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南北首脳会談 キーワードは民族同士
持田直武 国際ニュース分析

2007年8月26日 持田直武

韓国と北朝鮮が2回目の首脳会談を開催する。その合意文で、双方は「民族の精神を土台に民族の共同繁栄の局面を開く」と民族の一体化を強調。盧武鉉大統領は閣議で「経済共同体の形成を目指す」と抱負を述べた。会談が経済協力に重点を置くことは明らかで、核問題は主要な議題にならない見通しである。


・民族の共同繁栄目指し経済協力関係を優先

 韓国と北朝鮮が8月8日発表した首脳会談の合意文はわずか9行の短いものだった。双方は、その中で民族という言葉を次のように2回も使った。「(今回の)首脳会談は、(7年前の)南北共同宣言と我が民族の精神を土台に南北関係をより高い関係に拡大し、発展させ、朝鮮半島の平和と民族の共同繁栄、祖国統一の新たな局面を開く上で大きな意味を持つ」。分断国家、韓国と北朝鮮にとって「我が民族」という言葉は同胞意識を喚起してやまない、殺し文句である。

 前回2000年の首脳会談では、南北共同宣言の第1項で「統一問題は、我が民族同士が力を合わせ、自主的に解決していく」と宣言。米をはじめ外国勢力の介入を排除する姿勢をアピールした。それ以来、北朝鮮はこの「我が民族同士」という言葉を韓国向けの声明や報道で多様。インターネットには「我が民族同士」というサイトもつくった。韓国内の親北勢力もこれに呼応する動きを活発化。我が民族同士という意識が、北朝鮮に対する太陽政策や経済援助推進の原動力になった。

 今回、首脳会談の合意文が我が民族の精神を強調したことで、会談が目指す方向もおぼろげながら見えた。韓国の盧武鉉大統領も14日の閣僚会議で、「北朝鮮と経済共同体を形成することが平和にとっても重要」と強調。「核兵器や恒久平和体制の議論も欠かせないが、経済面の相互依存関係を築くことが平和維持にも役立つ」と語った。首脳会談では、核問題や朝鮮休戦協定の平和体制への転換など対立を招きやすい問題は避け、経済協力関係を優先するという意思表示である。


・韓国は大規模な経済協力を提案予定

 今回の首脳会談は8月5日、韓国の金万福国家情報院長と北朝鮮の金養建統一戦線部長の会談で決まったが、韓国政府がこの会談で提案する「南北経済共同体構想」はすでに数年前から計画していたものだという。朝鮮日報によれば、この中には、開城―新義州をつなぐ高速道路建設、主な工業団地に火力発電所建設、南浦・新義州経済特区開発への韓国大手企業の参加、重化学工業への投資、南北自由貿易協定締結、双方の首都に経済協力のための代表部設置などのプロジェクトが含まれる。

 盧武鉉大統領は15日、日本の植民地支配終息を記念する演説で、この南北経済共同体構想に言及、首脳会談で同構想に合意すれば、実現に向けて協議を開始する意向を示した。北朝鮮に対する経済協力はこれまでコメや肥料支援など、北朝鮮に不足する消費財の提供が主だった。しかし、あらたな経済協力は産業の基幹部門に大規模な資本投資と技術提供を継続的に実施し、北朝鮮の生産性を高め、北朝鮮国民の生活水準を向上させることが目的となる。

 問題はこの大規模投資をまかなう財源である。05年の韓国政府の調査によれば、南北経済協力に投入する金額は06年から15年までで約65兆ウオン(当時の韓国の一般会計予算の半分)に達するとの予測だった。あらたな経済協力はこれをはるかに超えるのは確実。そこで韓国政府は世界銀行など4つの国際金融機関に信託基金を設置して資金導入をはかる案などを計画している。同時に国債の発行や南北統一税のような増税もいずれ不可欠になるとの見方が強い。


・韓国国民は首脳会談を強く支持

 韓国政府が南北首脳会談に積極的なのは国民の支持が高いことが背景にある。今回の首脳会談開催の発表直前、ソウル大学の統一研究所が実施した世論調査によれば、7年前の第1回首脳会談について、回答者の77.3%が韓国社会に良い影響を与えたと肯定的に答えた。そして、66.8%が首脳会談の定例化を支持。南北当局者の会談が統一に寄与すると答えた。また、中央日報が首脳会談開催の発表直後に実施した調査によれば、会談開催支持は80.5%に上昇した。

 この世論に戸惑っているのが、野党ハンナラ党である。同党は金大中、盧武鉉両政権の太陽政策に反対してきたが、最近は方針を転換。7月初め、南北経済協力、南北自由往来、北朝鮮の極貧層に対するコメ無償支援などを骨子とする新北朝鮮政策を発表した。12月の大統領選挙で勝利することを見込んでの方針転換だったが、その政策発表の1ヶ月後に首脳会談が決まった。同党指導部は盧武鉉政権に首脳会談を次期政権成立まで延期するよう求めて拒否されるなど対応は混乱している。

 北朝鮮はかねてからハンナラ党が政権を取ることを警戒。今年1月の朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」の共同社説で「今年12月の選挙では、ハンナラ党など保守反動勢力を葬るべきだ」と主張。その後も「ハンナラ党が政権を取れば、朝鮮半島は核戦争の危機に晒される」などと過激な宣伝を繰り返している。今回の首脳会談で、盧武鉉大統領が提案する長期経済協力は次期政権が継続することが前提。ハンナラ党が政権に就いた場合、北朝鮮との関係を如何に調整するかも大きな課題になる。


・北朝鮮に対する脅威が消える

 盧武鉉大統領は14日の閣議で、「経済面の相互依存関係を築くことが平和を維持する上でも役立つ」と主張、核開発などの安全保障問題は主要な議題としない考えを示唆した。経済協力を進めることが、安全保障にも役立つという考えである。金大中前大統領も12日「核問題が南北首脳会談の負担となり、成果を収める上で障害となってはならない。核問題は6カ国協議で解決するべき問題だ」と主張、首脳会談では経済協力の推進を優先するべきだと主張した。

 韓国の指導層がこのような主張をする背景には、北朝鮮の脅威に対する意識の変化がある。韓国国会の統一外交通商委員会の金元雄委員長は14日のラジオ出演で次のように語った。「日米が北朝鮮を攻撃すれば、北朝鮮は在韓米軍基地を攻撃する可能性がある。日本が北朝鮮を煽れば、北朝鮮は日本を攻撃する可能性もある。しかし、北朝鮮が韓国を攻撃するためにスカッド・ミサイルを持っているとは言えない。事実、北朝鮮は韓国を攻撃すると言ったことはない」。北朝鮮に対する脅威が消えてきたことがわかる。


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