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トルコとイラクの危険な対立
持田直武 国際ニュース分析

2007年10月28日 持田直武

トルコ軍がイラクのクルド人自治区に侵攻する動きを見せている。トルコからの独立を目指すクルド人ゲリラの基地を攻撃するためだ。交渉による事態収拾の動きもあるが、情勢は流動的。トルコが侵攻すれば、同じ問題を抱えるイラン、シリアも行動を起こす恐れがある。中東にもう1つの戦線が開かれかねない。


・ゲリラ攻撃の犠牲者が多発し、世論が沸騰

 トルコ議会は17日、トルコ軍がイラク領内のクルド人ゲリラ基地を攻撃する権限を承認した。同ゲリラは、トルコ領内に居住するクルド人の独立を目指す武装組織で、戦闘員は数千人。トルコ軍部は1年前からイラク領内にある同ゲリラの基地を越境攻撃する権限を要求してきたが、エルドアン首相が押さえていた。しかし、最近トルコ軍の車両や民間のバスが攻撃され、多数が犠牲になる事件が多発。世論が沸騰し、同首相が攻撃の権限を要請すると、議会は圧倒的多数で承認した。

 この動きを背景に、トルコのババジャン外相が23日、イラクを訪問してゼバリ外相と会談。トルコのアナトリア通信によれば、ババジャン外相はこの席で次のような4項目をイラク政府に要求した。

1) クルド人ゲリラ基地の撤去
2) 主要なゲリラ指導者の引渡し
3) ゲリラ・グループの移動制限
4) ゲリラへの補給禁止

 これに対し、イラクのゼバリ外相は会談後の記者会見で「積極的に協力する」と回答した。そして26日、ジャシム国防相がトルコを訪問して、ゲリラに対する物資補給や、資金の供給ルートを遮断し、「ゲリラがイラク領内から国外に去るよう圧力を加える」と約束した。しかし、トルコ側が期待していた軍事力の行使については、イラク側は「その予定はない」と拒否。また、イラク北部を管轄する米軍のミクソン司令官も軍事力は行使しないと述べ、トルコの不興を買った。


・本格的な越境攻撃は11月5日以降か

 この状況が続けば、トルコ国内の不満はつのり、攻撃を求める世論が強まることは間違いない。そして、攻撃するとすれば、その時期はエルドガン首相が訪米してブッシュ大統領と会談する11月5日以降というのが大方の見方だ。それに先立って1日、ライス国務長官がトルコを訪問、同首相と会談するほか、2日にはイスタンブールでイラク安定化会議が始まる。トルコはこれらの協議で各国の反応を探った上で、越境攻撃に踏み切るかどうかを決断するとみられる。

 しかし、トルコが攻撃に踏み切れば、その影響は計り知れない。米とは、下院外交委員会が10日、オスマン・トルコ時代のアルメニア人虐殺を非難する決議を可決した件で関係が悪化、トルコは駐米大使を引き揚げた。さらに、トルコがイラク北部を攻撃すれば、ブッシュ政権のイラク安定化計画が狂い、米軍の段階的撤退にも支障が出かねない。イラク内では比較的平穏なクルド自治区にもう1つの戦線が生まれ、隣接するイランやシリアにも影響することは間違いない。

 トルコと同じ様に多数のクルド人を抱えるイランやシリアは独立運動の国内への波及を恐れ、これまでもしばしば介入した。今回も、イランはすでに過去数週間、北部イラクに砲撃を加えているほか、トルコ訪問中のシリアのアサド大統領も17日「シリアも越境攻撃をする権利がある」と語った。イラクでは、最近になってようやく武装勢力の攻撃が弱まる兆しをみせ、収拾への方向に向かうかにみえた。しかし、トルコが攻撃をすれば、また混乱が拡大する恐れがある。


・独立運動激化は米のイラク攻撃の副産物

 クルド人はトルコ、イラン、イラク、シリアにまたがる地域に居住する民族で人口は合計2000万人余りと推定される。中東では、アラブ民族、ペルシャ民族、トルコ民族に次ぐ4番目の規模。その居住地域をクルディスタンと呼ぶが、13世紀から20世紀初頭まで、オスマン・トルコ帝国の支配下に置かれ、これまで国家を持ったことがない。数千万の人口を持つ民族が一定地域に居住しながら国家を持たない例はクルド人だけで、それだけに独立が悲願となった。

 そのクルド人にも、独立の声がかかったことが一度だけある。第一次世界大戦で、米英など連合国がオスマン・トルコ帝国を破り、講和条約としてセーブル条約を締結。その中で、クルド民族に1年以内の独立を前提に自治を認めることを決めた。ところが、連合国はその後、オスマン帝国を継承したトルコとローザンヌ条約を締結。この中で、講和条約を修正してクルド人国家の樹立を取り消し、クルディスタンをトルコ、イラク、イラン、シリアに分割してしまう。

 現在、クルド人はトルコに約1000万人、イランに約620万人、イラクに約400万人、シリアに50万人が居住している。そして、互いに連携しながら各国ごとに独立運動を推進し、その一部はゲリラなどの地下活動をしている。03年3月、米がフセイン政権を倒すためイラク攻撃に踏み切った時、中東諸国にはクルド人の独立運動を刺激するとの見方もあった。トルコがイラクのクルド自治区に対する越境攻撃に踏み切り、周辺諸国に影響が拡大すれば、それは杞憂でなかったことになる。


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