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新型インフルエンザの脅威
持田直武 国際ニュース分析

2009年6月7日 持田直武

WHO(世界保健機関)が新型インフルエンザの感染状況を最高水準のフェーズ6に引き上げることを検討している。地球規模で感染が拡大、世界的な大流行(パンデミック)に近づいたためだ。今回のウイルスは毒性が弱いが、秋には第二波、第三波の来襲も予想され、毒性が強まる恐れもあり油断できない。


・グローバリゼーションの波に乗って感染拡大

 今回、新型インフルエンザ感染が最初に確認されたのはメキシコだった。メキシコ東部、メキシコ湾に面するベラクルス州ペロテ市の農村で2月頃からインフルエンザに似た風邪が流行。3月になると、首都メキシコ・シティでも同じ様な症状の風邪が流行した。このため、メキシコ保健省が調査を開始。4月になって、ベラクルス州の4歳の男児患者から採取したウイルスを米とカナダの研究所で分析。その結果、豚を感染源とする新型インフルエンザと確認した。

 メキシコのゴルドバ保健相は4月23日、これを公表。この時点で、新型ウイルスに感染した患者は882人、このうち62人が死亡したとの調査結果も明らかにした。しかし、この調査結果を疑う専門家が多かった。医療施設が限られる農村地帯で、患者の数を正確に捉えるのは難しいからだ。メキシコ保健省の対応もその後、二転三転する。科学雑誌サイエンスは5月11号で、患者は4月23日の時点で2万3000人以上に上ったはずだと指摘する論文を掲載した。

 事実、この時点で感染はすでに国境を越えて拡大していた。CDC(米疾病対策センター)によれば、米国内でも4月23日時点で、メキシコと国境を接するカリフォルニア州とテキサス州で合計7人の感染が確認され、他に9人が感染の疑い濃厚と診断された。それから1ヶ月余、6月5日時点の感染は、世界69カ国に拡大、死者125人、患者数2万1940人。感染がグローバリゼーションの波に乗って拡大し、WHOが最高レベルのフェーズ6を検討せざるをえなくなった。


・今回は弱毒性、だが二波三波が襲来する恐れ

 CDCによれば、今回のインフルエンザウイルスはA型の亜種H1N1である。A型は人間に感染するほか、鳥や豚、馬などにも感染する。今回の場合、鳥から豚に感染、豚の体内でH1N1に変異して、メキシコで人間に感染したとみられる。今のところ、このウイルスの毒性はあまり強くないという。しかし、新型だけに、人間はまだ免疫を持っていない。それに、ワクチンも通常のインフルエンザ用のワクチンはあるが、新型用のワクチンは製造していないなど、課題は多い。

 もう1つの問題は、ウイルスが感染を繰り返す過程で突然変異し、強い毒性を持つ可能性があることだ。1918年、世界を席捲したスペイン風邪がそのよい例である。この風邪は18年春、第一波が襲来、この時は症状も軽く、死者も少なかった。だが、その後、第二波、第三波と続くに従って症状が重くなり、致死率が上昇。20年6月に感染が終息した時には、当時の世界人口の3分の1に当たる5億人が感染し、死者は少なくとも5千万人、1億人を超えたという見方もある。

 新型インフルエンザはその後も何回となく発生、多くの人命を奪った。1957年の新型インフルエンザ(通称アジア風邪)は、第一波から第三波まで続き、世界全体で200万人を超える死者が出た。また、68年の香港風邪でも死者は100万人を超えた。今回の新型インフルエンザについても、専門家は、今年秋には第二波の感染の波が襲来するとみている。そして、今はウイルスの毒性が弱いが、第二波、あるいは第三波ではどうなるか予断を許さないと警戒している。


・人の動きが大流行を引き起こす

 インフルエンザをはじめ、感染症の流行は人間の動きが活発になるほど加速する。黒死病として14世紀の歴史に残るペストの流行は、モンゴル帝国がアジアからヨーロッパへと支配を拡大したことが背景だった。中国の一地方で発生したペストが、モンゴル商人の交易ルートに乗って中東からヨーロッパ諸国に伝播。正確な記録は残っていないが、14世紀末までに死者はヨーロッパ全域で2000万人から3000万人。英仏両国では、死者が人口の半分を超えたと推定されている。

 また、1918年3月から20年6月まで流行したスペイン風邪も第一次世界大戦の軍の動きと切り離して考えることはできない。当時、各国が欧州戦線に部隊を派遣。18年11月の戦争終結で撤兵するが、ウイルスはこの軍の移動ともに世界各地に広まったと推測されている。流行の中心の1つがスペインだったが、これは同国が中立国だったため、敵味方双方の関係者や報道陣が多数集まり、人の動きが活発だったためだ。スペイン風邪の名前もスペインが発祥地と考えられたためだった。

 今回の新型インフルエンザも最近のグローバリゼーション下の人の動きと無関係ではない。メキシコ東海岸の寒村の流行が世界に拡大したのは、米国を中心とするグローバリゼーションの奔流に乗ったからだ。第二波、第三波が生まれれば、また短時間で世界に拡大するのは間違いない。日本政府は年内に2000万人分のワクチンを製造する計画を立てたが、これで安心とは言えない。さらに毒性の強い、新規のウイルスが登場する恐れが常にあるからだ。 


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