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米中首脳会談の焦点 北朝鮮政策
持田直武 国際ニュース分析

2011年1月23日 持田直武

オバマ大統領と胡錦濤国家主席が19日「朝鮮半島の緊張緩和には南北間の建設的な対話が不可欠」とする共同声明を発表した。米中が対話再開で合意したのだ。北朝鮮はこれに素早く反応して軍事高官級会談を提案、韓国も応じざるを得なくなった。だが、韓国内には北朝鮮の真意を疑う見方が消えない。


・米中の合意に対する韓国国内の不安

 オバマ大統領と胡錦濤国家主席は19日ホワイトハウスで会談、両国関係や国際問題など19項目にわたる共同声明を発表した。焦点の1つ、朝鮮半島については、両首脳は05年の6カ国協議共同声明や国連安保理決議に基づいて平和と安定をはかることで合意。最近一連の事態で緊張が高まった南北関係については、南北が関係改善のため誠実で建設的な対話をすることが不可欠との認識で一致した。また、北朝鮮が最近公表したウラン濃縮計画については両首脳が一致して懸念を表明した。

 今回の米中首脳会談は中国が経済大国になって初めての会談であり、その成り行きは今後の国際関係の流れを左右するものとして注目された。中でも、韓国はかつて列強の取引によって国家の運命を決められた苦い経験があり、今回の米中の接近にも警戒感が隠せなかった。金泳三政権下で首相を務めた李洪九氏は米中首脳会談2日前の1月17日中央日報紙に寄稿、「米中首脳会談を見守る韓国人の心は不安だ」と述べ、韓国人が持つ複雑な心境に触れている。

李洪九元首相はこの不安の淵源として、桂・タフト密約やヤルタ密約の例を挙げ、「列強の首脳が私たち当事者の知らない間に朝鮮半島の運命を勝手に料理した」と指摘。この「帝国主義時代の悪夢が、今も国際政治の山場で漠然とした不安感を抱かせる」と述べている。桂・タフト密約は1905年、日米が朝鮮半島の日本支配で合意した密約。ヤルタ密約は1945年、米英ソが朝鮮半島の信託統治を決め、南北分断の原因となった密約だ。時代は変わったが、今回の米中首脳会談でも韓国が不満を持つことがなかったわけではない。


・北朝鮮が軍事高官級会談を提案した理由

 21日のニューヨーク・タイムズ紙によれば、米政府高官は今回の米中首脳会談の成果の1つとして、韓国と北朝鮮が軍事高官級会談を開催する方向に動いたことを挙げている。オバマ大統領が首脳会談に先立って12月6日胡錦濤国家主席と電話会談、「中国が核やミサイルの開発問題で北朝鮮に圧力を加えなければ、米国はアジアに米軍を再展開させ、北朝鮮が米本土を攻撃するのを防がなければならない」と警告。18日の夕食会でも、この警告を繰り返したという。

米政府高官はこの警告が実り、胡錦濤主席は共同声明で「南北関係の改善には建設的な対話が不可欠なことや、北朝鮮のウラン濃縮計画に懸念を表明すること」に合意したとの見方を示した。この共同声明が19日に発表されると、北朝鮮は金英春国防相名義で韓国の金寛鎮国防相に通知文を送達、南北高官級会談の開催を提案した。提案理由として、北朝鮮は韓国の哨戒艦天安の事件や延坪島砲撃戦に対する見解を明らかにし、朝鮮半島の緊張状態を解消するためと主張している。

韓国はこれを受け容れ、2月中旬に議題などを決める予備会談の開催を提案した。米中両国の主導で南北軍事会談が突如日程に登場したのだ。北朝鮮は今年に入って、韓国に対し南北当局者会談や離散家族問題を話し合う赤十字会談、開城工業団地の問題を話し合う会談などを次々と提案してきたが、韓国側は北朝鮮が哨戒艦沈没事件と延坪島砲撃事件の責任を認め、謝罪することが会談開催の前提条件との立場を取ってきた。だが、米中首脳会談の合意で、韓国はこの前提条件を破棄せざるを得なくなった。


・韓国政府内には北朝鮮は長く持たないとの見方

 この北朝鮮政策の突如の転換に対し、韓国政府内に不満が生まれたのは間違いない。李洪九元首相が抱いた不安が的中したのだ。実は、韓国でも米中首脳会談を契機に南北対話や6カ国協議が再開されるのではないかとの見方は強まっていた。韓国メディアの中にも、対話が必要との論調も出ていた。この見方に対し、大統領府の千英宇・外交安保首席補佐官が首脳会談5日前の14日、米公共テレビPBSのインタビューの応じ、韓国政府として対話に応じない理由を説明した。

 朝鮮日報によれば、同首席補佐官は韓国が対話に応じない理由の1つは「北朝鮮が哨戒艦沈没や延坪島砲撃に対して誠意ある措置をとらないこと。もう1つは、「北朝鮮はそれほど長く持たないと考えていることだ」と明言した。同首席補佐官はさらに「北朝鮮が支援を受ける条件は国際社会の非核化要求を受け容れることだが、それに応じない場合、より早い時期に崩壊に直面する可能性がある」と述べた。インタビューしたPBSの担当者は「韓国政府は北朝鮮の崩壊が始まりつつあると考え、北朝鮮政策もこの信念に裏打ちされている」と解説した。

 李洪九元首相は上記中央日報への寄稿の中で「朝鮮半島情勢が楽観的な展望を許さない理由として北朝鮮の体制が持つ特殊な性格」を上げ、次のように述べている。「北朝鮮の問題は世界史の流れから抜け出して逆行する例外性を持ち、大事故を招き得る危険がある。米国と中国はアジア地域のG−2超大国としてその大型事故を予防する責任がある。米中はそのために強力なリーダーシップを行使すると宣言するべきだ。それこそが、米中の首脳会談を見守る不安な心情の中でも、捨てられない私たちの期待である」。オバマ大統領と胡錦濤国家主席はこの期待に答えたのだろうか。


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