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北朝鮮の核開発、6カ国協議崩壊か
持田直武 国際ニュース分析

2006年4月24日 持田直武

6カ国協議参加国の思惑が分裂した。米ブッシュ政権は金融制裁を拡大、金正日体制をじわじわと揺さぶりだした。日本も、横田めぐみさんの夫のDNA鑑定を突きつけた。だが、韓国は北朝鮮支援の拡大を提案。中国は混乱を恐れ、米に譲歩を求めた。一方で、日韓は海洋調査をめぐってあわや衝突寸前。6カ国協議の基盤は崩壊、核兵器問題は棚上げ状態になった。


・ブッシュ政権は制裁拡大

 米財務省は5月8日から、米国人が北朝鮮船籍の船舶の所有や賃貸、保険供与などをするのを禁止すると発表した。違反すれば、最高懲役10年のほか罰金が科される。これは、ブッシュ政権が昨年9月から開始した金融制裁の一環。北朝鮮の外貨稼ぎの手段の1つ、外国船主の船舶を北朝鮮に登録する便宜船籍行為を潰すのがねらいだ。同政権は韓国やオーストラリア、ニュージーランドにも同様の措置を取るよう要請した。CIAによれば、北朝鮮の民間船舶約200隻に対し、便宜船籍の外国船舶は84隻ある。

 ブッシュ政権はまた、9月から実施しているマカオのバンコ・デルタ・アジア銀行に対するのと同様の金融制裁をスイスの銀行にも広げる動きを見せている。4月14日のワシントン・タイムズによれば、6カ国協議の米主席代表ヒル国務次官補は13日、ソウルで開かれた米企業関係者との会合で「スイスにあるといわれる金正日総書記の口座を調べるか」との質問に答え、「核兵器を製造し、弾道ミサイルを持つと主張する国に対し、その財源がどこにあるか詳しく調べるのは当然」と述べた。関係者によれば、同政権はスイスの複数の銀行に対し、北朝鮮との取引凍結を要請しているという。

 北朝鮮は6カ国協議出席の条件として、金融制裁解除を要求しているが、ブッシュ政権は制裁拡大の方向に向いている。米議会調査局は3月23日、北朝鮮の偽ドル札問題の報告書の中で、「ブッシュ政権は偽札問題で、北朝鮮首脳部をパナマのノリエガ将軍と同じように起訴する方策を検討している模様」との見方を示した。同将軍はパナマの最高指導者だった1988年、麻薬取引とマネーロンダリングで米連邦大陪審によって起訴された。そして、米軍がパナマに進攻して同将軍を逮捕。裁判で懲役40年の判決を受け、現在も米国で服役している。


・日本も拉致問題で制裁参加か

 このブッシュ政権の動きと並行して、日本でも制裁への圧力が高まる。政府が進めていたDNA鑑定の結果、横田めぐみさんの夫が韓国の拉致被害者にほぼ間違いないとわかったからだ。自民党の武部幹事長は17日、ラジオ番組に出演して、経済制裁について「やらざるを得ない。やるという決断をしなくてはいけないという局面がだんだん強まっていくのではないか」と述べた。日本が制裁を発動すれば、米の金融制裁と同じように北朝鮮の首脳部を揺さぶることになる。政府もそれを意識していることは、DNA鑑定の結果発表の経緯がそれを示している。

 安部官房長官がDNA鑑定結果を公表したのは11日。東京で北東アジア協力会議があり、米ヒル国務次官補、北朝鮮の金桂寛外務次官ら6カ国協議関係国の代表が集まった日だ。政府の発表と同時に、外務省の佐々江アジア大洋州局長が金桂寛次官と会い、北朝鮮側の誠意ある対応を要求した。金次官がこの席でどう反応したのかは明らかにされていない。しかし、このあと記者団の質問に答え、「拉致問題はすでに十分に誠意をもって対応し、終わった問題だ」と露骨に不満を表明した。問題が金正日総書記を直撃する上、日本のねらいがそこにあることを知っての反応だった。

 実は、日本政府関係者は鑑定結果をかなり早い段階で入手していた。韓国の中央日報が日本政府の公式発表より4日も早くほぼ同じ内容のスクープ記事を掲載したことがそれを示している。日本の複数の関係者から取材したという。日本政府は鑑定結果を入手しながら、最大の効果をねらって11日まで発表を待っていたのだ。北朝鮮には、大きな打撃になったことは間違いない。ブッシュ政権の金融制裁拡大の動きに加え、この日本の強硬姿勢で、北朝鮮が態度を硬化させることも確かだろう。6カ国協議の再開はさらに遠くなった。


・6カ国協議の基盤崩壊へ

 小泉首相はDNA鑑定結果を公表した11日、「韓国には日本以上に拉致被害者がいるだけに、今後韓国と協力していきたい」と語った。しかし、韓国政府は日本とは違う方向に動いている。李統一部長官は17日国会で「拉致問題解決のため北朝鮮に対し、果敢な経済支援を提案する。費用がある程度かかっても解決する」と述べた。平壌で21日から始まった南北閣僚級会談に提案するという。支援の内容は明らかにされていないが、日米が制裁による圧力強化を目指しているのとはまったく逆の動きである。

 中国の胡錦濤国家主席も20日の米中首脳会談で、ブッシュ大統領が北朝鮮の核問題解決に中国の影響力行使を要請したのに対し、慎重姿勢を崩さなかった。むしろ、同主席は各国が柔軟性を見せる必要を強調、暗に米が制裁問題で譲歩することを促した。21日のニューヨーク・タイムズによれば、ブッシュ政権当局者はこれについて「中国は北朝鮮が崩壊し、国境周辺が混乱するのを望まない。そのため現状維持も仕方がないと見ている」とコメントした。北朝鮮の崩壊を招くよりは、核兵器保有の現状を維持するという、日米とは相容れない立場である。

 そんな時、日韓の間で海洋調査問題が浮上、あわや衝突寸前の事態となった。事態は突発的だが、その根は植民地時代にあり、複雑に入り組んで深い。交渉で混乱を収めても、根本的解決には時間がかかることも間違いない。海洋調査問題の浮上前、横田めぐみさんの夫が韓国人拉致被害者とほぼ判明したことで、拉致問題で初めて日韓両国の世論に連帯感が生まれてきた。しかし、海洋調査問題が浮上し、それもしぼんだ。この日韓の亀裂は、米韓、米中の亀裂と相俟って、6カ国協議の基盤を崩すことになる。


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