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米・イラン関係の岐路
持田直武 国際ニュース分析

2007年6月3日 持田直武

米とイランが27年ぶりに直接協議を開催した。議題はイラク情勢の安定化。米のねらいは、イランのイラク武装勢力支援を阻止し、米軍撤退に道を開くことだ。これに対し、イランはイラン・イラク・米3者による治安委員会の設置やイラク軍の再編成など幅広い提案をし、米に対応を迫った。


・焦点は3者治安委員会の設置

 米・イランの大使級会談は5月28日、バグダッドで4時間続いた。米代表のクロッカー・イラク駐在大使は会談後の記者会見で「会談はビジネスライクで、有意義だった」と語った。また、イランのカゼミコミ・イラク駐在大使も別の場所で会見し「イラン・イラク・米3者治安委員会の設置」を提案したことを明らかにし、「1ヶ月以内に再び会談することになるだろう」と語った。AP通信によれば、両大使の記者会見での発言は次のような内容だった。

・イランのカゼミコミ大使
「イランはイラン・イラク・米3者治安委員会を設置し、現在のイラク軍と警察部隊を再編成して、新しい軍と警察を組織するよう提案した。その訓練には、イランがあたり、装備も提供する。米軍が現在進めているイラク治安部隊の再建は、イラクの現状に適さない。イランはまた、米の侵攻で破壊されたイラクの社会インフラ再建にも協力すると提案した」。

・米クロッカー大使
「イラン側の提案については、ワシントンで詳しく検討しなければならない。会談でイラン側が説明した政策と方針の基本部分は米の立場に極めて近かった。イランがこの説明どおりに行動することを期待している。しかし、現実には、イランは武装勢力に武器や資金を与え、イラク軍や米軍を攻撃するのを支援している。こうした行動を停止しなければならない」。


・ブッシュ政権は提案に応じるか

 米・イランの公式協議は1980年、米大使館員人質事件で両国が断交して以来27年ぶりだ。その間、イランは何度か話合いの機会を探ったようだが、米の歴代政権はまったく応じなかった。今回、ブッシュ政権が応じたのは、イラク情勢の悪化で進退窮まり、イランと協議せざるをえなくなったためだ。イラクで活動する武装勢力にイランから武器が流れ、米軍攻撃に使われる。中でも、米軍がEFPと呼ぶ特殊地雷は米軍の装甲車の鋼板を突き破る威力があり、米兵の死傷者が急増している。これらの武器と活動資金の流れを絶つことが欠かせなくなった。

 今回の協議で、米のクロッカー大使がイランに要求したのは、まずこの流れを止めることだった。イラン側がこれにどう答えたのか明らかになっていない。カゼミコミ大使は記者会見で、この件についての質問に答え「我々は深刻な問題とは考えていない」と一蹴した。代わりに、イランが米に提案したのが、イラン・イラク・米の3者治安委員会を設置し、イラクの軍と警察を再編成し、新しい組織にすることだった。それをイランが訓練し、装備も提供する。また、破壊された社会インフラの再建にも協力するという提案だった。

 クロッカー大使は記者会見で、これらイラン側の提案に対し、「ワシントンで検討する」と述べ、賛否の判断はしなかった。だが、ブッシュ政権にとって簡単に答が出る問題でないことは確かだった。米国内には、まだイランに対する強い不信感が残っている。79年のホメイニ革命の際、米大使館員52人を444日間も人質にした記憶が消えていない。3者治安委員会を設置することは、米とイランが今後イラクの治安維持に共同であたることになりかねない。米国内の世論は、ブッシュ政権がこれに応じるのを許さないだろう。


・イランのねらいは中東での主導的立場

 イランがイラク再建に関与する姿勢を見せたのは、これが初めてではない。カゼミコミ大使は1月28日のニューヨーク・タイムズのインタビューで、「イランはイラクの安保と経済の再建に協力する」と次のような計画を明らかにした。イラン・イラク両国が合同治安委員会を設置、国境のパトロールなどを合同で実施する。また、イランが軍事顧問団を派遣してイラク治安部隊の訓練や装備を提供する。このほか、経済再建のための電力供給や農業改良計画に協力するほか、イラン中央銀行のバグダッド支店など銀行の支店も開設する。

 この案では、治安委員会はイランとイラクの2者が設置するとなっていたが、今回米と協議するにあたってイラン・イラク・米の3者となった。5月29日のクリスチャン・サイエンス・モニター紙(電子版)によれば、「イランの最高実力者ハメネイ師は5月中旬、米国との対話ルートを探るよう側近を叱咤した」という。3者委員会が実現すれば、米との恒常的な対話ルートができることになり、イランのイラク問題介入に正当性を与えることになる。それは、イランの対イスラエルをはじめとする中東戦略に大きな重みを与えるのは間違いない。

 今回の米・イラン直接協議は議題をイラク問題に限った。しかし、3者治安委員会をはじめとするイラン側の提案を詰めて行けば、核開発の問題を避けるわけにはいかない。核開発がイラン中東戦略の中心にあることは明白だからだ。イスラエルは、米が協議でイランに対し柔軟姿勢をとるのではないかと懸念を隠さない。イラク国内のスンニ派や、サウジアラビアはじめ周辺のスンニ派諸国も、イランがイラク問題に深入りすることに不安を抱いている。ブッシュ政権が米軍撤退を実現するには、イランとの交渉は不可欠だ。同時に周辺諸国の懸念にも答える包括的な対応が必要になる。


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