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北朝鮮のテロ支援国指定解除
持田直武 国際ニュース分析

2007年9月9日 持田直武

米ブッシュ政権が日本人拉致問題の解決を待たずに北朝鮮をテロ支援国リストから外すことが確実になった。北朝鮮が核計画の完全な申告と核施設の無能力化を年内に実施すれば、米国は北朝鮮をテロ支援国リストと対敵通商法の適用から外すという取引が成立したためだ。ブッシュ大統領はさらに北朝鮮の非核化を条件に、関係正常化を目指す考えも表明した。


・テロ支援国解除と無能力化の年内実施で取引

 6カ国協議の米朝作業部会で、焦点の1つは北朝鮮をテロ支援国リストから削除することだった。米代表のヒル国務次官補は9月2日、会議のあとの記者会見で「北朝鮮が年内に全ての核計画の申告と核施設の無能力化を実施することで合意した」と発表。問題のウラン濃縮計画についても、同次官補は北朝鮮が全ての核計画に含ませて申告するとの認識を示唆した。しかし、テロ支援国の問題については「実りある話し合いをし、問題を進める基礎ができた」としか説明しなかった。

 これに対し、北朝鮮外務省のスポークスマンは3日、朝鮮中央通信を通じて「無能力化など一連の措置を年内に実施する」と述べ、米側の発表を裏付けた。その上で、同スポークスマンは「その見返りとして、米はテロ支援国リストから我国を削除するほか、対敵通商法に基づく制裁も解除することも合意した」と付け加えた。ヒル次官補はこれに対し、「解除は、北朝鮮が今後非核化の措置を進めるかどうかにかかっている」と述べ、解除を決めたわけではないと反論した。

 こうした食い違いはあるものの、米がテロ支援国指定を解除する姿勢であるのは疑う余地がない。プリチャード元朝鮮半島担当特使は8月の講演で、「ブッシュ政権は今年1月ベルリンの米朝会談で、北朝鮮が無能力化に着手すれば、テロ支援国指定を解除すると伝えた」と明言した。今回の米朝作業部会で、「北朝鮮がウラン濃縮を含む核計画の完全な申告と核施設の無能力化を年内に実施する」、これと引き換えに、「米は北朝鮮をテロ支援国と対敵通商法の適用から外す」という取引が成立したことが窺える。


・北朝鮮に対する日米の足並み乱れる

 米朝作業部会の進展に較べ、日朝作業部会は大きな動きはなかった。5日から2日間にわたったモンゴルでの会議で、日本は初日に過去の清算問題、2日目に拉致問題を取り上げた。北朝鮮側が関心を持つ過去の清算問題をまず取り上げ、心証を良くするねらいからだ。会談のあと、北朝鮮代表の宋日昊日朝国交正常化担当大使は記者団に対し、「会談の雰囲気はこれまでの接触の中で一番よかった」と評価した。また、「過去の清算を誠実に進めなければならないという点で意見が一致したのも良かった」と述べた。

 しかし、肝心の拉致問題について、北朝鮮側の姿勢に変化はなかった。日本代表団によれば、日本側が会談で、全ての拉致被害者とその家族の帰国、真相の究明、拉致被疑者の引渡しの3点を要求したのに対し、北朝鮮側の答えは「日朝関係は悪化しており、さらなる措置を取る環境にない」という内容だった。日本側は、北朝鮮が調査の再開に応じることを期待していたが、裏切られた。前回3月の日朝部会でも、北朝鮮側は「拉致問題は解決済み」という態度で、取り付く島もなかったが、今回も日本側を納得させるにはほど遠かった。

 モンゴルでこの会議が続いていた頃、東京では朝鮮総連の南昇祐副議長が内閣府を訪問、安倍首相宛ての要望書を戸井田政務官に渡した。内容は、北朝鮮に水害救援物資を送るため、北朝鮮船舶の日本寄航を求めるものだった。しかし、日本は経済制裁で北朝鮮船舶の寄航を禁止している。このため、内閣府は要望書の受け取りを拒否した。しかし、米国からは1週間前の8月31日、米政府の支援物資5万ドル分を含む75トンの救援物資が大型チャーター便で平壌空港に着いた。北朝鮮に対する日米の足並みはこうした面でも乱れている。


・ブッシュ大統領は米朝関係正常化を目指す

 米朝関係が協調の方向に向かって急進展していることは間違いない。ブッシュ大統領は7日、APEC(アジア太平洋経済協力会議)出席のためシドニーを訪問した際、韓国の盧武鉉大統領と会談。韓国大統領府の白鐘天安全保障室長によれば、この会談で、ブッシュ大統領は「我々の目標は朝鮮戦争を終結するための平和協定を北朝鮮の金正日総書記と調印することだ」と述べ、盧武鉉大統領に対し「このメッセージを金正日総書記に伝えて欲しい」と要請した。盧大統領と金総書記が10月2日―4日、平壌で会談するのを踏まえての依頼だった。

 ブッシュ大統領は昨年11月、ハノイで開かれたAPECの際にも、盧武鉉大統領と会談、「北朝鮮が核計画を放棄し、今後再開しないなら、我々は朝鮮戦争の終結宣言をはじめ、経済、文化、教育など全ての分野で協力する用意がある」と述べ、核放棄の見返りに関係正常化をするとの新方針を表明。北朝鮮と直接交渉はしないなどの強硬方針を一変して、直接交渉に乗り出した。それから10ヶ月、米朝の直接協議が進展し、北朝鮮が年内に全ての核計画の申告と核施設の無能力化を実施することがほぼ間違いなくなった。

 ブッシュ大統領が盧武鉉大統領に託した金正日総書記宛のメッセージは、同大統領が残された任期中に朝鮮戦争の終結宣言をし、米朝関係正常化に進む方針を具体的に示したものだ。北朝鮮をテロ支援国リストから削除するのは、その最初の措置で、北朝鮮にとっては、かねてから主張してきた米の敵視政策のシンボルの削除になる。日本政府は拉致事件の解決を削除の条件にするよう主張してきたが、米が拉致事件の解決まで待つことは最早ない。日本政府が過去の清算とからめて独自の外交努力で解決しなければならないのは言うまでもない。


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