メインページへ戻る

問われる地球温暖化対策
持田直武 国際ニュース分析

2008年3月23日 持田直武

EU(欧州連合)委員会が温暖化は安全保障上の脅威と警告した。自然災害が増加、飢饉、疫病が蔓延して難民が増加するほか、北極海の石油資源をめぐって争奪戦が起きる可能性もあるという。米でも温暖化の危機感は高まった。民主、共和両党の大統領候補3人は画期的な温暖化対策を打ち出した。


・北極海の海底油田をめぐる争奪戦も

 EUの報告書は、EU委員会(欧州連合の行政府に相当)のソラナ外交代表が中心になって作成、3月13日からのEU首脳会議に提出した。主旨は、このまま温暖化が進めば、自然災害が増加して食糧や水の不足が深刻化し、飢饉や疫病が蔓延、世界すべての地域で社会への脅威が増すと分析。中でも、社会基盤の弱い中東やアフリカでは住民が居住地を離れて難民化し、地域紛争が頻発するほか、数百万人がヨーロッパ諸国に流入する恐れがあると指摘している。

 報告書はまた、北極海で氷が融けて船舶の航行範囲が広がる結果、海底の石油や天然ガスなどの資源争奪戦が起きる可能性も指摘している。北極海では、すでにロシアやスウェーデンなど沿岸諸国が資源の調査に乗り出しているが、中でもロシアは昨年8月北極海海底にロシア国旗を埋め込んだ。報告書は、こうした動きが旧ソ連諸国のNATO(北大西洋条約機構)加盟問題などと重なって、欧米とロシアの関係をさらに悪化させる可能性があるとの懸念も表明している。

 報告書はこうした分析に基づいて、温暖化は様々な紛争を生み出す根源と断定、安全保障上の深刻な脅威と位置付けた。そして、EU加盟国に対して今後、地域紛争への介入や平和維持部隊の派遣に備え、軍隊の訓練や展開能力の増強をする必要があると提言している。EU首脳会議はこの報告書に沿って対応策を取ることを決めたが、地球温暖化を安全保障上の脅威として対策を立てるのは世界の主要国や国際機関では初めて。今後、米国やロシア、中国などの安全保障政策にも影響が及ぶと見られる。


・思惑がからむ温室効果ガス削減

 EU首脳会議は14日、この報告書採択と並行して、今後の温暖化対策の柱となる温室効果ガス規正法を来年初めまでに制定することも決めた。EU委員会が提出した原案は、温室効果ガスを2020年までに90年比で20%削減することや、太陽熱や風力の利用率を現在の8.5%から20%に増やすこと、自動車燃料の10%をバイオ燃料とするという画期的な内容。温暖化を安全保障上の脅威とする危機感がこうした積極策の追い風になっていることは間違いない。

 だが、産業界には消極論もあって、EU内も一枚岩ではない。英紙ガーディアンによれば、ドイツの自動車や鉄鋼、セメント業界などは、厳しい規制をすれば生産拠点の海外移転も辞さない姿勢を見せている。このため、メルケル首相はEU首脳会議で一部産業部門の猶予を要求。競争国の出方によって、削減率を決める余地を残すことになった。同首相は昨年のEU首脳会議では、議長として自動車の大幅なバイオ燃料化などを推進したが、今年は産業界の反対で逆の立場に立った。

 EUが規制法の制定を来年初めと期限を切ったのは、年末デンマークで開催する気候変動枠組み条約の締約国会議を睨んでいるからだ。同会議は京都の後継会議として、京都議定書の取り決め実施後の各国の削減額を決める。EUはこのポスト京都会議で主導権を握り、13年から開始する削減額、削減方法などでEUに有利な条件を確保したい。そのために自動車のバイオ燃料化などを早々と決める予定だったが、ガーディアンによれば、ドイツの要求を認めたことで、このEUの作戦も狂いそうだという。


・微妙な中国、インドの削減参加

 日本は京都議定書の議長国としてデンマーク会議の枠組み作りを担っている。政府はこのため、世界の温室効果ガス排出量を2050年までに半減させる目標を昨年5月に掲げた。また、削減の方法として、産業など部門ごとに削減可能額を算出するセクター別アプローチも提唱。15日から千葉市で気候変動に関する閣僚級会談(G20)を開催して各国に打診した。7月の洞爺湖サミットでは、G−8首脳のほか、中国、インド、韓国などの首脳も招いて基本方針を打ち出すことを目指している。

 ポスト京都の焦点の1つは、最大の温室効果ガス排出国である米の出方だ。京都議定書は中国、インドを発展途上国として削減の対象から外した。米ブッシュ政権はこれを不満として議定書から離脱した。しかし、来年1月就任を目指す次期大統領候補は民主、共和両党とも温暖化対策を優先課題に設定。中でも、民主党のオバマ、クリントン両候補は2050年までに80%の削減を目指すなど、日本の目標をはるかに上回る削減目標を掲げている。

 これに対し、中国、インドは京都議定書の時と同様、発展途上国枠に固執する姿勢を変えない。千葉の閣僚会議に出席した中国の解振華国家発展改革委員会副主任は17日、鴨下環境相と会談、セクター別アプローチについて「京都議定書など過去の努力を無視している」と批判した。同アプローチでは、発展途上国と先進国の垣根が無くなり、中国の削減額が先進国並みになるとみて警戒したのだ。同会議に出席したインド代表も途上国を先進国と同じに扱うことに反対、削減への参加も明言しなかった。


・折り返し点が無くなる前に

 温暖化がこのまま進行すれば、地球環境は人間が住める環境ではなくなるかも知れない。米大統領選挙で、共和党の候補指名を確定したマケイン候補は選挙演説で「折り返し点が無くなる前に温暖化を止めて、巻き返そう」と訴えている。EU委員会が温暖化を安全保障上の脅威と断定したのと軌を一つにする危機感だ。産業界や発展途上国には不満もあるが、折り返し点がなくなってからではもう遅い。温暖化阻止の国際的コンセンサスを作らなければならない時である。


掲載、引用の場合はこちらからご連絡下さい。


持田直武 国際ニュース分析・メインページへ

Copyright (C) 2008 Naotake MOCHIDA, All rights reserved.