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イラン核開発、阻止できるか
持田直武 国際ニュース分析

2006年5月8日 持田直武

イラン核問題が正念場を迎えた。イラン政府は国連安保理の要求を無視し、核関連活動を続ける姿勢を崩さない。阻止するため、制裁を科せば、武力衝突が起きかねない。危機が高まれば、石油価格はさらに上がる。では、外交交渉だけで、核兵器開発を阻止できるのか。国際社会の知恵が試されることになった。


・安保理決議の制裁か、有志連合の制裁か

 英仏両国は5月3日、イラン核問題に関する決議案原案を関係国に提示した。イランが核関連活動を中止しない場合、国連憲章7章に基づいて制裁を科すことを視野に入れた内容だ。その要旨は次のようになっている。

1、 NPT加盟国は核の平和利用の権利を持つ。しかし、イランはIAEAが求めた一連の手順を踏まず、軍事目的の核開発に関する疑念を晴らしていない。
2、 イランの核計画は核拡散の危険を招き、国際の平和と安全に対する脅威にあたる。
3、 以上の観点を踏まえ、安保理は国連憲章7章に基づいて次のような要求をする。
・ イランはウラン濃縮と再処理、および重水炉の建設を全面的に停止すること。
・ すべての国がイランの濃縮活動、再処理活動、ミサイル計画の関連物品や技術の移転を監視すること。
4、イランがこの決議に従わない場合、安保理は必要な追加措置を検討する。

 イランの核問題で、国連憲章7章の制裁を視野にした決議案が出るのは初めてだ。だが、この案が原案どおり可決される見込みはない。米国はこの決議案を支持しているが、中国の王光亜国連大使は「良い結果を期待できない」と反対。ロシアのチュルキン大使も「制裁では問題を解決できない」と予想どおり反対を表明した。中ロが反対することは、2日の安保理常任理事国とドイツの次官級会合ですでに分かっていた。それを承知で、制裁を視野に入れた決議案を出したのは、中ロの反対で成立しない場合、有志連合で制裁するとの意思表示だった。


・国連のアナン事務総長が仲介案

 この米欧の動きに対し、イランのアフマディネジャド大統領は滞在先のアゼルバイジャンで5日、「イランに対するいじめ」と反発、決議案拒否の姿勢を明らかにした。その上で、同大統領は、国連安保理が問題をIAEAの場に戻し、IAEAがイランの核開発に制限を加えるなら、我々は従う」と述べた。問題をIAEAに戻す案は、イラン原子力庁のサイディ次官も4月29日の国営テレビで主張し、「IAEAの場に戻せば、イランは追加議定書の適用を再開する」と述べ、IAEAがイラン核施設の抜き打ち査察をすることも認めるとの妥協案を出していた。

 中国は、このIAEAに戻す案をかねてから支持しているが、米欧がこれに応じる気配はまずない。米のシュルツIAEA担当大使はロンドンで5日、「イランの言うことを信じることはできない」と次のように主張した。「イランの現政権は今でも地域の脅威である。この政権が平和目的の核開発を主張しても、信用できない。アフマディネジャド大統領はイスラエルを中東の地図から抹消すると主張している。こんな主張をする大統領が核兵器を持てば、地域に与える脅威は計り知れない」。米欧とイランの間にある根深い不信が問題を複雑にしていることが分かる。

 この状況を打開するため、国連のアナン事務総長は4日、米のPBSテレビで「米とイランの直接交渉」を提案した。これまで、イランとの交渉は英仏独のEU3国、およびロシアが別々に進め、米は加わらなかった。アナン事務総長はこれを改め、米が参加し、「イランに核活動停止の見返りを示すべきだ」と提案した。見返りの具体的内容は示さなかったが、安全保障面の約束と見られている。直接交渉については、ドイツのメルケル首相が3日、ホワイトハウスでブッシュ大統領と会談した際に提案したほか、米議会上院のルーガー外交委員長はじめ複数の議員も提案している。


・ブッシュ政権は強硬姿勢を変えず

 しかし、ブッシュ政権はこうした提案を拒否している。ホワイトハウスのマクレラン報道官は5日、「イランの核開発問題は米国との2国間の問題ではなく、イランと世界の間の問題」と述べ、直接交渉はしないと強調した。米国は1979年、イランのホメイニ革命の際、テヘランの大使館を学生団体に占拠され、大使館員52人が444日間にわたって人質に取られる屈辱を味わった。それ以来、イランと断交し、硬直した関係が続いている。直接交渉の拒否は、ブッシュ政権はこれを緩める積もりは当面ないとの意思表示だろう。

 今回の核活動の停止問題でも、ブッシュ政権は安保理が英仏提案の決議案を可決すれば、これに基づいて制裁するが、可決できない場合でも、有志連合を結成して制裁するとの方針を固めている。当面、米として直接交渉はせず、制裁に進むとの強硬方針なのだ。この問題を担当している国務省のバーンズ次官は2日、その場合の制裁措置として次のような項目を挙げた。

・イランへの軍民両用の核技術輸出制限
  ・武器輸出禁止 
・イラン高官の海外渡航拒否

 だが、こうしたブッシュ政権の強硬姿勢に対し、EU内には異論がある。EUの外交・安保担当のソラナ上級代表はブリュッセルで4日、「有志連合について語るのは時期尚早」と述べた。安保理で、英仏提案の決議案を中心に結束する必要がある時、有志連合という安保理の外の問題を持ち出すのは、結束を乱すという批判だ。この批判の背景には、安保理決議にせよ、有志連合にせよ、イラン制裁に踏み切った場合、イランの反発に対する不安があることも間違いなかった。


・中東非核化を目指す交渉が必要

 イランの最高指導者ハメネイ師は4月26日、労働者の集会で演説し、「米国がイランを攻撃すれば、イランは全世界で報復し、2倍の損害を与える」と強調した。国連安保理の制裁決議も、有志連合の制裁も、イランから見れば、すべて米国の攻撃となる。それに対するイランの反撃は、イスラエルへの攻撃やペルシャ湾の石油ルート妨害など様々な面にわたると予想されている。危機が深まれば、石油価格はさらに高騰するに違いない。

 それを避けるには、交渉でイランに核兵器開発を断念させる以外に手はない。それには、ブッシュ政権が直接イランと交渉するべきである。IAEAは2月4日の決議で、「イランの核問題の解決が世界および中東の非核化に貢献する・・・」とうたった。エジプトなどが主張する中東非核化構想(イランの核だけでなくイスラエルの潜在核も含め、中東全域の非核化する構想)をIAEAが初めて取り入れた決議だった。イランに対し核放棄を説得するには、この決議の精神を生かす必要がある。

 イランが核開発に固執する理由の1つが、イスラエルの潜在核に対抗するためであることは容易に想像できる。イスラエルの核には触れずに、イランの核開発放棄を迫っても、イランは承服しかねるだろう。その点、米の歴代政権はイスラエルの核事情にも通じている。その米国が前面に出て、将来の中東の非核化も視野に入れた交渉を展開する必要があるのだ。


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