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米大統領選挙 草の根運動の実力
持田直武 国際ニュース分析

2012年10月7日 持田直武

米大統領選挙の投票日まで1ヶ月足らず、有権者は2つの選択肢を前にしている。オバマ大統領が主張する福祉国家への道を選ぶか、ロムニー候補が唱える伝統的市場経済を護るかの選択である。地球規模の競争の時代、その選択の結果は今後の世界の政治、経済に影響を及ぼすのは必至だ。


・競争社会が生み出す課題

 評論家デヴィッド・フラム氏が9月24日のCNN.COM.(電子版)に「オバマ、ロムニー両候補の基本的な違い」と題する評論を寄稿した。同氏はカナダ生まれでブッシュ前大統領のスピーチライターを勤めた保守派の論客だが、最近は穏健派の立場に立つ主張が多くなった。この評論では経済の構造的変化の結果、米の平均的労働者の賃金が記録的水準にまで落ち込むという厳しい現状を指摘。オバマ、ロムニー両候補はこの状況にどう取り組むのか追及している。

 フラム氏はこの評論でまず米経済が第二次世界大戦後に辿った大きな変化を次のように指摘する。「米経済は第二次世界大戦後の1940年代後半から70年代半ばまで30年間、好景気に恵まれ、平均的労働者の賃金は常に上昇していた。労働者は特別な業績や技術を持たなくとも、毎年賃金の上昇を期待することができたし、生活水準が向上すると期待できた。この30年間、平均的労働者は毎日同じ仕事を続けるだけで、賃金は倍増したのである。だが、これは昔の話となった」。

 フラム氏は続いて現在の状況を次のように描く。「現在、われわれは地球規模の競争の時代に生きている。ここではホワイトカラーの仕事までインドに下請けに出す。仕事を下請けに出せない場合、海外から労働者を米国に移住させる。正規の移住もあるが、不法移民もある。労働組合はかつての力を完全に失い存在さえ定かでなくなった。あれやこれやの理由が重なって、経済指標に占める賃金の割合は2007年度には最低水準にまで落ち込んだ」。


・オバマ大統領の見解と取り組み

 この状況下で何か成すべきことがあるすれば、それは何か?フラム氏は「今回の大統領選挙でオバマ、ロムニー両候補が問われているのは正にそのことだ」と指摘する。そしてフラム氏によれば、両候補ともこの問いにすでに答えている。しかし、その答は討論会や記者会見で断片的に表明されたものが多く、理解するには体系的にまとめる必要がある。次に掲げるオバマ、ロムニー両候補の見解と取り組みはフラム氏が両候補の発言などに基づいてまとめたものである。

 まず、オバマ大統領の見解と取り組みである。「市場経済は自由化が進めば進むほど、賃金の上昇は緩慢になる。低価格競争も起きてそれを助長する。そこで我々がなすべき取組みは2つある。取り組みの1つは、政府の下請けをする公共事業を増やして多数の雇用を確保することだ。高賃金を約束し、福利厚生対策も充実させる。しかし、公共事業が雇用する労働者は限られる。そこで我々は民間部門で働く低所得者にも各種の補助政策を実施し、低賃金を補填する。例えば、保険料に対する所得税控除の実施や、食料費補助(food stamp)の対象者を1,460万人増員した。また、2014年からは低所得者向け医療保険(medicaid)の枠を1,700万人増やすほか、大学生の授業料補助、家庭用暖房費の補助なども増額する。

 もう1つの取組みは、製造業はじめ民間のビジネスの活性化を支援することだ。民間のビジネスが立地条件のよい土地に工場を建て、労働者を集め、製品を輸出するのを支援する。報酬が高く安定した雇用を生み出すのは民間のビジネスであり、政府ではない。民間ビジネスの高い賃金が中産階級を生み出し、それを維持する力になる。国家にとって、民間のビジネスと政府の公共事業は常に相補い、協調することが必要だ。その環境をつくることも政府の重要な役割である」。


・ロムニー候補の見解と主張

次はロムニー候補の見解と取り組みである。同候補は次のように主張する。「私は一般的労働者の賃金を上げることは、オバマ大統領が言うほど簡単にはできないと思う。私がこれまで賃金の問題に言及するのを避けてきたのはそのためだ。それよりも、私が関心を持つのは才能を持ち野心もある優れた人材をどう処遇するかということだ。彼らの『上を目指す権利』を守ることが必要なのだ。オバマ大統領の取り組みでは、『上を目指す権利』は重い税金によって踏み潰されてしまう。

 確かに、一般的労働者の賃金は1973年以来ほとんど上がっていない。しかし、現在の一般的労働者は当時には想像もできなかった豊かな生活をしている。安全な車に乗り、大きな家に住み、便利な家具に囲まれている。パソコンがあり、携帯電話を持ち、ビデオ・オン・デマンドなどのサービスも受けられる。食糧も、家具も、旅行もみな安い。カロリーがゼロのコカ・コーラも売られている。この進歩を生み出した人たちがいたことを忘れてはならない。彼らはこの進歩を推進して皆リッチになった。

 我々は彼らの後を継ぐ人材を育てなければならない。彼らが『上を目指す権利』を持つのを支援するのだ。そして、彼らが生み出す進歩が今後も続くようにしなければならない。しかし、オバマ大統領は富裕層に増税し、それを財源にして社会保障を維持しようとしている。しかし、それは豊かな消費社会を生み出す力を圧殺するのと同じだ。私は税金を下げて民間部門の経済を活性化し、良い製品と良いサービスの供給を今後も続けられる態勢をつくるべきだと考える」。


・福祉国家か市場経済の国家かの選択

 フラム氏はこのようにオバマ、ロムニー両候補の見解をまとめ、両者が目指す国家の方向は基本的に違うと指摘する。ロムニー候補は米国伝統の自由な市場経済でいわゆる「小さい政府」を目指すのに対し、オバマ大統領は政府の調整機能を拡大して「大きな政府」による福祉国家を目指そうとしている。保守派はロムニー候補を支持し、リベラル派はオバマ大統領の下に結集している。そして、どちらも相手が勝てば、自分たちの立場がなくなるゼロサム・ゲームと心得ている。

 今のところ両派の力は均衡しているが、危機感は保守派の方が強い。ロムニー候補が5月大口献金者との内輪の会合で語った言葉がそれを物語っている。リベラル派の雑誌マザー・ジョーンズによれば、同候補はこの会合で「何があってもオバマ大統領に投票する人たちが47%いる。彼らは政府の扶養家族と同じで、政府から食費や医療費、住宅を提供してもらうのが当然と考えている。私はこういう人たちのことで頭を悩ましたくない」と語った。保守派は、リベラル派の過保護な福祉政策がこういう人たちを生み出し、オバマ大統領を当選させる票田になっていると見るのだ。この状況が続けば、政府の扶養家族は47%を超え、リベラル派が将来大統領を独占することになると保守派が考えても不思議ではない。11月6日の投票日まで残すところ1ヶ月足らず、世論調査の結果はオバマ大統領がわずかだがリードしている。


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