政権の首相は外国と交渉する権限がない」と非難。スンニ、世俗の両派が同調して続投拒否を決めた。トルコは、クルド族にとって不倶戴天の敵。クルド族の独立の動きがトルコ領内のクルド系住民を刺激するとして、軍事行動も辞さない構えを見せる。クルド族側は、同首相の訪問は、廟爆破後の混乱の中、クルド族封じ込めを画策したと疑ったのだ。

 イラクが統一政権を樹立できず、治安が混乱した状態が続けば、各派は民兵に頼る以外にない。すでに、シーア派はマフディとバドルの2軍団、クルド族はペシュメルガ軍団、いずれも数千人規模の強力な組織を持ち、権益を擁護している。イラク軍も98個大隊と数は増えたが、半数近い45個大隊は米軍と一緒でなければ戦えないレベル3のクラス。残りの53個大隊は米軍の支援で何とか戦えるレベル2、独立して戦えるレベル1のクラスは1個大隊もないという。イラク政府の要人がイラク軍や警察ではなく、自派の民兵を護衛にしているのも当然ということになる。


・イラン、サウジ、トルコの介入の恐れ

 米国家情報局のネグロポンテ長官は上記のように2月28日の上院軍事委員会で、内戦になれば、イラン、サウジアラビアが介入する「可能性がある」と答えた。翌日のニューヨーク・タイムズも社説で、「内戦になれば、激震は国境を越えて拡大する」と予測。さらに「このままでは、南部のシーア派がイランを中心とする政治軌道に接近し、クルド族が独立に走り、トルコの介入を招く恐れがある。また、石油資源のない中西部のスンニ派地域は貧困化し、テロ組織が国際テロの基地にする」との暗い分析を紹介。「イラクの指導者が、イラクを救うことはまだ出来るが、残された時間は次第に少なくなる」との危機感を表明した。

 03年3月、ブッシュ大統領がイラク攻撃を開始する直前、アラブ連盟のムーサ事務局長は「攻撃が地獄の扉を開けることにならないか」と危惧した。だが、ブッシュ大統領は攻撃に踏み切って、フセイン政権を倒し、「イラクを基地にして中東に民主主義を広げる」という中東民主化構想を発表した。それから3年後の現在、イラクの状況は民主化構想ではなく、ムーサ事務局長の危惧の念にますますの現実味を加えている。


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