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米イラク政策の混迷
持田直武 国際ニュース分析

2007年1月21日 持田直武

ブッシュ政権の新イラク政策に反対する動きが広がった。米議会では、米軍増派に対する反対が民主党に加え共和党内にも拡大した。イラク政府も米軍主導でバグダッドの治安回復作戦が進むことに不満を隠さない。11月の期限までに治安が回復しなければ、マリキ首相退陣との見方も浮上している。


・ベトナム以来最大の外交的失敗を招く

 ブッシュ大統領が米軍増派を柱とするイラク新政策を発表したのが1月10日夜。翌日の米議会は反対の嵐に包まれた。その中で、最も厳しい批判は大統領の身内の共和党内からあがった。上院外交委員会で、共和党のヘイゲル上院議員が「新政策を実施すれば、ベトナム戦争以来最大の外交的失敗になる」と主張して増派に反対。議場はどよめき、同調の拍手が起きた。ヘイゲル議員は08年の大統領選挙出馬の下馬評もある共和党有力議員。今後、民主党議員と協力して増派反対の決議案を提出する予定で、共和党からもかなりの議員が同調する動きを示している。

 同委員会には、ライス国務長官も出席、批判の矢面に立った。民主党のボクサー上院議員は「戦闘で犠牲を払うのは誰か」と同長官を詰問。同長官が「兵士たちが犠牲を払うのは十分認識している・・・」と答えるのを途中で遮り、ボクサー議員は「問題はそんなことではない。増派を決定した長官たちが犠牲を払わず、兵士や家族が犠牲になることだ」と追及した。米兵の死者が昨年末で3,000人を超え、9・11テロ事件の犠牲者をオーバー、米国内に反戦機運が高まった。それを反映して、議会のやり取りも感情的になってきた。

 米メディアも批判的な論調が圧倒的だ。ニューヨーク・タイムズは14日、ブッシュ大統領は「イラク国民の恐怖と米国民の苦悩を理解せず、現実離れの政策に踏み出そうとしている」と批判。「今必要なのは、大統領がイラクから抜け出す道を描き、そのあとのイラクの混乱を最小限に押さえる手段を講じることだ」と主張した。また、ワシントン・ポストも「イラク情勢が安定する可能性は低く、米兵の犠牲が増えるだけ」と危惧の念を表明。ロサンゼルス・タイムズは、宗派間対立を放置する「イラク政府の責任を早くから追及するべきだった」と批判した。


・イラク政府は警戒心を隠さず

 この米国内の批判の一方で、イラク政府も新政策への不満を隠さない。マリキ首相はブッシュ大統領が新政策を発表した当日、予定していた記者会見に姿を見せず、声明も出さなかった。代わりにダバグ報道官が「イラク政府の目標は米軍の撤退を実現すること」と強調。「そのため多国籍軍を増やし、治安を確保するのであれば反対しない」と含みのあるコメントをした。マリキ首相は11月、ブッシュ大統領とヨルダンで会談した際、「バグダッドから米軍を引き揚げ、周辺の基地で待機する」よう要求した。ところが、新政策は米軍を増派してバグダッドに投入する。マリキ首相が不満なのは明らかだった。

 ブッシュ政権が増派米軍をバグダッドに投入するのは、宗派間抗争の主役、シーア派強硬派サドル師の民兵マフディ軍団を押さえ込むためだ。しかし、同師はマリキ首相を支える後見人でもある。ブッシュ大統領が新政策を発表した翌日、同首相はバグダッド地区のイラク軍総司令官にシーア派の反米将軍として知られるカンバル中将を任命。米軍がバグダッド掃討作戦に乗り出す前、先手を打った。そして17日、シーア派の民兵430人を拘束、次いで19日、サドル師の筆頭補佐官ダラジ氏を逮捕したと戦果を発表した。だが、これをまともに受け取る向きは少ない。

 ブッシュ大統領の新政策は、11月までに全土の治安維持権限をイラク軍に委譲するのが目標。その焦点はバグダッドの治安回復だ。12日のニューヨーク・タイムズは、シーア派政治指導者が「マリキ首相はこの目標を達成できない。米はそれを織り込んで計画を立てた」と語ったと伝えた。同首相の退陣を想定しているというのだ。同首相には、民兵を解体する力も経済を再建する力もないというのが、イラク政界の共通の認識である。そのため、民兵の問題が深刻化すれば、同首相は辞任する以外に道はないというのだ。マリキ首相が新政策を警戒するのは当然ということになる。


・共和党支持層と親米アラブ諸国の支持が頼り

 ブッシュ大統領は14日CBSテレビで、「反対は知っているが、私は決断した。前進するだけだ」と語り、強気の姿勢を崩さない。この強気を支えるのは、共和党有権者の支持が底堅いことである。Pew 世論調査所が10―15日にかけて実施した調査では、共和党支持者の72%は米軍のイラク駐留がイラク政府の強化に役立つと考え、62%はイラク戦争が米本土をテロから守ると評価した。民主党支持者の考えは逆で、62%は米軍駐留がイラク政府を弱体化すると考え、イラク戦争が米本土をテロから守ると考えるのは23%しかいない。米世論は党派別に2分状態なのだ。

 新政策を支持するもう1つが、親米アラブ諸国だ。サウジアラビアなどアラブ諸国8カ国の外相は16日クウエートで会談、「湾岸防衛のため米国の関与を歓迎する」との共同声明を発表して、ブッシュ政権の新政策を支持した。これら諸国はほとんどがスンニ派政権、イラクの混乱に乗じてシーア派のイランやシリアが勢力を拡大することを警戒、米軍駐留を支持してきた。ブッシュ政権もこれに応え、昨秋から湾岸協力会議加盟6カ国にエジプト、ヨルダンを加えた親米8カ国の会議を組織した。イラク内部のシーア派とスンニ派の対立が地域の二分化を促進している面もある。

 イラク駐留米軍のケーシー司令官は、視察に訪れたゲーツ国防長官と19日記者会見し、「米軍増派によって、バグダッドの住民は夏の終わりには安全を実感できる」と述べ、増派部隊はその頃撤退を開始できるとの見通しを示した。そうなればよいが、ならなくても、今の米議会の動きなどから見て、米軍は早晩撤退を余儀なくされるに違いない。そのあとのイラクはどうなるのか。油田地帯を混乱のまま残して良いのかどうか、ブッシュ政権は国際世論の反対を押し切って開戦し、今の混乱を招いた責任もある。撤退の前に、よく考えなければならない。


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