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米大統領選挙 現実無視の空騒ぎか
持田直武 国際ニュース分析

2012年10月25日 持田直武

1年半も続く長い選挙戦だが、有権者の知る権利が満たされたとは言い難いようだ。米国が直面する課題、来年早々に予想される財政の崖問題はまったく取り上げられなかった。地球温暖化対策も忘れられた。米国の難題である銃規制も真摯な取り扱いを受けずに終わった。巨額な選挙資金を使って空騒ぎをしただけだったのか。


・重要課題には触れない大統領選挙戦

 米大統領選挙の投票日が近づいた。民主党の現職オバマ大統領と共和党の対立候補ロムニー候補が立候補宣言をしたのが去年4月。それ以来1年半、両候補は全米50州を文字通り飛び回って支持を訴え、テレビ・コマーシャルを流し、大統領候補討論会で雌雄を競った。その経費は両候補ともすでに7億ドルを超えた。米国は国際政治のリーダーであり、その大統領を選出するにはそれ相応の審査が必要だとしても、これほど大掛かりな選挙戦が必要なのかとの疑問があった。 

 そんな折も折、米東部の2大紙ワシントン・ポストとニューヨーク・タイムズが選挙戦の不合理を指摘する記事を掲載した。参考になる点も多いので紹介する。まず、10月18日付けのワシントンポスト(電子版)は「現実を避けた大統領候補討論会」と題する社説を掲載。「今回の選挙でどちらが当選しても、次期大統領は年末から来年にかけて財政の崖という超ど級の挑戦に直面する。ところが、オバマ大統領もロムニー候補もこれまで選挙戦でこの問題を取り上げたことがない。10月に入って行われた2回の大統領候補討論会でも、この問題に一言も触れなかった」と指摘。「このような討論会は意味がないに等しい。」と批判した。

 財政の崖は民主、共和両党の対立で財政関連案件の処理が停滞、国民は来年1月1日から大規模な増税と財政支出のカットに直面するという問題。議会予算局はもしこの崖を回避できなければ、米経済はリセッションに突入すると再三にわたって警告した。ところが、オバマ、ロムニー両候補は選挙戦でも、候補者討論会でもこの問題を取り上げない。ワシントン・ポストは「その結果、有権者は中産階級への減税や石炭増産だけが今回の選挙の争点と思いかねない」との懸念を表明。「選挙戦は現実を無視している」と不満を表明した。


・忘れられた温暖化対策

 財政の崖とともに地球温暖化対策も選挙戦で取り上げられない問題だった。むしろ、選挙戦の議論は石炭など化石燃料増産という温暖化対策に逆行する方向に進んでいる。オバマ大統領も16日の第2回候補者討論会で温暖化対策には一言も触れなかった。その代わりに同大統領が強調したのは石油や石炭、天然ガスの増産だった。米国やカナダの化石燃料資源を開発し、北米をエネルギー独立地帯にするとの構想である。しかし、この構想は温暖化ガスを規制し、地球温暖化を防止するという従来の方針とは相容れない。

 オバマ大統領は4年前の大統領選挙では温暖化防止は緊急の課題と主張した。選挙に勝利した2週間後、同大統領はカリフォルニア州で開催中の温暖化防止国際会議にビデオ・メッセージを送り次のように強調した。「米国と世界が直面する課題の中で温暖化対策ほど緊急を要するものはない。この課題に今こそ真正面から取り組むべきで、反対することは勿論、一刻の猶予も許されない」。しかし、オバマ大統領は就任後この立場を変え、今回の候補者討論会でも温暖化対策には一言も触れなかった。ワシントン・ポストはこの変身について、「有権者は温暖化対策で炭素税が新設されるなど負担が増えることに反対だ。だが、真のリーダーはそんな騒音に惑わされない一貫した方針を持たなければならない」と苦言を呈した。


・もう1つ無視される難題、銃規制

 銃の規制も大統領選挙戦で無視に近い扱いを受けた問題の1つだ。16日の大統領候補討論会に一般市民として参加したニーナ・ゴンザレス夫人はオバマ大統領に次のような質問をした。
「オバマ大統領は4年前の選挙戦で半自動式銃の民間向け製造を禁止すると約束したが、この約束はどうなったのか」。

 実は、オバマ大統領はこの約束をまだ実行していない。半自動式銃はクリントン政権が1994年から10年間の期限を切って民間向け製造を禁止した。04年に期限切れを迎えたが、銃規制反対派のブッシュ前大統領は禁止措置の延長を拒否。民間向け製造が再開された。オバマ大統領は08年の選挙で禁止措置を再開すると約束して当選したが、大統領に就任後この問題に取り組む気配がない。16日の大統領候補討論会で、同大統領はゴンザレス夫人の質問に次のように答えた。
 「暴力を減らすという幅広い話し合いを推進し、その中で民間向け半自動式銃の再禁止ができないか考えている」。

 この回答について、18付けのニューヨーク・タイムズ(電子版)は「生ぬるい」と酷評。「大統領がこんな姿勢では再禁止するための法案を議会に承認させることなど出来るはずがない」と嘆いた。一方、ロムニー候補はこの問題に対し、「製造の禁止は考えていない」と強調、銃規制に反対する立場を鮮明にした。だが、ロムニー候補はかつて銃規制を声高に主張したことで知られている。半自動式銃の民間向け製造禁止が04年に期限切れになった時、当時マサチューセッツ州知事だったロムニー候補は製造禁止を継続する州法を制定、州議会で「人を殺すことだけを目的とする攻撃用銃を製造することは許されない」と主張した。しかし、16日の候補者討論会でロムニー候補はこんなことは一切言わなかった。


・次期大統領の任期中に10万人余が銃で命を落とす

 米国内の銃器販売は年間450万丁を超えている。規制も州単位で緩和され、中には大学内への銃の持ち込みを認める州もある。銃を使った事件も増え、死者は年間約3万人、過去40年間に100万人余りが殺害されたことになる。16日の候補者討論会でオバマ、ロムニー両候補はその原因が銃にあることを認めるのを避けた。そして、原因は家庭や学校など社会的要因が背景にあると不器用な弁明をした。これに対し、ニューヨーク・タイムズは「米国は確固として効果的な銃規制政策を持つことが必要だ。政治的なまやかしではない政策で、半自動式銃をはじめ攻撃用銃器を禁止しなければならない。今回の選挙で誰が勝っても、その任期中に10万人を超える米国市民が銃によって命を落すのは確実なのだから」と訴えた。


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