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米韓同盟の曲がり角、戦時作戦統制権の還収
持田直武 国際ニュース分析

2006年8月27日 持田直武

在韓米軍司令官が、朝鮮戦争以来保持してきた戦時作戦統制権を数年内に韓国に返還する。自主国防を掲げる盧武鉉大統領の要求に応じたのだ。今後、米韓連合軍司令部の解体、駐留米軍の役割縮小も予想され、米韓安保体制は大きく変質する。韓国内には、北朝鮮に対する抑止力の低下を懸念する声もあるが、計画は動き出した。日本への影響も必至となる。


・韓国の返還要求に米はあっさり合意

 戦時作戦統制権の返還問題が交渉のテーブルに載ったのは昨年10月、ソウルで開かれた米韓安保協議会が最初だった。朝鮮日報によれば、韓国の尹光雄国防相が「返還のための協議」を要求したのに対し、ラムズフェルド国防長官は「同意するが、朝鮮半島の平和と安定の促進に役立つとの条件のもとで進めるべきだ」と初めは慎重な姿勢を示した。ところが、それから10ヵ月後の米韓安保政策構想会議で、米側は09年という早期返還を提案。12年頃の返還を見込んでいた韓国側をびっくりさせた。米側は推進中の軍再編を視野に入れ、韓国の要求を逆手にとった感もある。

 戦時作戦統制権の返還は盧武鉉大統領の念願だった。韓国軍の作戦統制権は、朝鮮戦争勃発直後の50年7月14日、当時の李承晩大統領がマッカーサー国連軍司令官に委任。その後、平時の作戦統制権の返還はあったが、戦時の作戦統制権は米韓連合軍司令官(在韓米軍司令官が兼務)が保持してきた。しかし、自主国防を掲げる盧武鉉大統領は「作戦統制権こそ自主国防の核心」と主張。今年の光復節(8月15日)の演説でも、現在の状態は「国軍統帥権に関する憲法の精神にも一致しない非正常な状態」と述べ、「返還でこれを正常に戻す」と強調した。

 韓国側のこうした積極的な動きもあって、実務者間の返還交渉も進捗。9月14日には、盧武鉉大統領は訪米してブッシュ大統領と会談。さらに10月には、国防相による安保協議会を開催して、最終合意を目指すことになった。返還の時期は、米が09年を主張しているのに対し、韓国は12年を主張。これをどう調整するかだが、盧武鉉大統領は8月9日聨合通信のインタビューで、「09年―12年の間の何時でも構わない。今すぐ委譲されても十分行使できる」と述べ、08年2月までの自分の任期中の返還も視野に入れているかのような発言をした。


・韓国内に根強い返還反対論

 この盧武鉉政権のテンポの早い動きに対し、韓国内から強い反対運動が起きる。8月10日には、歴代政権の国防相や軍の長老17人が返還反対の声明を発表した。また、朝鮮日報、中央日報などの新聞は学者や元外交官などを動員、返還を疑問視する立場から大規模なキャンペーンを展開している。中央日報系列の調査機関が8月9日に実施した世論調査によれば、返還反対は51.1%、賛成は43.5%。返還反対の理由は、米韓軍事同盟が弱まるからが55.6%で最も多かった。北朝鮮に対する戦争抑止力が低下することを懸念していることがわかる。

 その代表的な意見が、金大中政権下で国防相や情報院長官を歴任した千容宅氏が8月17日の朝鮮日報に寄せた談話である。同氏は次のように抑止力低下の懸念を表明した。「在韓米軍司令官が戦時作戦統制権を持つ現在の米韓連合軍体制下では、戦争が起きれば、米軍は無条件に介入し、最新鋭の戦闘機3,000機、海軍5個船団、兵員66万の増援部隊を投入することになっている。これに勝る戦争抑止力はない。しかし、戦時作戦統制権を韓国軍司令官が持つことになれば、米韓連合軍は解体され、抑止力は大幅に低下する」。

