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イスラム過激派が狙うパキスタンの核
持田直武 国際ニュース分析

2009年5月18日 持田直武

パキスタンとアフガニスタン国境でイスラム過激派が支配地を拡大、一時パキスタンの首都イスラマバードまで96kmに迫った。首都の南方には、パキスタン軍の核施設と核兵器貯蔵庫がある。過激派が核を奪いかねないとの危機感がワシントンを席捲。これを如何に防ぐかが、オバマ政権の緊急課題となった。


・過激派タリバンの進出に危機感高まる

 イスラム過激派タリバンの支配地拡大は4月13日、パキスタンのザルダリ大統領が同派の支配地スワット地区にイスラム法(シャリア)の施行を認めたことがきっかけとなった。同法の施行はパキスタン政府とタリバンが同派の武装解除を条件に2月に暫定的に合意。ザルダリ大統領が同日正式に法制化した。タリバンはただちにスワット地区にイスラム法を施行。その上で、大規模な武装部隊を隣接するブネール地区に送り込み、首都イスラムバードまで96kmの地点に進出した。

 このタリバンの進出がワシントンに大きな衝撃を与えた。首都イスラマバードの南方には、パキスタン軍が管理する多数の核施設と核兵器貯蔵庫が点在している。核兵器や核分裂物質がイスラム過激派の手に落ちないかとの不安が高まったのだ。クリントン国務長官は4月22日から2日間にわたって下院外交委員会の公聴会で証言、「タリバンの勢力拡大はパキスタンの存亡にかかわり、同時に米国や世界の安全にとっても致命的な危険をはらむ」と強い懸念を表明した。

 パキスタンは1998年5月、濃縮ウランを使った核実験に成功。現在、保有する核弾頭は60−100個。製造は現在も続いている。ザルダニ大統領がこれら核兵器と核施設の総責任者だが、実質的な責任者はカヤニ陸軍参謀総長。同参謀総長の指揮下で、軍の情報機関ISI(統合情報部)が核管理の実験を握っている。だが、同機関はかつて、パキスタンの核情報が「核の闇市場」に流出した事件の黒幕と疑われた経緯があり、米国内には不信感を持つ向きが多い。


・移動中の核兵器を奪う可能性も

 オバマ大統領が5月6日、パキスタンとアフガニスタン両国の大統領を招いて会談したのは、こうした背景からだった。核兵器が会談の焦点だったのは間違いないが、ホワイトハウスは内容を明らかにしていない。ただ、ザルダリ大統領はCNNテレビはじめ米メディアのインタビューに答え、「パキスタンは70万の軍隊で核兵器を護っている。過激派が奪うことなどありえない」と主張した。しかし、メディアの論調は同大統領の発言を信用しないものが圧倒的だった。

 ニューヨーク・タイムズも4日、「米政府関係者はパキスタン政府の核管理に疑問を膨らませている」と伝えた。それによれば、過激派の支配が拡大、核の安全が緊急の課題となったにも拘らず、米政府は核兵器の所在を正確に掴んでいない。パキスタン政府に対して貯蔵と管理の詳しい情報を何回となく要求したが、パキスタン側は言を左右にして答えないという。核の安全が確保できない状況になった場合、米軍が核兵器を奪って、破壊すると疑っているためではないかという。

 前任のブッシュ政権は核施設を保護する施設の構築と、これを操作する要員を訓練する秘密計画を作成し、1億ドルの予算を付けてパキスタン政府に提供した。しかし、オバマ政権になった今、この施設の建設計画がどうなったのか、予算がどう使われたのかも判然としないという。現在の管理態勢では、過激派が核兵器貯蔵庫や核施設にスパイを潜入させ、混乱を起こして核兵器や核物質を移動せざるを得ないように仕組み、移動の途中で奪う可能性があると指摘する専門家もいる。


・内部の過激派シンパの動きを警戒

 クリスチャン・サイエンス・モニター(電子版)も15日、核兵器の安全確保の面で真に警戒しなければならないのは「内部に巣食う過激派同調者の動きだ」と報じた。国境周辺で、パキスタン軍と交戦しているタリバンの兵士は核兵器を見たこともないし、扱い方も知らない。このため、たとえ核施設を占領しても、核兵器を奪うことは難しいとみられる。だが、施設の内部に専門知識を持つ過激派同調者がいれば、核兵器や核物質を持ち出すことは容易になると考えられるのだ。

 オバマ政権でパキスタンとアフガニスタン問題を担当するホルブルック特別代表は4月東京を訪問した際の記者会見で、「タリバンには3種類ある」と次のように説明した。1つは、イスラム原理主義の徹底的実施を目指すグループで、タリバンの中核を形成している。2は、貧困や腐敗に対する憤りから志願したグループ。3は、タリバンが払う賃金が欲しくて参加したグループだという。核施設内部に潜入する志願者がどのグループから出ても不思議ではなさそうだ。

 パキスタン軍は5月に入って、スワト地区のタリバンに対して、大規模な攻撃を開始。首都イスラマバードに接近していたタリバン部隊は撤退した。だが、これで終わるわけはなく、タリバンが隊列を整えて再び攻勢をかけるのは間違いない。日本が主導した4月のパキスタン支援国会合では、日米はじめ各国が貧困対策や教育、医療支援など合計52億ドル余りの民生支援を決めた。しかし、現状では戦闘が長引くことは確実。支援の実施は当面困難になるとの見方が出ている。


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