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北朝鮮が固執する米朝直接対話
持田直武 国際ニュース分析

2009年8月22日 持田直武

北朝鮮がクリントン元大統領の訪朝を契機に、柔軟姿勢に転じた。米国に対しては、拘束していた女性記者2人を釈放。韓国には中断している離散家族再会や金剛山観光の再開なども約束した。狙いはオバマ政権と直接対話し、北朝鮮を核保有国として認知させることだ。


・金正日総書記がクリントン元大統領に託したメッセージ

 訪朝したクリントン元大統領は8月4日、金正日総書記と夕食をはさんで3時間15分会談。翌日帰国して、その内容をオバマ政権幹部に伝えたほか、18日にはオバマ大統領にも直接説明した。その詳細は明らかになっていないが、ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)は19日「米情報機関は1年間に何十億ドルもの経費を使って北朝鮮の情報を収集しているが、クリントン元大統領は平壌に滞在した20時間でそれに匹敵する情報をオバマ政権にもたらした」と評価した。

 同紙はその情報の1つとして、クリントン元大統領が金正日総書記の健康状態をつぶさに観察した点を挙げている。同元大統領の説明を聞いた米政府高官によれば、金総書記はかくしゃくとし、その様子は米側の予想を裏切るものだった。夕食会は2時間以上に及んだが、同総書記は疲れた様子もなく、「もっと続けよう」と提案さえしたという。クリントン元大統領の一行には、医師が同行しており、こうした金正日総書記の動きを逐一観察したが、同総書記もそれを十分承知だった。

 会談から5日後の日曜日の朝、この反応が米テレビ各社の報道番組に現れた。ホワイトハウスのジョーンズ大統領補佐官がテレビ各社のニュースショーに出演して、「金正日総書記が政権を完全に掌握しているようだ」という見解を表明。循環器系疾患で余命わずかなどという情報に歯止めが掛かった。北朝鮮がクリントン元大統領を招いたのは、米女性記者2人の釈放のためもあったが、真の狙いはこの総書記健在のメッセージを米側に伝えるためだったかも知れない。


・もう1つのメッセージは米朝直接対話による関係改善の推進

 金正日総書記がクリントン元大統領に託したとみられる、もう1つのメッセージは米朝直接対話による関係改善だ。直接対話については、北朝鮮外務省が7月27日の報道官談話で6カ国協議を拒否、その上で「現在の事態を解決する別の対話方式」として言及。北朝鮮の対米政策の最優先項目に浮上している。しかし、ジョーンズ大統領補佐官は9日のテレビで「北朝鮮は米国とより良い関係を求めている」と発言したが、北朝鮮が米朝直接対話を要求したかどうか明らかにしなかった。

 これに不満だったのか、北朝鮮国連代表部の金明吉公使は19日、ニューメキシコ州のリチャードソン知事と会談、北朝鮮側の立場を説明した。会談のあと、リチャードソン知事がCNNテレビで明らかにしたところによれば、「北朝鮮は核問題はじめ米朝間のあらゆる分野で直接対話をする容易がある」と主張したという。そして「北朝鮮は米国の女性記者2人を釈放する措置を取った」と説明、「次は米がこれに相応する措置をとることを期待している」とも述べたという。

 北朝鮮が米国の女性記者2人の釈放を「米国に対する貸し」と認識し、見返りに直接対話への転換を要求しているようだったという。米政府高官が日韓両政府に伝えたところによれば、クリントン元大統領は今回の訪朝にあたって、北朝鮮が拘束している日韓両国の拉致被害者や拘束している漁船乗組員など全員の解放を求めた。米側にとって、これら拘束者の解放は政治とは別の人道問題だが、北朝鮮の認識は必ずしも同じではない。今後の交渉の困難さを思わせるに十分な話だ。


・北朝鮮が6カ国協議を忌避し、直接対話に固執する理由

 北朝鮮は05年の6カ国協議共同声明で核兵器の完全放棄に合意した。また、07年の6カ国協議で、その放棄のプロセスにも合意した。ところが、08年12月核計画の完全申告を拒否して方向転換。09年4月には6カ国協議を離脱して核計画を再開。上記7月27日の外務省報道官談話では、6カ国協議を拒否した上で、米朝直接対話を要求した。北朝鮮はこれまでにも、米との直接対話を要求したが、このように6カ国協議を拒否した上で直接対話を主張するのは初めてだ。

 これに対し、オバマ政権は6カ国協議の枠内で米朝協議に応じるとの姿勢を変えない。この対立が続く一方で、北朝鮮の核開発と、米国主導の対北朝鮮経済制裁が並行して進行している。6ヶ国協議の議長国、中国の武大偉外務次官が8月17日から3日間にわたって平壌を訪問、北朝鮮当局に6カ国協議復帰を呼びかけたが、成否はまだわからない。ブッシュ政権はこうした対立に直面した際、妥協して失敗した。今回、オバマ政権がどう乗り切るかを問われることになった。

 北朝鮮が米との直接対話に固執する最大の狙いは、核保有国としての立場を認知させるためだろう。米が認知すれば、国際社会もそれに従うとみているに違いない。そのために、6カ国協議で合意した核放棄の約束は反故にしなければならない。クリントン元大統領の訪朝を機に、北朝鮮が韓国に対して柔軟姿勢を見せ始めたのも、この目標達成のための環境作りとみるべきだ。オバマ政権はじめ、北朝鮮を除く6カ国協議参加国はこの状況にどう対応するか、北朝鮮核問題の正念場となった。


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