 この主張に対し、大統領府は8月23日、インターネットのホームページに安全保障政策室名義で反論を掲載、米軍司令官が戦時作戦統制権を持っていれば、米軍が自動介入するという論理は「無知の所産」だと批判した。米軍司令官が戦時作戦統制権を保持していても、増援部隊の投入は、米議会が決議する必要があり、自動介入、あるいは無条件介入は出来ない。従って、作戦統制権を米韓のどちらの軍司令官が持っていても同じだという主張である。これに対し、李相薫、金東信両元国防相は「現在の米韓連合軍体制下では、北朝鮮が韓国に侵攻してきた場合、それは同時に対米攻撃と見なされ、自動的に米軍は増派される」と再反論した。


・認識不足か、政治的効果をねらった恣意的発言か

 この論争の過程で、作戦統制権について盧武鉉大統領と軍や外交関係者の間に認識の違いがあることも浮上した。同大統領は8月9日、聨合通信とのインタビューで返還に関する包括的説明をし、その中で「作戦統制権こそ自主国防の核心だ。そして、自主国防こそ主権国家の要だ」との自説を繰り返した。これに対し、朝鮮日報は匿名の国防大学教授の「作戦統制権は軍事作戦の効率の上の問題でしかなく、国家の主権とは無関係」という発言などを伝え、大統領の認識に反論した。

 盧武鉉大統領はまた上記インタビューで、「韓国は自分の国の軍隊の作戦統制権も持っていない世界で唯一の国」と主張した。しかし、朝鮮日報はこれについても、「誤解だ」と決め付けている。英独仏などNATO(北大西洋条約機構)加盟国は自国軍隊の一部をNATO軍司令部に拠出し、戦時作戦統制権をNATO軍司令官(米軍司令官)に委任する。これは、韓国が首都警備司令部傘下の部隊や特殊部隊などを除く韓国軍を米韓連合軍に参加させ、戦時作戦統制権を米韓連合軍司令官(在韓米軍司令官が兼務)に委任しているのと同じである。

 盧武鉉大統領は意図的かどうか別にして、作戦統制権(Operational Control)と指揮権(Command)を混同して使っている。軍の指揮権、いわゆる統帥権は国家の最高指導者が持つ最高権限で、この委任、あるいは委譲はありえない。それをすれば、主権の喪失になる。これに対し、作戦統制権は統帥権者の決定を実行する実務者の権限で、戦時には、1人の司令官の下に一本化する必要がある。米韓連合軍司令官の場合、統帥権者は米韓の大統領であり、司令官はこの2人が決定した方針を実行する。盧武鉉大統領が「韓国は作戦統制権を持たない唯一の国」などと発言するのは、認識不足からというより、政治的効果をねらったものとの見方もある。


・返還は日本にも多大な影響

 戦時作戦統制権の返還交渉は実務者間ではすでに90から95%進み、10月の米韓安保協議会で最終決定することが確実だ。決定すれば、在韓米軍は現在の2万5,000人から更に縮小、米韓連合司令部は解体、米軍司令官の階級も現在の大将からさらに下位の将軍に格下げされる。この見通しに対し、韓国の次期大統領の有力候補は野党ハンナラ党の朴槿恵前代表はじめほとんどは、返還は時期尚早、あるいは反対、中には大統領に当選した場合、返還を再検討するという立場を示している。しかし、一度決定すれば、再交渉はまず難しいと見られている。

 米側は当初こそ返還に慎重だったが、最近は積極的になった。国防総省のホームページで、韓国内の反対意見に配慮、返還しても同盟関係は維持され、在韓米軍の縮小も限定的などと不安の解消に努めている。しかし、本音は、これを機会に反米感情の強い韓国から可能な限り手を引くことにあることも間違いない。在韓空軍は反米デモなどの影響もあって射撃訓練場がなく、今はタイなどに出張して射撃訓練をしている。また、04年11月に設置した光州空港のパトリオット・ミサイル16基は反米デモのため12月中に東海岸に移転せざるをえなくなった。

 米が韓国に代わるものとして期待するのが、韓国に較べればデモも少ない日本である。世界的規模の米軍再編の一環として、すでにワシントン州の米陸軍第一軍団が座間基地に08年に移駐することが決まっている。朝霞駐屯の陸上自衛隊中央即応集団も同基地に移駐して統合作戦部隊を組織する。韓国政府は、在韓米軍が台湾有事にあたって韓国から出撃することに反対、機動化を推進する米国には大きな足かせだった。戦時作戦統制権の返還は、米にとってはこうした韓国の問題から足を抜き、日本に軍事機能を集中させる恰好の機会を与えることになる。


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