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北朝鮮が拉致問題再調査でねらうもの
持田直武 国際ニュース分析

2008年6月22日 持田直武

北朝鮮が「拉致事件の生存者を発見し、帰国させるための再調査」を約束した。だが、北朝鮮外務省の声明に「生存者」の文字はなく、疑問は多い。北朝鮮は近く核計画の申告もするが、これには核兵器は含まれていない。それでも、米は北朝鮮をテロ支援国指定から解除するという。


・北朝鮮のねらいはテロ支援国指定解除

 北朝鮮が拉致問題の解決をはかることと核計画の申告をすることは、米が北朝鮮をテロ支援国指定から解除するための条件になっている。昨年10月の6カ国協議で次のように決めていた。

 「北朝鮮が取るべき行動」
1、寧辺の核施設を無能力化する。
2、すべての核計画を完全、かつ正確に申告する。
3、核物質や核技術を海外に移転しないことを確認する。

 「日朝が取るべき行動」
1、 不幸な過去を清算し、懸案事項(拉致問題)を解決するため努力する。

 「米が取るべき行動」
1、北朝鮮をテロ支援国指定から解除する。
2、北朝鮮を敵国通商法の対象から除外する。

 上記の各項目は並行して進めることで合意した。このため、米が北朝鮮をテロ支援国指定から解除するには、日本と北朝鮮が懸案の拉致問題で進展を見せる必要がある。北朝鮮が核計画の申告を前に北京で日朝会談に応じたのはこのためだ。13日の町村官房長官の説明によれば、北朝鮮はこの会談で「拉致事件の生存者を発見し、帰国させるための調査を再開することに合意した」という。北朝鮮が「生存者を発見し」という文言に同意したのは異例だった。合意内容は次のような4項目である。

「北朝鮮側が取るべき行動」
1、拉致問題解決の具体的行動として、生存者を発見し、帰国させるための調査再開。
2、日航機「よど号」の乗っ取り犯とその家族の引き渡しに協力。

「日本が取るべき行動」
1、経済制裁のうち、日朝間の人的往来と航空チャーター便の乗り入れの規制解除。
2、北朝鮮船舶が人道支援物資を運搬する場合に限り入港を容認。

   日本人拉致事件では、被害者の安全確認と帰国が最大の焦点だ。今回の会談で、日本は北朝鮮が「生存者の発見」に合意したことを評価、見返りとして制裁の一部解除を決めた。だが、北朝鮮側のねらいはそれではなかった。北朝鮮外務省も13日、日朝会談の合意を発表したが、10行余りの短い文章で「生存者」の文言はなかった。北朝鮮が再調査に応じたのは、米に向けたパフォーマンス、つまり米が北朝鮮をテロ支援国リストから解除するための環境造りだったことは明らかだった。


・核兵器の申告なしにテロ支援国解除

 北朝鮮が拉致事件の再調査に合意した6日後の18日、ライス国務長官が講演で北朝鮮の動きに応える演説をした。北朝鮮が新たな姿勢を示したのに対し、米も6カ国協議の合意に従って行動することの確認だった。次のような内容である。

  「北朝鮮が核計画の申告を6カ国協議の議長国の中国に提出すれば、ブッシュ大統領は次の2点を議会に通告する」。
1、北朝鮮をテロ支援国指定から解除する。
2、北朝鮮を敵国通商法の適用から除外する。

 ライス長官はまた、「この通告は45日後に発効するが、北朝鮮の核計画の申告が不十分と判断すれば、相応の対応措置を取る」と述べ、核申告の内容によっては解除の予定を変更する場合もあることを示唆した。一方、北朝鮮は6月中にも申告し、米がテロ支援国指定から解除した際には、寧辺の核施設内にある原子炉の冷却塔を爆破し、米国はじめ内外の報道陣に公開する計画だという。北朝鮮がテロ支援国の指定解除を如何に重視しているかを示している。

 北朝鮮が重視するのは、それだけではない。核計画の申告から核兵器を除外した上で、今後その長期保有の道を固めることだ。北朝鮮は4月8日のシンガポールの米朝会談で、上記の昨年10月の6カ国協議合意を大幅に変更、核計画の申告から核兵器を除外することで米代表のヒル国務次官補と合意した。そして、懸案のウラン核開発とシリアへの核移転についても、核計画の申告から除外し、別枠で米が懸念していることを北朝鮮が確認するという内容に変えた。


・北朝鮮の真のねらいは核兵器の長期保有

 6カ国協議の合意では、核計画の申告やテロ支援国の指定解除など現在の第2段階の措置が終わったあと、第3段階として核兵器の廃棄など朝鮮半島非核化に向けた措置を実施する。それには、北朝鮮が核計画の申告で核兵器やウラン核開発などすべての核計画を明らかにすることが不可欠。核兵器の数と所在が明らかにされなければ非核化に進むことはできない。しかし、米はシンガポールの米朝会談で申告に核兵器を含まないことで合意。先の日米韓外相会談もこの米の動きを容認した。

 ライス国務長官は上記18日の演説で「北朝鮮が核兵器と核計画を完全放棄しなければ問題は解決しない。我々は今の交渉で得る利益とリスクを秤にかけながら進んでいる」と説明した。得る利益は核施設を無能力化し、プルトニウム生産を停止することだ。一方、リスクは交渉が長引くに従って、北朝鮮の核兵器保有が既成事実化することだ。同長官も「北朝鮮が核兵器の放棄を嫌がるケースも現実の可能性としてある」と述べ、そのような事態が起きる恐れを認めた。

 ブッシュ大統領の任期は残すところ7ヶ月、ライス国務長官が言うような完全解決はもう無理。プルトニウムの生産停止だけでも実績として残したいというのが本音だろう。北朝鮮はこの機会を捉え、核計画の申告から核兵器を除外することを認めさせた。今後、さらに廃棄の対象からも核兵器を外し、核長期保有の既成事実化に力を集中するに違いない。北朝鮮が拉致事件の再調査に応じたのも、こうした米との関係の脈絡の中で起きたものと考えたほうがよい。


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