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6ヶ国協議、陰の焦点
持田直武 国際ニュース分析

2007年9月30日 持田直武

イスラエル空軍機がシリアを空爆した。米英の新聞によれば、攻撃目標はシリアが北朝鮮の協力で建設中と疑われる核施設だった。イスラエル特殊部隊は空爆に先立って、同施設を急襲、北朝鮮から持ち込まれた核開発の証拠を押収したという。事実とすれば、6ヶ国協議の成果を根底から覆しかねないが、今のところ関係国の誰も事実を語らず、疑惑だけが膨らんでいる。


・米も了解したイスラエル軍の秘密作戦

 イスラエル空軍機の空爆は9月6日早朝だった。シリア政府はその日のうちにイスラエル軍機が領空侵犯し、爆発物を投下したと非難した。しかし、イスラエル政府は固く口を閉ざし、米政府も公式な論評を避けた。憶測が渦巻く中、21日のワシントン・ポスト紙は米政府筋の話として「イスラエルが空爆したのは、シリアが北朝鮮の協力で建設中と疑われている核施設だった。イスラエルと米政府はこの件で事前に情報を交換していた」と報じた。

 同紙によれば、空爆目標はシリア北部の軍事施設。イスラエルは同施設に北朝鮮の核技術者が滞在しているとして、今年夏からブッシュ大統領と情報を交換。6日早朝、空軍飛行隊を送って空爆したという。また、23日の英紙サンデー・タイムズによれば、空爆の前、イスラエル特殊部隊が同施設を急襲して核兵器開発の証拠となる物質を押収。調べた結果、北朝鮮から持ち込まれたことを確認したという。事実とすれば、これまでの6ヶ国協議の成果を根底から覆しかねないことになる。

 27日からの6ヶ国協議でこの問題に関心が集まったのは当然だった。北朝鮮代表の金桂寛外務次官は25日、北京空港で記者団に「あたまの悪い奴が仕組んだでっち上げだ」と否定。しかし、同次官はその一方で「今度の会議で、これまで達成した措置に合意できれば、非核化は進むが、合意できなければ原点に戻る」と述べ、暗に米側の出方次第で状況は一変すると警告した。米朝協調の推進役だった同次官がこのような強硬発言をするのは異例だった。


・事実不明のまま疑惑が膨らむ

 これに対し、米政府はこの問題に言及するのを一貫して避けている。ブッシュ大統領は20日の記者会見で、空爆関連の質問には答えず、「北朝鮮がもし核拡散をしているなら中止することを期待する」と述べ、一般論として北朝鮮に警告した。また、6ヶ国協議代表のヒル国務次官補も同協議2日目の28日、記者団が「シリアの核疑惑を取り上げたか」と質問したのに対し、「全般的な核拡散の問題を取り上げ、対応策の必要性を訴えている」と答え、具体的に言及するのを避けた。

 米政府がこのような姿勢を取る理由について、イスラエルの情報の信憑性に不安があるためという見方もある。上記サンデー・タイムズによれば、空爆にあたって、米側は確実な核開発の証拠が必要だと主張。このため、イスラエル特殊部隊が出動して証拠を確保したという。しかし、シリアはこれまで化学兵器の入手に積極的だったが、核兵器開発の動きはなかった。上記ワシントン・ポストはこのため複数の専門家がイスラエルの情報に疑問をもっていると伝えている。

 一方、北朝鮮がこの問題でイスラエルを非難したことも疑惑に輪をかけた。北朝鮮が最初にこの問題を取り上げたのは11日。まだ、欧米メディアの関心が高まる前だ。北朝鮮の外務省報道官が朝鮮中央通信(KCNA)の質問に答えて、「イスラエル軍機が6日早朝、シリア領空に侵入、砂漠に爆弾を投下して逃げた」と述べ、イスラエルを非難した。北朝鮮とシリアが友好関係を維持していることは良く知られているが、それにしてもイスラエル非難は異例と受け取られた。


・米朝の足並み乱れ6ヶ国協議難航

 27日からの6ヶ国協議はこれまでになく難航した。今回の協議の目玉は、北朝鮮が核施設の無能力化と全ての核開発計画の申告をすること、これに対し、米が北朝鮮をテロ支援国の指定から解除すること、双方がこれらを年内に実施するための日程表を作ることだった。だが、核施設の無能力化の問題で各国の意見が合わないほか、米はテロ支援国指定解除の年内実施を渋っているという。これまで米朝主導で順調に進んだ協議がここにきて暗礁に乗り上げたかのようだ。

 実は、今回の協議開始前にも、米朝の確執とみられる動きはあった。米政府は18日付けで、北朝鮮とイランの政府系3つの企業がミサイル技術の拡散に関与したとして制裁の対象に指定した。また、ブッシュ大統領は25日の国連演説で北朝鮮やシリア、ミャンマーなどを「人権を無視する野蛮な政権」と糾弾した。2週間ほど前の7日、韓国の盧武鉉大統領と会談した際、「金正日総書記と平和条約に調印したい」と語った時とは180度の変わりようだった。

 6ヶ国協議の議長国中国が今回の協議開催にあたって当初19日を提案したが、北朝鮮だけが回答せず、27日の開催になった。北朝鮮がなぜ回答しなかったのか理由は分らないが、シリアへの核移転疑惑が原因と考えることはできる。核移転は、北朝鮮に核実験まで許してしまったブッシュ政権にとって最後のレッドラインだった。ブッシュ大統領は任期中に核問題解決の見通しを付け、朝鮮半島の恒久的平和体制確立の基礎を築くと抱負を語ったが、メディアの報道が事実とすれば、それどころではなくなる。


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