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6カ国協議、金融制裁譲歩の効果
持田直武 国際ニュース分析

2007年3月25日 持田直武

銀行送金の遅れが6カ国協議を休会に追い込んだ。米とマカオ両政府のはからいで、北朝鮮に対する金融制裁を解除、資金の凍結も解いた。だが、マカオから北京まで送金できなかった。もともと凍結した資金の大半は、米財務省が違法行為の証拠と認定したダーティ・マネー。銀行が送金しようとしても、口座の名義人が死亡するなどで、確認できないものもあるという。


・問題の真相はまだ闇の中

 金融制裁解除は、北朝鮮が6カ国合意を実施する条件として要求した。期限は2月13日の同合意成立から30日以内。米もこれに答え、3月14日にマカオの銀行バンコ・デルタ・アジアに対する捜査を終了。19日には、同銀行の北朝鮮関連資金2,500万ドル全額の凍結を解除した。この結果、北朝鮮は北京にある中国銀行の口座へ送金できる筈だった。ところが、この送金ができなかった。北朝鮮の金桂寛外務次官は20日から6カ国協議をボイコット、22日には議長国中国の武大偉外務次官にも無断で帰国し、6カ国協議を休会に追い込んだ。

 送金ができなかった理由については、まだ不明な点が多い。米財務省のグレーザー次官補代理は19日、凍結を解除した時の声明で「北朝鮮の提案で資金を北京の中国銀行にある北朝鮮口座に移す」と述べた。一方、マカオ政府金融管理局も同日の声明で「資金の処理は顧客の指示に基づき適切に処理する」と約束した。このため、関係者は北京で待つが、金は届かない。実は、中国銀行が送金の受け取りを拒否していたのだ。同銀行の李礼輝頭取は22日香港で記者会見し、「合法的な経営が必要」と強調、遠まわしにダーティ・マネーを扱うことはできないと拒否の理由を説明した。

 だが、なぜ扱えないのか疑問は消えない。武大偉外務次官の記者会見では、記者団から「小切手か現金にしてトラックで送れないのか」と質問が出た。これに対し、同次官は「それほど簡単ではない。我々はもう5日間も送金方法を考えた」と答えたが、送金できない理由は説明しなかった。バンコ・デルタ・アジアの北朝鮮資金は50余りの口座に分れているが、中には死亡した朝光貿易総支配人の名義のものや、架空名義もあるという。送金には、名義人本人の意思確認が常識で、こうした口座の不備が送金を遅らせているとの見方もあるが、確認はできない。


・ダーティ・マネーを解除したブッシュ政権にも責任

 混乱の責任の一端は凍結資金を全額解除したブッシュ政権にもある。同政権は19日、北京で6カ国協議が再開される直前に凍結資金2,500万ドルの全額を解除した。それまでは半額程度の解除と見られていただけに、この措置は意外だった。22日のワシントン・ポスト(電子版)によれば、財務省は直前まで、違法性のない資金だけ約半額を解除する予定だった。しかし、国務省の強い要求で全額を解除することに決まったという。その結果、違法性を含む資金全体の送金ができないという問題が起きたと見られるのだ。

 米財務省は24日、北京から帰国したばかりのグレーザー財務次官補代理を急遽北京に送り返した。北朝鮮の資金問題を扱ってきた5人の捜査チームも同行している。この陣容から見て、問題は単なる送金手続きではなく、資金そのものに関わるものではないかとの見方も出ている。バンコ・デルタ・アジアに資金を預けた朝光貿易の名義人は北朝鮮の政権首脳に直結する人物だったと言われる。財務省はこれまでの捜査で、その背景を掴んでいるはずである。送金問題の解決のため、この捜査チームを派遣したことが一層憶測を深めている。

 もう1つの疑問は、この問題に対する中国の姿勢だ。唐家セン国務委員は22日、送金問題で6カ国協議が休会になったあと、記者団に対し「銀行には銀行の立場がある」と述べ、中国銀行が送金の受理を拒否したことに理解を示した。中国銀行は国営銀行だが、香港と上海に株を上場、経営は独立している。建前は唐国務委員の発言どおりだが、北朝鮮はこれに不満なのは間違いない。金桂寛外務次官は22日の突然の帰国にあたって、6カ国協議議長の武大偉外務次官に連絡もしなかった。こうした不満が背景にあったと見てよいだろう。


・米は核施設無能力化に強気の見通しだが

 6カ国協議は休会になったが、ブッシュ政権は早期再開を楽観している。ヒル国務次官補は22日の記者会見で「協議は1−2週間以内に再開できる」と語った。そして「すべての核施設の無能力化を年内に実施することも可能」とも述べた。2月の6カ国協議では、初期段階の措置として、北朝鮮は寧辺の核施設の活動停止、IAEA(国際原子力機関)の査察チームの復帰、すべての核計画の一覧表を協議、これらを4月14日までに実施することで合意した。そのあと、核施設の無能力化をするが、ヒル次官補はこれを年内に実施するとの強気の見通しを示したのだ。

 だが、北朝鮮が米と同じように考えて行動するか、疑問もある。北朝鮮が送金問題で見せたような非協調的姿勢を取れば、初期段階の措置を期限内に完了することは難しくなる。また、25日から31日まで、米韓両国が北朝鮮を仮想敵とする恒例の合同軍事演習「フォール・イーグル」を実施する影響も考えなければならない。北朝鮮外務省報道官は、この演習を「我が国に対する米の敵視政策の現われ」と強く非難、「6カ国協議に影を落としている」とも述べている。この演習が続いている時、北朝鮮が協議に応じるとも思えない。

 また、朝鮮総連の機関紙、朝鮮新報は20日「たかだか重油100万トン程度の支援をもらうため、戦争抑止力の母体とも言うべき核施設を廃棄することはあり得ない」と強調。「米は朝鮮を敵視する法的、制度的すべての措置を廃止しなければならない」と主張した。同紙は北朝鮮政府の見解を正確に伝えると言われるが、これが事実とすれば、ブッシュ政権との意見の差は限りなく大きい。6カ国協議が最終目標とする朝鮮半島の非核化はもちろん、すべての核施設の無能力化も、簡単には実現しないと思わなければならないようだ。


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