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哨戒艦「天安」沈没、誰が何のために攻撃したのか
持田直武 国際ニュース分析

2010年5月30日 持田直武

韓国の調査団は「北朝鮮の魚雷攻撃で天安は沈没した」と結論づけた。では、誰が何のために攻撃したのか。ニューヨーク・タイムズは「金正日総書記が攻撃を命じたはずだ」という米情報機関の見解を伝えた。その背景には、核保有国として北朝鮮の立場を国際的に確立する狙いがある。


・金正日総書記が命じたはず

 天安の沈没原因を調べた韓国の軍・民合同調査団は20日「北朝鮮が魚雷攻撃で撃沈した」との調査結果を公表した。そして、現場から回収した魚雷のモーター、スクリュー、ハングル表記のある金属部品などを証拠として公開した。調査団には韓国の軍と民間の専門家のほか、米、英、豪、スゥエーデンなど第三国の専門家も加わり客観性についても異論はないと思われた。ただ一つ、物足りなかったのは「誰が何のために攻撃したのか」について言及がないことだった。

 もちろん、北朝鮮以外の国でこの疑問に答えられる人はいない。世界で最も多くの情報を握る米情報機関も例外ではない。調査結果公表から2日後、ニューヨーク・タイムズ(電子版)は「金正日総書記が攻撃を命じたはずだ」という米情報機関の見解を報じた。だが、この見解も「確固として証拠に基づくものではない」という。「米情報機関が最近の北朝鮮指導部と軍部の動きを分析した結果、同総書記が命じたのは疑う余地がないとの結論になった」というのだ。

 ニューヨーク・タイムズによれば、その動きの1つは、金正日総書記が4月25日の人民軍創設記念日に第586部隊を視察し、激励したことだという。586部隊は海外の特殊任務を担う人民軍偵察総局の別名で天安沈没への関与を疑われている。また、もう1つの出来事は、金明国人民軍総参謀部作戦局長が上将から大将に昇進したことだった。北朝鮮海軍が魚雷攻撃で天安を撃沈したとすれば、同局長が関与したのは確実。米情報機関は今回の昇進はその褒賞とみている。


・大青海戦の背景に核をめぐる確執

 では、なぜ北朝鮮海軍は天安を撃沈したのか。5月21日のニューズウィーク(電子版)は「米情報当局者は昨年11月の大青海戦で北朝鮮側が甚大な被害を蒙ったことに対するしっぺ返しとみている」と伝えた。この海戦は11月10日夜、黄海の大青島近海で北朝鮮の警備艇が軍事境界線を越えて韓国側に侵入。韓国側と砲撃戦の末、北朝鮮警備艇が多数の死傷者を出して撤退した。金正日総書記はこの大青海戦のしっぺ返しをするよう指示したとみられるのだ。

 この大青海戦で、北朝鮮側の作戦責任者が上記の金明国総参謀部作戦局長だった。当時、同局長は大将だったが、海戦のあと上将に格下げになった。敗北の責任をとらされたのは間違いなかった。それから4ヵ月後の3月26日、天安沈没事件が起きた。そして、その1ヵ月後の人民軍創立記念日、金正日総書記が第586部隊を視察して激励、同時に金明国作戦局長は大将の階級に復帰した。同総書記が大青海戦から天安沈没に至る一連の事態に深く関与していたことを示している。

 この一連の動きの一方で、北朝鮮と韓国は首脳会談の交渉を進め、それに関連して核をめぐる確執も生まれていた。首脳会談の交渉は、昨年8月の金大中元大統領の葬儀に北朝鮮の金己男労働党書記が出席、李明博大統領を表敬訪問したのがきっかけで始まった。そして、双方の代表がシンガポールや開城で3回にわたって会談、一時は09年中に首脳会談を開催することで基本合意した。しかし、北朝鮮側が核放棄の明言を渋って話し合いが難航。そんな時、大青海戦が起きた。


・総書記の狙いは核保有国の立場の確立

 大青海戦は昨年の11月10日夜勃発した。開城では11月7日、南北双方の代表が首脳会談の議題について交渉し、1週間後の14日に再会することになっていた。朝鮮日報(2月1日電子版)によれば、韓国側は首脳会談の議題として「北朝鮮の核問題と韓国軍捕虜・民間人の拉致問題、それに人道支援」の3つを提案した。その上で、首脳会談の開催合意文を作成し、その冒頭に「北朝鮮の非核化」を明記するよう要求した。しかし、北朝鮮側はこれを拒否した。

 北朝鮮代表の元東淵統一戦線部副部長は拒否の理由として「核問題は米と交渉する」という建前を繰り返した。同副部長は07年の首脳会談で北朝鮮側の合意文書案を作成し、この時も事前に合意文書案を用意していた。そして、韓国側が非核化の明記を要求したのに対し、北朝鮮として可能な表現は「核問題の進展」までだと主張したという。また、人道支援の問題でも、北朝鮮は首脳会談の前に実施を要求、首脳会談後とする韓国側と折り合わなかった。大青海戦はそんな時勃発した。

 当時、大青海戦は北朝鮮軍内部の強硬派が首脳会談の阻止を狙って起こしたという見方もあった。しかし、天安沈没のあと、内部強硬派説は次第に消えた。それに代わって、金正日総書記が大青海戦から天安沈没まで一連の出来事に主体的に関与していたとの見方が強まった。同総書記の狙いは、核保有国としての北朝鮮の立場を国際的に確立し、それを後継者に引き継ぐことにあるとみられている。ただし、こう判断するのに必要な確固とした証拠は今のところない。


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