2008年11月6日 持田直武
ブッシュ大統領の8年間、米国はイラク戦争や、金融危機で疲弊。覇権国家米国の国際的威信は失墜し、世界はポスト・アメリカ時代に移行するとの予測もある。オバマ次期大統領はこの米国の威信を回復するか、それともポスト・アメリカの世界に歩調を合せる立場を甘受するかを問われる。
・次期大統領への期待は覇権国家の維持
大統領選挙の終盤、ポスト・アメリカの世界という言葉を聞く機会が多かった。ニューズウイーク・インターナショナルのファリード・ザカリア編集長の著書「ポスト・アメリカの世界」が出典だ。趣旨は「現在の世界は中国、インド、ロシア、ブラジルなどが台頭、米国が影響力を振るった時代は過ぎた。今後は米以外の諸国が世界を再構築する」と説く。同編集長が選挙戦の終盤、オバマ候補のリアリズムはポスト・アメリカの世界に噛み合うとして支持したことでも注目をあびた。
もちろん、この説には反論も多い。その1つ、ブッシュ政権の1期目を支えたネオコン(新保守主義者)の論客ロバート・ケーガン氏は10月30日のワシントン・ポストに寄稿、ザカリア編集長の所論を「一過性の米国衰退論」と決め付けた。同氏は「米国衰退論は1987年のポール・ケネディの『大国の興亡』、1996年のサミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』などにみられるように、ほぼ10年ごとに登場したが、米国は衰退しなかった」と反論する。
ケーガン氏はまた、ザカリア編集長がオバマ次期大統領をポスト・アメリカの世界に噛み合うと評価したことにも反論。「選挙戦で、オバマ候補は米国の将来について適度に楽観的な発言をしたが、米国衰退論者の称賛を受けるような言動はなかった」と主張する。そして、同氏は「米は今金融危機で苦しいが、これは各国も同じ。過去の例を見れば、米が真っ先に不況を脱し、さらに強い立場で世界経済に復帰する」と自信を示した。オバマ次期大統領はその舵取りを期待されていることになる。
・ニューディール政策にも限界
米国衰退論が広まった背景には、米国民の危機感がある。ブッシュ政権の8年間、米国はイラク戦争で疲弊した上に、最近の金融危機拡大で、長期不況の襲来がほぼ確実になった。世論調査では、米国は「間違った道に入り込んだ」という答が70%を超えている。ハワード大学のスプリグス経済学部長は10月31日のマイアミ・ヘラルド紙に寄稿し、この国民の不安を解消するには、ブッシュ政権が残した次のような点を是正することが必要だと指摘した。
・米経済はブッシュ政権の8年間で、製造業で380万人、情報産業で50万人の職場を失った。
・年間貿易赤字は2000年の3,800億ドルから07年には7,000億ドルに増えた。
・政府の予算収支はクリントン政権下の98年から2,000に4,320億ドルの黒字だったが、ブッシュ政権下の01年から07年の間、1.7兆ドルの赤字に転落した。
・35歳から45歳までの平均的労働者の年収は2000年の6万9,939ドルだったが、07年には6万7,849ドルに下落した。
・平均的家庭の家計に占める借金の累計が2006年の8.5兆ドルから08年の第2四半期には13.9兆ドルに膨張した。
オバマ政権の発足が決まった今、民主党内には大不況を克服したルーズベルト大統領のニューディールのような政策が必要との意見が強まっている。スプリグス経済部長が指摘した上記のような問題を是正するには、ブッシュ政権とは違う抜本策が必要だというのだ。だが、保守派の評論家マイケル・バローン氏は「ニューディール政策だけでは問題を解決できない」と主張、オバマ次期大統領はニューディールをさらに拡大した施策が必要だと指摘する。
・オバマ次期大統領が背負う覇権国家の命運
バローン氏は10月29日のナショナル・レビュー誌(電子版)に寄稿、「ニューディール政策のねらいは景気の急下降を止めることで、成長を促すことが目的でなかった」と説いている。1929年10月の株式市場の大暴落のあと、景気は下降を続け、ルーズベルトが大統領に就任した33年も状況はほとんど変らなかった。ルーズベルトは就任すると、最初の100日間で緊急銀行安定法や全国産業復興法、農業調整法などニューディールの中心となる法律を次々と成立させた。
全国産業復興法では、企業経営者と労働組合の協議会を組織して賃金を凍結。農業調整法では生産を調整し、食料品の価格を凍結するなど、いずれも経済を現状で凍結、これ以上の下降を防ぐのがねらいだった。この結果、景気の下降は止めることはできたが、成長には至らない。その後も2桁の失業率が続き、30年代末の総生産は20年代に届かなかった。第二次世界大戦が39年に勃発しなければ、40年の大統領選挙でルーズベルトは再選されなかったろうと言われている。
現在の金融危機とそれに続く不況が1929年から30年代の大恐慌に匹敵する歴史的出来事になる可能性は十分ある。これに対して、オバマ次期大統領がどのような手を打つかはまだわからない。ただ、ニューディールと同じ結果、つまり経済の下降を止めただけでは十分と言えない。下降を止め、新たな成長路線に載せなければ、ザカリア編集長が主張するように、他の諸国が台頭し、米国の支配的立場は弱体化することになる。オバマ次期大統領は覇権国家米国の命運を背負っているのだ。
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